5.I help you,you help me,OK?
空気にはかすかな潮の匂いが混じっていた。
川風が下流から吹き上げてきて、土と何か発酵した草の匂いを運んでくる。
遠くで犬の鳴き声が何度か聞こえ、それに続いて女の声が誰かを呼んでいる――きっと子供を夕飯に呼び戻しているのだろう。
そして、常青鎮が視界に飛び込んできた。
「鎮」とは言っても、せいぜい二、三十軒の家が土道の両側にひしめいているだけだ。
家はほとんどが木造で、屋根は厚い茅葺き、壁には苔や蔦がびっしり這っている。
窓は板で打ち付けられているものもあれば、開け放たれたままのものもあり、
中には暗い竈や梁に吊るされた干し魚が見える。
一番目立つのは、鎮の中央に立つ巨大な木だ――幹の太さはおそらく三、四人がやっと抱えられるほどで、
町の大半を日陰に覆っている。
木の下には石を積んだ台がいくつか置いてあり、その上には片付けられていない漁具や空の木桶が積まれている。
「着いた着いた――あれがうちだ!」
彼女が指さしたのは、道端の小さな木造の家だった。
戸口の枠は少し歪んでいて、扉には何枚も継ぎ当てが打ってある。
屋根の茅葺きは一部が明らかに凹んでいて、何か重いものが落ちたみたいだった。
入り口には干し魚が一連なぎ吊るされていて、微風に揺れながら、濃厚な塩辛い匂いを放っている。
「……お前の家か?」
「うん! ボロいけど、中はちゃんと片付いてるんだぞ!」
彼女が扉を押し開けると、蝶番が鋭い「ぎぃ――」という長い音を立てた。まるで悲鳴みたいだ。
中は確かに、まあまあ片付いていた。
中央には低い木の机が置いてあり、天板には何本もの包丁跡があり、縁は使い込まれてツヤツヤしている。
隅には陶器の壺がいくつかと鉄鍋が一つ、木の棚には唐辛子の房や薬草が吊るしてある。
窓は小さく、入ってくる光は限られているので、ランプが一つ灯されていて、火がガラスの灯傘の中でぱちぱちと揺れている。
……ちょっとボロい、というより、かなりボロい。
鳥人の少女が床に置いてある円座を蹴飛ばしながら、俺に座るよう合図した。
「ちょっと座ってて! 何か食い物を持ってくる!」
「……おう。」
HP:15/30。SP:26/38。
まだ回復していない。
この世界には「座って休めばHPが回復する」なんて仕様はないのか?
せめて「睡眠」とか「休息」とかいうスキルがあればいいのに……
すると、ふと香りが漂ってきた。
肉の匂いだ。何かの根菜類と混ざった、ランプの灯りの中でじんわりと広がる匂い。
脳内にはすでに、大きな肉の塊が浮かんでいる。脂の光と塩の粒をまとった、あの肉の塊が。
おお! 大肉を頬張るのも異世界の醍醐味の一つ! これは味わうしかない!
