97 試してみようか
「あの影狼たちを一気に倒すことは、可能?」
「あぁ、それぁ問題ねぇ。だが、すぐに再生成されるぞ」
「それでも一秒二秒はかかる。離脱するのに、じゅうぶんな隙ができる。一掃したら、すぐにみんなを連れてこの城から出て」
「おまえだけ残るつもりか?」
鋭い眼差しが私を見据える。
「実のところ、私ひとりだけなら簡単なんだよね、逃げるの」
瞬く赤い瞳が、すぐにはっとしたように薄く見張られる。
「そいつぁ、もしかして……?」
この人はほんと察しがいいというか、頭の回転が速いというか。
私はちょっぴりいたずらっぽく笑いながら、うなずきを返した。
「つまり俺たちが邪魔なわけだな、わかった」
邪魔とまでは言ってないんだけどな。
けれどもまぁ、そういうことだ。
吸血鬼から意識を外したシグマは、影狼たちと戦っているヴィレムたちのほうへ向いて声を張る。
「ミル、結界だ! ほかの奴らはすぐに離脱、外に出ろ!」
自然と人を従わせるような気迫と覇気のこもったシグマの指示に、ヴィレムたちは疑問を挟むという発想もなく踵を返す。
ミルミトはもとよりシグマの仲間。そして彼も大概、頭の回転が速い。
シグマが何をしようとしているのかを即座に察したミルミトは、室内を分断するほどに大きな光の壁を展開する。
「闘刃術・破の型――〝高波〟」
それと同時に、床を削るほどの下段から放たれた、まさに高波のごとき二つの斬撃が、すべての影狼を一刀両断。斬撃はそのまま進み続け、ミルミトの張った結界にぶつかって止まり、消失する。
すぐに結界を解除したミルミトも扉へと向かって走り、シグマは斬撃を放った直後にはもう駆け出していた。
最後に扉を抜けざま、シグマが一度、振り返って言う。
「トア、先に外で待ってるぞ!」
それに私は手を上げるだけで応えた。
彼らの気配が遠ざかっていき、階段を駆け上がる音が小さくなっていく。
やがて気配はなくなり、足音も聞こえなくなった。
それを確認しつつ、吸血鬼と真正面から対峙する。
吸血鬼は肘を抱えるようにして腕を組み、片方の手を顎にあてる。
「――ふむ。位階は上がれど、知能は猿のままなのだな」
相変わらず失礼な奴だ。
「もう一人のオスはついで、後ろの雑魚どもはどうでもよかった。我の求めるは、貴様の血だけだ。それがひとりで残るとは――ようやく諦めたのか?」
「どうだろうね? どう思う?」
あえて会話をして、最大限の時間を稼ぐ。
「貴様ひとりで我の前から逃げられるなどと本気で考えているのだとすれば、滑稽を通り越して憐れだな」
「試してみようか」
「よかろう」
吸血鬼がコウモリを増やしてけしかけてくる。
呪印をつけんとする本体の分裂体が、三方から私のもとへとまっすぐ飛翔してくる――が、それが私に触れることも、噛みつくこともない。
寸前で展開したスロースコクーン『パワードスーツ』モードの装甲が、それらを呆気なく弾き返したのだ。
◇
私の逃走の秘策とは、優秀なシェルター魔導機、スロースコクーンだった。
魔力のない私では装甲強化ができず、素の状態では吸血鬼の攻撃を完全に防げる強度もないが、別に戦うわけではないのだ。
少なくとも、コウモリにはこの装甲をどうにかする力はない。
スロースコクーンは呪印対策だ。吸血鬼本体だって、私には触れられない。
装甲が破壊されないかぎり、との注釈はつくけれど、私もそれほどの攻撃を馬鹿正直に受けたりはしないしね。
そして城から出れば、吸血鬼はおそらく追ってはこない。
なぜなら、いまはまだ日中。来たときは雲一つない晴天で、時間的にちょうど太陽は真上。陽光ギラギラだ。
平気でも苦手なことに変わりはないので、無理に追ってくるとは考えにくい。
向こうも私たちの目的を知ってるから、また来るだろう相手をわざわざ追いかける必要がないのだ。
「なんだそれは。魔導機の鎧か?」
それには答えず、再び生み出されるコウモリたちには目もくれずに、私は吸血鬼のほうへと向かっていく。
刀を振るい、攻防を繰り返す。
「――攻撃に意思がないな。大方、アレらが逃げる時間稼ぎか」
ま、見抜かれるよなそりゃあ。
けれども、なんら問題ない。
そして――そろそろ頃合いだ。
彼らの足なら、もう城の外へ出ている。
私は吸血鬼から大きく飛んで距離を取りつつ、闘気の斬撃を放った。その数、十連。すべて対処されるが、それでいい。
そのあいだに、私は深く集中する。
魔素が構築する世界で、吸血鬼の動きを把握する。
ここではまだ吸血鬼は追ってくるし、攻撃も繰り出してくる。鋭く空を裂いて迫る三本の血槍を、目では見ずに回避。
部屋を出たあと、速度を上げて階段を登る。
闘気で身体強化すれば、ムービングシェルターモードよりも速く走れるスロースコクーン。そのぶん曲がり角とか制動が厳しいけど……そこは気合だ。
吸血鬼はやはり血液による攻撃を放ちながら追ってきたが、私が古城の門から飛び出すと、その境で足を止めた。
それを後目に、私はそのまま走り続ける。




