1幕 10話 「鎬を削り、風が吹く」
「はぁ……君達のお陰で無駄な出費が増えたわ。」
ラクロは──いや、その場に居合わせたトリル以外の全員が驚いていた。さっきまで誰もいなかった所にトリルが現れたからだ。
「と……トリル、教官? あそこにいたはず、てかその腕時計なんすか!?」
最初こそ急な出現に驚いたものの、それより黄金に輝く腕時計が目を惹いた。
「これは……後でいいわ。それより──」
隣のウェートの方へと体ごと向けるも、彼はまだ驚いているのが表情から察せる。
「怪我は無い?」
「...…は、はい。」
「そう。なら良かった。」
安堵の息を吐くが、急に真剣な顔つきへと変わる。
「あの攻撃……避けれたわよね?」
目を細め、ウェートを見る。
「なんで避けなかったの?」
「...........。」
体を刺すような声。しかしウェートは無言を貫き、一拍の沈黙の後にトリルが折れ、言葉を吐いた。
「はぁ……言いたくないならそれで良いわ。」
「......すみません。」
頭を下げて謝るウェート。それをよそに、今はもう黄金の輝きを失った時計を見ている。
「終わりの時間ね。全員! こっちに集合!」
トリルの声に反応し、観戦していた全員が走って集まる。
誰よりも早く着いたオルトが、ラクロのあり様を見て声を掛けた。
「お前……足片方地面に刺さったまんまじゃねぇか。抜けないのか? 手伝うぞ。」
「おう!ありがとう。結構深く刺さってて、自力じゃ抜けないんだよ、これ。」
自分で深々と刺さった足を上げようとするが、どれだけ試しても力が入らない。オルトが足をしっかりと掴み、上へ引っ張ったが、しかし足は抜けない。
「くっ……俺だけじゃ無理か。おーい! お前らも手伝ってくれ!」
後から来たブルドとメレーも加わり引っ張るも、それでも足は抜けない。それから続々と加わり、男子全員の力でやっと抜けた。
◇
「それじゃ、俺達は先に戻っとくぞ。」
「おう! オレも少し休憩してから戻る!」
トリルの授業が終わり、それぞれは自分の部屋へと戻っていく。しかし、ラクロは運動場に座ったままだ。
「ふぅ……皆行ったか。オレも戻らなきゃなぁ。」
立ちあがろうと腰を持ち上げる。
「っ......!!」
立ち上がった瞬間、体全体に刺激が走る。その拍子によろめき、今にも転びそうになる。
「.......」
転びそうだったラクロをウェートが受け止めた。
その行動に少々驚きながらも、ラクロは感謝を伝える。
「ありが──」
言いかけたその時、ウェートはラクロの腕を自分の肩に回し、そして歩き出す。
「お前──もしかしてオレのことを、運んでくれてるのか?」
もしやと思い聞くが、またもや無言。様子の変化の無さに苦笑いしていた時──
「僕は君に、完全に負けたとは思っていない。」
いきなり口を開き、呆気に取られる。
「僕は君の能力に興味があった。だから戦った。といっても、君の能力は少ししか見えなかったが。」
「なんだ、負け惜しみか?」
ラクロは捻くれた回答を投げ掛けたが、しかしそれを、ウェートは鼻で笑う。
「負け惜しみなんかじゃない。僕が本気を出していたら君は死んでいた──かもね。」
「フッ!お前が最初から本気を出していないことなんてオレにはお見通しだったぜ。」
なぜ本気を出さなかったのか、分からない。思い当たる節としては「殺すな」というルールだったからかもしれない。
「ちなみに、オレも本気を出していなかったぜ!」
怪しい微笑み。それにウェートは薄い笑みで返した。
「君の能力について詳しくは知らないが、そうだろうと感じていたさ。」
「チッ、バレてたか。」
思わず笑みが込み上げてくる。
「プっ、ハハハ!お前の事、変な奴だとは思ってたけど、勘違いしてた。面白い奴だな。」
そんな話をしていたらいつの間にか〈103〉と書かれている部屋が見える。
「ウェート、もうここで良いぞ。後は自分で歩ける。」
「いや、部屋まで送ろう。」
「いや……いいんだって。トイレにも行きたいし。」
そう言うと強引に腕をほどき、片足ずつ床を強く踏み締める。
「ほらな!」
「そうか、分かった。余計な心配をかけたな。」
納得したような顔でラクロの横を通り過ぎる。
「今度戦う時はお互い、全力を出そう。」
「そうだな。......全力、出そうぜ。それと、ここまで連れてきてくれてありがとな!」
◇
「次は全力……かぁ。そんな日が来ない事を願うしかないなぁ。」
トイレの中、自分の手を見る。ラクロの目には自分の手が薄くボヤけ、二重に見える。そして頭もほんの少し痛む。
「今日は少し使いすぎたな。戻って早く寝よう。」
顔を上げ、自分を鏡で見てみる。そこにはいつもの喜楽の表情ではなく、感情など感じ取れないような、真顔のラクロが反射していた。
「やべ、こんな顔じゃアイツらに心配されちまう。」
鏡の前の自分にそう言うと、口角を上げたりする。そして、いつもの明るい表情に戻る。
「よし、こんなもんで大丈夫か。」
時計を見ると、まだ休憩の時間はたくさんあった。
「部屋で少しでも休むか。」
そう言い、足早にトイレを去る。ドアが閉まる音がトイレ内に怪しく響く。