「へへ、お腹空いただろ? すぐにできるから!」
彼女が木の器を両手で抱えてやってきて、俺の前に置いた――縁は欠けているけれど、中のものは湯気を立てている。
黄色いペースト状のものが山盛りになっていて、その上に濃い茶色の肉汁がかかっている。
肉汁の中には細かくなった肉と、細かく切られた野菜の欠片が見える。
……想像していた大肉とは、まったく違った。
「マッシュポテトにグレイビーソース! 豪華版だ!」
ヒヤシンスは胸を張り、翼を少し広げて、得意げな顔をした。
「ニンジンとキノコも入ってる! それにちょっとだけ胡椒も――あれ、すごく高いんだぞ。俺、通りがかりの行商人と交換するのに、大きな鯉を三匹も出したんだからな!」
「……いただきます。」
……香辛料が高い世界観なのか。後で何とかする方法を考えないといけないかもしれない。
木の匙を手に取って、たっぷりとすくって口に運んだ。
マッシュポテトはなめらかで、バターとミルクの香りがした――いや、この世界のバターはちょっと違うかもしれないけど、あのコクのある味わいは確かに似ている。
グレイビーソースは塩加減がちょうどよく、肉はよく煮込まれていて、キノコの旨味が舌の上で広がる。
温かさが食道を通って胃の中へと滑り落ちていく。
うまい。
肉じゃないけど。
でも、本当にうまい。
もう二口、夢中でかき込んだ。頬をパンパンに膨らませて、ようやく顔を上げてヒヤシンスを見た。
彼女は机の脇に立って、首をかしげながら俺が食べるのを見ていた。
その緑の瞳には、何やら……満足げな光が浮かんでいる。
「どうだ? うまいだろ?」
「ん、ん――」
「へへっ!」
「……お前は食わないのか?」
「もう食ったよ!」
彼女はすぐに言った。でも、言い終わった直後、お腹がはっきりと「ぐぅ――」と鳴った。
少女の頬が一気に赤くなった。翼の羽毛が何枚か逆立った。
「……食ったって言ったよな?」
「た、食べたけどまた減ったんだよ! 俺は育ち盛りなんだからな!」
彼女は怒ったように匙をひったくって、マッシュポテトをひとすくい(俺の器から)口に放り込み、頬をハムスターのように膨らませた。
何かぶつぶつ言っているけど、多分「うるさいなあ」とかそんな感じだ。
しばらく黙って食べた。
窓の外で犬の声が何度か聞こえ、誰かが「漁網は直したのか」と大声で呼びかけている。
やがて彼女が匙を置き、口元を拭って、ふと表情を真剣なものに変えた。
「なあ、あんた。」
「ん?」
「俺があんたを突き出さなかった理由、分かるか?」
その緑の瞳は真っすぐに俺を見つめている。
ランプの火が瞳の中で揺れていて、二つの小さな火種のように見えた。
「……勇者様の話を聞きたいからか?」
「それも理由の一つだ。でも、もっと大事なのは――あんたは転移者だってことだ。」
「……?」
「この半年、教会が転移者を捕まえ始めたんだ――あっちの世界の匂いがする奴なら、片っ端から捕まえて、公開処刑してるんだ。」
「……処刑?」
「ああ。広場の真ん中に縛り付けて、火あぶり……先月も一人焼かれたんだ。遠くから流れてきた奴で――あんたの上着と同じような布を着てたらしい。」
「わあわあわあ……」
「表向きは勇者様の指示ってことになってる――『異界から来た者は災いをもたらす、排除しなければならない』ってな。でも、俺はおかしいと思う。」
「おかしい?」
「ああ。俺は勇者様に会ったことがあるんだ。笑顔がすごく優しくて、偉そうなところがまるでなかった。それに、もし同郷の人間が現れたら、めちゃくちゃ喜ぶはずだろ? 俺がよその町で常青村の人間に出会ったら、絶対に嬉しいもん。」
……なるほど。風評は悪くないのか。
となると、今のところは絶対に本当の目的を漏らせないな。
「……それで、あんたは俺を隠すってことか? 教会に見つかるのを怖がらないのか?」
