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本能寺に開く扉は炎を上げて  作者: 瀬緒 遊
第三部:天下布武
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49 元亀二年、小谷の正月

 小谷城の本丸では、ふすまを全部取り払って大きく開けた広間で正月恒例の御酒下されが終わり、さあこれから無礼講ぞ、と当主長政が手を叩いたところだった。


 長政の正室、側室らが子を脇に隣席していたのが退がってゆくと遠慮もなくなって、あちこちから談笑、哄笑が聞かれる。


 浅井家は、もともとは京極家という六角系の名門の家臣だったのが、下剋上に主家を押しのけ台頭した大名家であった。 

 そのため家臣の中には元をたどれば主筋だったものや、過去の序列では上だったものなども多くあり、こうした親睦を目的の会合では上っ調子の、どこかよそよそしい空気が逃げて行かぬのが常だった。


 それがこの正月が常になく和気あいあいと賑わっているのは、つい半月ほど前に結んだ織田家との講和にあった。

 対信長の反感がこれまでまとまらなかった家中をこうして団結させ、実質的には信長からの降参であったその講和が家中をおしなべて得意にしていたのだった。


 こうした模様の浅井家では、お市は温かな敬愛を受ける北の方というわけにはいかなかった。

 いわば織田を代表しているその人が、美しくとも愛想のよい人柄ではなく、これまでも長政に対し政治向きのくりばしを入れてきたことを、家中はよく聞いているからだった。


 ここでも、お市が席を外してゆくとそれを待っていたかのように陰口が交わされた。


「本丸様(お市のこと)はついこの間に二の姫様を上げたばかりというのに、そのやつれも見せず、まずはめでたい」


「生まれるのが男であれば、どうせ織田に殺させるだけと、女児誕生を願ったという本丸様じゃ。生まれたのが姫でさぞご安心なされたであろうか」


「いやいや、主人にむかってどうせ織田にはかなわぬものと言ってのけた、その意地の強さよ。さすがは信長殿のお妹御」


 正面にどっかと嵩高かさだか居様いざまを見せている長政に、こうした声が聞こえぬはずもなかった。


 隠居ではあるが、正月には先代として長政と並んで主席を占めるその父久政(ひさまさ)は、ちらと横目で息子の様子を確かめた。この遠慮のない諸将の声が、じつはわざと聞かせて長政がそれにどう応えるかを試すものと、戦には弱かったが内政外交にはいくらかその腕を見せた久政にはすぐにわかった。


 しばし耳のない顔で小姓に酒を注がせた長政は、それをくいと飲み干すと、ちらりと久政に横目をくれた。瞬時に久政は安堵した。


 その長政がハッハと明るい呵々大笑をあげた。

「なにもそう、お市のやつを憎んでくれるな。所詮しょせんは女の浅知恵、浅い意地じゃ。悍馬ほど乗りこなしてやるのが面白いものと、おぬしらとて覚えがあろうが」


 即座に久政が、手にしていた扇をパンと音を立てて開いて見せた。

「浅い意地とは言うてやるな、もろうた嫁なら浅井の嫁じゃ、あさ意地いじならぬ浅井あざいのおいちよ」


 どっ、と一度に座が沸いた。

「いやこれは、御大将が、正月からのろけてくれるわ」

「そうよ、もらった嫁御に目くじら立てねばならぬほどの織田でも浅井でもないわ」


 そうして暮れるまで賑やかに続く祝賀の宴から漏れ聞こえてくる鼓の音やらさざめきを、奥ではお市が思い深げな静かな眉で聞いていた。


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