巫女が僕を見つけた日
気まぐれなんて、起こすんじゃなかった。
思った時には、もう遅かった。
上田春人、16歳。
ひきこもり歴およそ2年。
久しぶりに外に出た理由は、特別なものじゃない。
ただ、部屋の空気に息が詰まりそうになっただけだ。
行き先に選んだのは、近所の公園。
ベンチに座ってみたものの、すぐに後悔した。
周囲にいるのは、幼児とその母親ばかり。
笑い声と、のどかな日常。
ヨレたTシャツに色あせたジーンズ姿の自分だけが、あきらかに異物だった。
疎外感、エグいな。
そう思って腰を浮かそうとした、その時——視界がフッと暗くなった。
同時に、目元を包むやわらかい感触。
「だーれだ?」
無邪気な声に、ドキッとする。
声の主は、目隠しを解かれても固まっている春人の正面まで来ると、じいっと顔を覗きこんできた。
「ね、君。普通の人じゃないよね?」
あまりに、ごあいさつだ。
だが、春人の思考は、憤らずして止まっていた。
お人形さん——その一語が、頭を占めている。
海のような瞳。
雪のような肌。
漆のような髪。
神々しいまでの美貌だ。
おまけに、その服装はどうだ。
白衣に緋袴、いわゆる巫女装束である。
清楚すぎるだろう。
ここでようやく、春人は少女に応答した。
「いや、君のほうが普通じゃないじゃん」
「え、なんで?」
「その格好」
少女は、自身をしげしげ見つめ
「だって巫女だもん。妖怪退治のユニホームだよ」
ますます普通じゃない。
「町の妖気をたどってたら、君に行き着いたの」
これはドッキリか何かか?
「けど......」
少女は不思議そうに春人を見つめ
「妖気とも違うんだよね。もっと古い……古代の気、みたいな」
言いながら、当然のように隣へ座ってくる。
「あたし、佐藤満月。満月って書くの。みつきって呼んでね」
笑顔は、むしろ太陽だ。
「あ……上田春人」
つられて、名乗ってしまう。
「春人くんかあ。いい名前」
言って、目を輝かせ
「お願い。妖怪退治、手伝って」
「は?」
「春人くん、きっと資質あるから」
励ます口調なものだから、立場があやふやになる。
告白でもされているような、妙な間が生まれた。
ブウウウン
うるさい音が、沈黙を壊した。
見れば砂場の方角から、1匹の虫がまっしぐらに飛んでくるところだった。
「あぶな!」
春人は、反射的に手を伸ばし、虫を掴んだ。
拳を突きだしたまま、どうしていいやら硬直した。
「キャー、守ってくれたんだ」
みつきは、うれしそうに拍手して
「まだ離さないで。そっと取りだしてみて」
やや声をひそめた。
春人は、おそるおそる、もう片方の手で拳の中身をつまみだす。
異形の虫が現れた。
親指ほどの、ゴロッとした大きさ。
艶のない、穴のような黒さ。
蠢きうねる、無数の脚。
醜悪そのものだ。
みつきは、なお飛ぼうとする虫に向かって
「残念でしたー。あたしには守ってくれるダーリンがいるんだもん」
ことさらかわいく首をかしげた。
すると、なんということか。
虫は、挑発を理解したかのように羽音を猛らせると、指の狭間でぐにゃりと歪み、別のものに姿を変えたのである。
「……!」
春人は息を飲んだ。
黄色く濡れた目。
亀裂だけの鼻。
チロチロ踊る舌。
それは、まぎれもない蛇の頭だった。
「シューッ、シューッ」
さかんに発せられる威嚇に、みつきは顔をしかめ
「あーやだやだ。あたしが爬虫類きらいなの、知ってるんだもん」
ぼやきつつ、小さく何かを唱えると、口をすぼめてフウッと息を吹きかけた。
とたんに蛇は、眼光を失い、砂のようにこぼれて消えた。
みつきが、得意げにパンパン手をはたく。
春人は、なにもない空間をつまんだままだ。
指と指の間で、遠い世界の出来事のように、子どもたちが遊んでいる。
「い、今のは?」
ようやっと絞りだした春人の問いに
「蟲だよ」
みつきは、あっけらかんと答えた。
「虫を三つ書いて蟲。魑魅魍魎の仲間。人の心を読んで化けたり、憑いて心を乱したりするの。“虫の居所が悪い”って言うでしょ?あれ、こいつらのこと。あたし霊能力者だからさ、こうやって妖怪に目の敵にされちゃうんだよね」
苦笑とともに肩をすくめた。
だから助けて——そんな流れが、察せられた。
「………じゃ、僕はこれで」
春人は、すっくと立ちあがり、足早に去ったのだった。
関わっちゃいけない。
本能と理性が合唱している。
一刻も早く、この場を離れろ。
関わっちゃいけない。
「今日はずっとここにいるから!また来て、返事ちょうだいねー!」
背に届いたその声に、いやな余韻があったのは、どこかで知っていたせいか。
もう手遅れということを。