「もちろん怖いよ!」
彼女はあからさまに白い目を向けた。
「でも、やりようはある。あんたがあの服を着てぶらぶらしなければ、誰が転移者だって気づくもんか。」
「……それだけか?」
「それだけ?」
「俺がどんなリスクを背負ってると思ってるんだ! もし見つかったら、俺も――俺も焼かれるんだぞ!」
「じゃあ、なんでそうするんだ?」
「それがこれから言おうとしてたことだ――俺はあんたを利用して、この村を再興したいんだ。」
「……どういう意味だ?」
「さっき言っただろ? 勇者様は聖殿を出た後、川を下ってエル村に着いて、そこに住み着いたんだ。村の人に、どうやって畑をやるか、『あっちの世界のやり方』でどうやったらもっと美味いものが作れるか、教えたんだ。」
「いや……お前、さっきそんな話は――って待て、もっと美味いもの?」
「ああ! あいつら、今何を売ってるか知ってるか? 薄くて丸い、上にトマトとチーズが乗ったやつ――『ピザ』って言うんだ。それに、粉をまぶして揚げた鶏肉とか。砂糖とミルクを入れた飲み物もあってな――一杯で銅貨三枚だ! エル村はそれで一気に儲け始めた! 行商人はみんなそっちに行くし、旅人もわざわざ寄って食べていく――俺たちの村はどうだ? 昔はうちの村にも商人も旅行者も冒険者も学者も来てたのに、今はみんなそっちに行ってしまった。俺が生まれた頃よりずっと寂れちまったんだ……」
「ああ……」
「……だから、あんたがあっちから来たって聞いて、俺は思ったんだ――もしかしたら、あんたも勇者様のあっちの……やり方を知ってるんじゃないか? もしかしたら、この村を……ちょっとでも良くできるんじゃないかって。」
俺は――数多くの「農業系異世界もの」を読んできた。
本当だ。中学の時、しばらくハマってたんだ……その時は、大学の都市計画学科の資料まで探して、二晩ほど眺めてから諦めた。経済制裁すら解決できる気がしなかった……
その後は食べ物関係にハマって、チーズと味噌を何度か作ろうとしたけど、全部失敗に終わった。
それに、俺には本来の目的がある。
「……どうした?」
「あの……」
「うん?」
「……行かなきゃ。」
「行く? どこへ?」
「俺には……いや、そんなことはできない。他の人に頼んでくれ。」
「お前、さっき俺のマッシュポテト食っただろ――」
「金は払う。」
彼女は一瞬驚いたように俺を見つめ、そして――
「……本当はこんな手は使いたくなかったんだ。転移者を通報したら、どれだけの報奨金がもらえると思う?」
心臓がぎゅっと縮んだ。
「銀貨五十枚だ。」
彼女は翼を伸ばして――人間が指を五本立てる仕草を真似たのかもしれない。
「……お前はしない。」
「やるよ。あんたが出て行ったら、俺は通報する。それだけだ。」
俺はゆっくりと円座に座り直した。膝を曲げるときに、かすかに軋む音がした。
「……分かった。行かない。」
そして彼女も座った。
「ヒヤシンス。俺の名前はヒヤシンスだ。」
「……本花天夢。」
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「ヒヤシンス、勇者様の話をしてくれ。インスピレーションを得たい。」
「ようやくその質問が来たな! それはだな、だいたい四年前のことだ。」
この娘、もし語り部の仕事をやったら、結構稼げるかもしれない。
「魔王ビディビ――元々はガイエット辺境の小領主でな……魔族で、まあ普通に暮らしてたんだが……ある日突然、こう言い出したんだ――『純血の種族こそ、混血や下等種族を支配すべきである』ってな――そして兵を集め始めて、新しい魔王としてガイエットを統一したんだ!」
「……種族差別?」
