17.二人で初めてのお出かけ
翌日、ヴィルエはアクシオと共に馬車に乗っていた。
ヴィルエはちらりと、向かいに座るアクシオを見る。彼は頬杖をついて窓の外に視線を送っている。
正直なところ領内視察に興味はない。普段ならば毅然と断っていただろう誘いなのだが、今回は乗ってしまった。特に予定もないのだから構わないと思ってしまったのだ。アクシオと二人で出かけるという言葉に惹かれてしまったのかもしれない。
思えばアクシオと共に馬車に乗るのは初めてだ。前回は彼が『夜梟』の姿をしていた。
『夜梟』として仮面をつけている時は他人を寄せ付けない冷徹な男に見える。だが、こうして仮面を外せば印象が変わる。格好良さだけでなく、年齢相応の可愛らしさのようなものも感じた。
(格好良く見えるけれど、隙を突かれて慌てている時が可愛いのよね……)
それは彼が動じた時の反応を知るヴィルエだけなのかもしれない。そのことを思い出して微笑んでいると、彼が気づいたらしくこちらに向いた。
「さっきから俺をじっと見ているが、何かあったか?」
「お気になさらず。旦那様を観察しているだけですので」
彼をじっと見つめながら正直に告げる。彼のことだから視線を逸らすだろう。
ヴィルエの予想は当たり、彼は少し赤らんだ頬を隠すように顔を背けた。
「……観察をするな」
「まさか照れていらっしゃいますの?」
思った通りに恥じらうアクシオが面白く、ヴィルエは再び揶揄う。
「格好良いから見ていただけですのに」
「か……格好良いって、俺が?」
「そう思ったから告げているだけですよ。でも、顔が赤くなりましたわね? 何かありまして?」
「……揶揄うのはやめろ」
二人しかいない、狭い馬車の中だ。逃げ場はない。それを理解しているのか、アクシオの頬はさらに赤くなり、困ったようにため息をつく。
この様子からして、他人から『格好いい』と告げられることに慣れていないのだろう。彼は困惑した様子で声も上擦っていた。
(少し、わからせてあげようかしら)
むずむずと悪戯心が疼く。
「そういえばご存じです? 屋敷の者たちは、私たちの関係を誤解しているそうですよ。毎日食堂で顔を合わせるようになり、今日もこうして二人で出かけていますし」
「は……?」
予想外だったらしくアクシオは驚いていた。彼なりに思いあたるものがあるらしく、額に手を添えて考えこんでいる。
「噂の出所は誰だ? グレンか? いや……ま、まあそうは見えるかもしれないが……だが、そんな噂をするなんて別に……」
「私たちの行動は見ようによってはデートですものね。ですから、見送りに出た使用人たちがにこにこと微笑んでいたのでしょう」
「人数がいつもより多いとは思ったが……ただの領地視察だろ。俺の知らないところで変な噂話をするなんて、あいつら……」
彼の反応からして盛り上がっているのはグレンだけだと思っていたのだろう。そうではないと知り、想像以上に動じている。
その狼狽えっぷりを眺めながら、ヴィルエはさらに追い打ちをかける。
「私は別に構いませんけれど。その様子では……旦那様はそういう噂が屋敷内に流れるのが嫌なのですね?」
「い、いや……そうじゃなく……ああ、もう!」
ついには手で顔を覆い隠してしまった。
面白すぎる。
アクシオという男は、格好いい見た目をしているくせに、恋愛ごとに疎すぎるのだ。
しかし手を緩めない。悪妻たるものをわからせてやるのだ。ヴィルエはアクシオの隣に席を移す。
「は? おい、どうしてこっちに座る!?」
「旦那様がお顔を隠されてしまったから、ですわ」
ヴィルエによる怒濤の攻勢にやられているのか、アクシオの表情には恥じらいと動揺がはっきりと現れている。黙っていれば凜々しいアクシオがそのように慌てているのだ。ヴィルエの心がぞくぞくと喜び出す。
「旦那様が女性に不慣れなのはよく存じていますが、もう少し耐性をつけた方がよろしいのでは?」
「俺はお前と結婚した身だ。耐性なんていらないだろ」
「でも、キスさえもしていない夫婦だなんて知れば、皆が笑うでしょうね」
キス。その単語を聞くなり、アクシオが言葉を詰まらせる。思考が停止しているのか動きもぴたりと止まってしまった。
その動きも、ヴィルエにとっては最高の反応であった。これほど面白い男を見るのは初めてだ。彼女の唇は愉悦に弧を描き、挑発するようにアクシオの頬に触れる。
「私に興味を持つことはないと仰っていましたけど。もう少し女性に興味を持ってはいかがかしら」
「お……お前……」
拳を堅く握りしめ、ぷるぷると震えている。アクシオからすればこの距離も限界なのかもしれない。
そろそろアクシオを解放するべきだろう。彼の反応に予想以上の収穫を得たヴィルエは満面の笑みを浮かべる。
「ふふ、からかっただけですわ。悪妻を迎えるとこうなるのだとわからせてあげただけですの」
そう告げて立ち上がり、元の場所へと戻ろうとしたのだが――強い力に引っ張られ、移動が出来ない。見れば、アクシオがヴィルエの手を掴んでいた。
「俺だって、やられっぱなしじゃない」
彼が呟いたその言葉が、ヴィルエの鼓膜をかすめる。地を這うような低い声にどきりとする。一瞬にして、彼に支配された夜を思い出した。この力強さはその時のものに似ている。
からかって遊んでいたはずが、踏み込んではいけない領域に入っていたのかもしれない。そう考えてしまうほど、アクシオの表情が違う。
「ヴィルエ。俺は――」
そうしてアクシオが何かを言いかけたところで、馬車が速度を落とした。前方から馬の鳴き声もする。
その変化はアクシオを冷静にさせたのだろう。彼ははっとした表情をした後にヴィルエの手を放した。
「……着いたな」
その言葉と共に馬車は完全に止まり、窓越しにグレンがこちらにやってくるのが見えた。馬車の扉を開こうとしているのだろう。ヴィルエは元の場所に戻り、何事もなかったかのように座る。
平静を装い、いつもと同じ表情をしているヴィルエであったが、内心では心音が騒いでいた。手を掴まれた時の力強さやアクシオの切ない表情が、頭から離れてくれない。
(……わからせるはずなのに、調子が狂うじゃない)
こちらが優位に立ち、アクシオで遊んでいたはずだ。しかし馬車が止まらなかったらどうなっていただろう。彼が飲み込んだ言葉が気になる反面、それを聞いては良くない気もして心がざわついている。




