96 いつまでも勝てるビジョンが浮かばないんだけど
「存外に抵抗するではないか。面倒だな」
わずかに顔をしかめた吸血鬼の、その艶やかな金の髪の先端が二匹のコウモリと化し、私たちへ向けて放たれる。
吸血鬼はコウモリへと変化する能力も持っていると聞いていたが、この状況で己の一部を削ってコウモリを出す意味は、一つしかない。
「たぶんそのコウモリでも、触れるか噛むかして呪印をつけられる! 気をつけてシグマ!」
「だろうなぁ! わかってる! おまえさんも気ぃつけろよ!」
そう、呪印の付与だ。
切り離された一部たるコウモリとて、吸血鬼の本体に変わりはない。ならば、コウモリ化しても呪印が付与できると考えたほうがいい。
おそらく、ギンとエリーに呪印をつけたときも、奴はコウモリ化していた。だから二人は、相手の存在にも気づかず、無抵抗に呪印をつけられてしまったのだ。
肉体の一部をコウモリ化すると、そのぶん本体も弱くなるのだろう。たくさん出せばそれだけ呪印をつけられる確率も上がるのに、たったの二体しか作っていないのがその証拠だ。
しかし、二体だけとはいえ、縦横無尽に飛び回るそれらを避けながら吸血鬼本体の相手をするのは、これまで以上の至難だった。
ただでさえ攻撃を当てるのが難しく、当たっても大した傷にならず、それさえも即座に再生されてしまうのだ。そこへさらに、呪印を付与するコウモリがまとわりついてくる――ジリ貧以外のなにものでもない。
『これはマズイかもシれナイナ』
邪神が唐突に、いまの状況と発言内容に反していつもどおりの調子で言った。
(まずいってどういうこと!?)
『コイツはすでに〝王格〟を得てイルようダ』
(王格!? 何それ!?)
『進化生命体がごくごく稀に得る、文字どおり王の資格ダ。王格を得たモノは、強さの次元がさらに跳ね上ガル。無限にモ等シイ膨大な魔力に、ちょットやそットでは死なナイ肉体。まさに王タルに相応シい力を得ルのダ』
現状では関係ないが、シカも王格を得た竜だという話だ。
ゆえにドラゴンや竜たちを統べている。ほかの者たちが彼女に従う。
まぁ関係自体はかなり緩い感じに見えるけど。
そのシカと同格。シカには私も勝てる気がしない。目の前の吸血鬼も同様だ。
古代超文明産の刀でも、闘気がなければ抜けない魔力鎧の硬さと、尋常ならざる再生力。くわえ、呪印コウモリも邪魔だ。
しかも、王格を得た吸血鬼は、首を切り離しただけでも、心臓を貫いただけでも死なないらしい。
その両方を同時、もしくは間髪入れずに破壊しなければ、最初に潰したほうが即座に修復されてしまう。
そんなもの、ほぼ無敵も同然である。
権能を使っても倒しきれる自信はなかった。
『退ケ。いマのオマエらでハ、アレには勝てン』
(いまどころか、いつまでも勝てるビジョンが浮かばないんだけど)
『手は、一つだけアル』
(具体的には?)
『〈慈癒の聖錫〉を素材とシテ作り変エ、武器を作ル』
かの錫杖は神器である。
その素材は天界にのみ存在するという、天界であっても貴重なアークメタルという金属。それを、神の力を込めて鍛え上げたものが神器だ。そうであってこそ、あの大罪を冠する強力な魔物たちを封印できている。
しかし、錫杖はあくまでも杖であり法具。そもそもの用途が違う。
ゆえに、それを武器として作り直せば、吸血鬼の硬い魔力の鎧もたやすく斬り裂き、かつ魔力での再生も妨げる、唯一の対抗手段となりえると邪神は言った。
『だが、アークメタルは普通の鍛冶師でハ鍛えられナイ』
それに必要となる唯一のものが、封罪宮『強欲』ボスの討伐報酬〝グリードアルケミー〟だという。
結局、邪神が少し前に言っていたことがフラグとなって回収されるのだ。
それを聞いた私はげんなりして、一瞬、体から力が抜けた。そこを突かれ、血剣の攻撃を受けてしまう。
「トアっ!?」
「っ、ごめん、大丈夫!」
「気ぃ抜くな!」
幸い、闘気アーマーのおかげで腕がちょっと切れた程度だ。吸血鬼と斬り結びつつ、私は即座に精神を立て直す。
邪神の言うとおりにする以外に現状、吸血鬼を倒せる手立てがないのなら、仕方がない。そしてそうであるなら、これ以上、現時点で吸血鬼と戦う意味もない。
目配せだけでも意外と伝わるもので、シグマは吸血鬼への攻撃を止め、邪魔くさく死角を狙ってくるコウモリを見もせずに斬り捨てて、間合いの外へ出た。
私も同様に、コウモリを排除してからそれに続く。当然、コウモリもまた再生成され向かってくるが、それをいなしながら端的に告げる。
「一度、退こう」
「その心は?」
「対策がいる。このままじゃ倒せない」
「――。わかった」
見透かすような眼差しが注がれて数秒、私に策があるのだと理解したのだろう、シグマは小さく顎を引いた。
とはいえ、撤退にしても容易じゃない。少なくとも、私とシグマを逃すつもりは相手にはないだろうし、いかに扉の前に陣取っているとはいえ、ほかのメンバーを逃すためには影狼たちを一掃しなくてはならない。
「シグマ、何か大技、持ってる?」
「闘気を練るのにちっと時間がかかるが、いくつかあるぞ」
特に示し合わせたわけではないが、私たちはまだ様子見の段階だった。吸血鬼の戦力把握の段階。
もちろん最初から倒すつもりできていたが、実際には難しく、けれども勝つ手立ては存在する。ゆえに撤退することになった。
だからまだ、出力を少し上げただけ。手の内をほとんど見せていない。
そのうえ、向こうはこっちをたいそう侮ってる。だからこそ、意表を突ける。
本当は再戦まで見せたくはなかったのだが……致し方ない。
ここで離脱することができなければ、再戦自体、叶わないのだから。