「そうだ! 俺は難しいことはよく分かんないけど、とにかくそう言ったんだ。最初はみんな大したことないと思ってた。頭のいかれた奴の戯言だってな。しかし――奴の下には非常に強い魔将がいたんだ。最初のが――『鉄壁将軍』――壁も食い破るって言われる牛頭鬼で、名前はグロン。三千の獣人兵を率いて、一夜で東のカトランド公国を踏み潰したんだ。」
「カトランド公国?」
「ああ、こっちの三大国家の一つだ――そうだな、全部で三つしか大きな国はないんだよな:北がカトランド公国で、鉄鉱石とドワーフが有名で;真ん中がソレン王国、今俺たちがいる場所だ、ここ常青鎮もソレン王国に属してる;南がエルファニア帝国で、海に面してて、そこは人間の背が高くて、髪の色が薄いんだと……」
……なるほど、どうせ二つは和風で、一つはエジプト風なんだろうな。
彼女は話が逸れかけて、慌てて首を振って戻した。
「とにかく――グロンがカトランド公国を落とした後、次に来たのが『影鬼』って奴だ。透明になれる暗黒エルフの暗殺者で――奴一人でソレン王国の諜報網を全部潰しちまった。王様はビビって玉座から転げ落ちそうだったらしい。三番目の魔将はもっとやばかった。『焚天者』って呼ばれる、火を吐く紅竜でな――エルファニア帝国の都の上空を一回旋して、火を一吹きして、皇宮の屋根を半分焼き飛ばしたんだ。」
……影鬼はおそらく和風の忍者で、しかも女性の可能性が高い。
「三大国でさえ敵わなかった。ましてや俺たちのような小さな村はなおさらだ。村を燃やし、若者を連れ去り、食料を奪っていった――俺はまだ小さかったけど、村の大人たちがいつも暗い顔をしてたのを覚えてる……」
「それから?」
「それから――勇者様が来たんだ!」
彼女の声が急に高くなり、翼がばっと完全に広がった。
「その日、ソレン王国の王室魔導士の塔で、『異界の波動』を観測するための水晶玉が――ぱん!――って割れたんだって。それから天から光が降り注いで――勇者様がやって来た!」
ヒヤシンスは興奮して足元の円座を蹴飛ばした。
「あの時――あんたと同じような布の服を着てて、髪は短くて、すごく普通の奴だったんだって。でも! でも! 最初にやったことがもう普通じゃなかった! まずは聖殿で職業を選んで――」
「戦士を選んだのか?」
「なんで知ってるんだ!」
「……予想だ。」
「そうそうそう! 戦士を選んだんだ! それで――『始まりの剣』を抜いた! その剣は後に鍛冶師が鑑定して、『世界樹の根っこに宿る何かの力が込められている』って言われてる――って、あんた、なんか顔色悪くないか?」
「……大したことじゃない。続けてくれ。」
つまり、あの「始まりの剣」は最初から神を殺すための武器だった。
それを女神がこの世界に自ら放り込んだというのか。
完全に自らの足を撃ったようなものだ。
「勇者様はその剣を持って、まずエル村に滞在したんだ。エル村は――さっきも言ったけど――あの頃はすごく貧しかった。今の常青鎮よりずっとボロかったんだ! 村長は片目のおじいちゃんで、勇者様が一人ぼっちなのを見て、引き取ったんだ。それから勇者様は村に半月くらい滞在した――その間は何もせず、ただあちこちをぶらぶら歩いて、村人と話し、おばあちゃんの薪割りを手伝い、子供たちのブランコを直してやったんだって――」
「ちょっと待て、魔王討伐には行かなかったのか?」
「焦るなよ! 半月後、勇者様はエル村のイビゴランと知り合ったんだ――勇者様は一目で彼女が普通の人間じゃないって見抜いたんだ! 彼女には『聖なる光の匂い』がするってな。当時のイビゴラン姉さんは、ただ毎日牛の乳を搾ってパンを焼いてる村娘だったけど、勇者様はこう言ったんだ――『お前は俺と来い、お前は聖女だ』って。」
「……聖女?」
俺の頭は急速に回り始めた。
ルシフェットは「聖女カトリを探せ」と言った。そして今、新たに「イビゴラン」という名前が出てきた。
この二人は何か関係があるのか? 同一人物か? 同業者か?
普通、聖女は一人だけのはずだ。
「イビゴラン姉さんは最初は信じなかった。『あんた頭おかしいんじゃないの、私なんてただの田舎娘だよ』ってな。でも勇者様が、熱を出してぐったりしてる子供の額に彼女の手を当てさせたんだ――すると手から光が溢れ出て、子供の熱がその場で引いたんだ! それ以来、イビゴラン姉さんは勇者様と一緒に行くことにしたんだ。」
「二人はエル村を出て東へ向かった。魔王討伐のためだ。でも道中でトラブルに遭った――三人の悪い貴族が通行料を取って妨害してきたんだ。一人につき金貨十枚だ! 十枚だぞ! これが強盗じゃなくて何だ! でも勇者様は何も言わず、剣を抜いて――」
「三人の貴族を殺したのか?」
「殺さなかった! 勇者様は彼らの馬車を真っ二つに斬って、三人の貴族を縛り上げて道端の木に吊るし、『通行料ってものが何か分かったら、誰かに降ろしてもらえ』って言ったんだ。そしたら三人の貴族は三日三晩木に吊るされたままになって――降ろされた後は、逆恨みするどころか、今まで取った金を全部返して、その後は三人とも勇者様の仲間になったんだ!」
……この展開は予想外だ。
普通ならNTR展開とかが始まるはずなんだけどな……
「それから、彼らはソレン王国の王都に着いたんだ。当時の王様は今の王様の父親で、いい人だったけど、部下をうまくまとめられなかった。特にその長女――ディスヴェリ大姫がな――」
ヒヤシンスはここで、翼を震わせた。
……おそらく悪役令嬢だな。ここで男女の関係を引き裂き、あれこれ画策して、結果的にヒロインの勇者様に対する立場を強固にするってやつだ……でもこの五年間、そういうのを主人公に据えた作品はありふれてるな……たぶん韓国発の流行だ。
「あの女は、本当に性格が悪かった。勇者様の名声を妬んで、刺客を送って命を狙わせたり、勇者様が魔王軍のスパイだって噂を流したりしたんだ。勇者様は二回は我慢したんだ。三回目――勇者様は直接王宮に乗り込んで、ディスヴェリ大姫を玉座から引きずり下ろして、父親の面前で彼女が魔王軍に情報を流してた証拠を暴露したんだ――」
「父親は止めなかったのか?」
「老国王は震え上がって、止められるわけがなかった。その時になって、自分が娘が魔王軍に情報を渡してたことを知ったんだ。勇者様はディスヴェリを殺さず、地下牢に閉じ込めた。そして――彼は『鎮国の神剣』を抜いたんだ。」
「鎮国の神剣?」
「そうだ! ソレン王国の開祖が伝えた剣で、『天選の者』だけが抜けると言われてたんだ。それまで数百年間、誰も抜くことができなかった――でも勇者様は、一振りで抜いてしまった!」
ヒヤシンスは興奮して翼をぱたつかせ、俺は絶望した。
相手は二刀流の剣士だったんだ。
「その時から、ソレン中の人間が彼を認めたんだ! 勇者様は鎮国の神剣を携え、さらに仲間を募集して、大群をなして海へと向かった――魔王を討つためだが、まず海を渡らなきゃならなかったんだ。」
「海を渡る?」
「ああ、ガイエットは海の向こうにある大きな島でな。魔王城はその島の真ん中にある。ガイエットに行くには船に乗らなきゃならないけど、海には海賊がうようよしてた――」
「海賊も征伐したのか?」
「いいや! 戦いながら進んだんだ! だいたい七、八隻の船を撃破したかな……海賊を片付けた後、すごく強い奴に出会ったんだ――ジェ・ユンモクって言う、伝説の武士だ。聞くところによると、かつてエルファニア帝国の将軍で、帝国の皇帝が魔王軍に降伏したのに不満で、自分で一隊を連れて海に乗り出し、数年を海上で過ごしたんだって。」
「それで、二人は戦ったのか?」
「あれ? なんで全部知ってるんだ! 確かに戦ったんだ――すごく激しく戦ったんだ! 二人は船から岸へ、岸から森へ、一日中戦い続けた――そして勇者様が勝った! でも勝った後も勇者様はジェ・ユンモクを殺さず、『お前は強い。俺と一緒に来い、一緒に魔王を倒そう』って言ったんだ。ジェ・ユンモクは即座にひざまずいて兄弟の契りを結び、勇者様を兄貴と認めたんだ!」
……この展開、あまりにも王道すぎる。
頭の中に自然と、あの伝説の「兄弟の契り」の光景が浮かんでくる――二人がそれぞれ酒の甕を抱えて酌み交わし、血を混ぜて誓い合うあのやつだ。
「それから――ついに最後だ! 勇者様は七人の仲間を連れて――ガイエットの地に足を踏み入れた。」
「……七人だって。さっき五人の名前を挙げたけど、あと二人は?」
「おお! あと二人は――ドワーフの鍛冶師で、銅槌って言うんだ。カトランド公国から来た奴で、武器の修理を担当してた。もう一人はエルフの弓使いで、月影って言う。女だが、いつも顔を隠してて、誰も素顔を見たことがないんだ。」
……うん、王道冒険パーティーのテンプレが揃ったな。
そしてその月影って奴は、たぶんさっきの影鬼で、勇者に倒されるか感化されて寝返って、正体が女だったことが発覚して仲間に加わるってやつだな。絶対に勇者に密かに恋してる。
「彼らはガイエットの海岸線を進み、魔王城の麓までたどり着いたんだ――道中で魔王軍の四天王と戦った! 最初はさっき言った鉄壁将軍グロン――勇者様は鎮国の神剣で一振りで彼の戦斧を砕いたんだ! 次は影鬼――ジェ・ユンモクが立ち向かい、二人の武士が影の中で一刻の間戦い、影鬼は死んだ! 三番目は焚天者の紅竜――銅槌が特殊な弩の矢を鍛え、月影が三百歩先から一矢で竜の翼を射抜き、ジェが飛び乗って竜の喉を切り裂いた――」
彼女はそこで急に言葉を止めて、翼をわずかに震わせた。
「そして……四天王だ。みんな言ってた、四天王は他の三人を合わせたより強いって。でも誰もその姿を見たことがない――『虚無の使者』って呼ばれていたからだ。彼がどうやって死んだのか、誰も知らない。勇者様が一人で彼の塔に入っていって、出てきたときには、塔は崩れていたからだ。そして勇者様には、傷が一つもなかった。」
俺は黙って聞いていた。手に持っていた匙がいつの間にか置かれていた。
たぶんその第四天王も、パーティーの誰かが闇落ちして、その後更生されたってやつだな。
「そして――勇者様は魔王城に入った。魔王城はすごく高かった。村のあの大木の三倍はあった。真っ黒で、屋根からは黒い煙が立ち上り、門は髑髏でできていた――彼は一人でその扉を押し開けて、中に入っていった。」
ヒヤシンスの緑の瞳が、うっすらと水を帯びた。
「三日三晩が過ぎた――」
「それで、出てきたのか?」
「ああ。魔王ビディビの首を携えて、そして――魔王の小さな娘も一緒だった。彼女の名はベリ、善良な娘だった――勇者様が彼女を救ったんだ。魔王は死ぬ間際に、彼女を何かに生贄として捧げようとしてたからだ。」
「生贄? 誰にだ?」
ヒヤシンスは首を振った。
「分からない。勇者様は何も言わなかった。彼は魔王の娘とみんなの首を連れてガイエットの都に戻り、魔王が倒されたことを宣言した。その後――彼はガイエットの王になった。みんなが彼を王にしたんだ。彼はこの世界を救ったのだから、彼にはどんな王座もふさわしいってな。」
ランプの火が灯傘の中で一瞬、揺れた。
俺の心臓も一瞬、跳ねた。
「……これが、勇者様の物語だ……どうだ? すごいだろ?」
すごい? もちろんすごい。
だが、神をも殺せるほどにすごい。
どうやら俺がこれから殺さなければならない奴は、少なくないようだ。
「……ああ。」




