昔の話を
二人で、とても美しいお皿の中央に小さく盛られたアイスクリームを、少しずつ、惜しむように食べながら。
「やっと来れたなぁ」
と平太が言った。
それからふと味を気にした平太に、ミーニャは自分のキャラメル味をすくって平太に食べさせる。
「甘い」
と平太は顔をしかめた。
「こっちはちょっとほろ苦いんだよ。食べる?」
平太がミーニャに食べさせてくれる。
嬉しくて笑んだ。
「ほろ苦いのが美味しいわ。ありがとう、平太」
私が嬉しいのは、平太がすごく優しくて、今隣にいてくれるからなのよ。
あまり素直に言えないけれど。
***
「あ、あそこ、競技場だ」
平太が遠景の1つに目を留め、ミーニャも確認する。立ち並んだ中に大きめのドーム型の施設があるからすぐ判別できる。
「本当ね。今日も何か開催しているのかしら」
「だろうね。そういえば昔、会社同士の運動会に行ったよね」
「平太は強かったわ。格好良く見えて自慢だったのよ」
「はは。俺は体が大きいから、綱引きとかは得意なんだよね」
アイスクリームを運ぶスプーンを舐めながら、思い出される光景に平太は懐かしそうに目を細めている。
「的当てもすごかった」
「仕事柄、ああいう手先の器用さが必要なのは点数良いんだよね。ほら、昔の先輩の岩尾先輩もすごかった。全体の3位とったよね、岩尾先輩」
「そうだったかしら。正直平太ほど見てなかったから、ちゃんと思い出せないわ・・・」
「きみ、時々そういう可愛い発言するよね」
「時々?」
「ははは」
平太が楽しそうに笑って返事をごまかした。
「ミーニャも玉入れ出たろ。忘れられないよ。声援すごくてさ。あれ以降、毎回きみへの出場依頼がすごかった。・・・出たら良いのにって毎回思ったなぁ」
この言葉にミーニャは居心地悪そうに身じろぎした。
なぜ断り続けたかというと、あまりの声援で恥ずかしくてとても次から出れないと思ったからだ。
あの時代、競技に参加できる彼女なんて稀だった。能力的に参加できる彼女たちは皆大金持ちの彼女たちで、下っ端が集まってワイワイ楽しむような競技大会に出るなんてミーニャ以外、いなかった。
俯いてしまったミーニャの様子に、平太は楽しそうに穏やかに聞いた。
「楽しかったんだよね?」
「ええ」
当時の状態を思い出して赤面しながら、ミーニャは答えた。
「ものすごく声援があって驚いたのは本当よ。びっくりして、恥ずかしかったの。でも、皆が私を見て『平太さんの彼女さん』って言うの、嬉しかったわ」
大勢から認めて貰ったようで、事実その通りで、自分の名前を呼ばれるより、その呼ばれ方がとても幸せだと思った。
「俺は、そんな長い名前じゃなくて『ミーニャ』なのになぁってなんか残念に思ってた。可愛い名前なのにねぇ・・・」
「嫌」
「はいはい」
口を尖らせるように拗ねたミーニャを平太が宥めるように穏やかに笑う。
言葉に出さないけど、
〝きみは変わらないなぁ”
と平太が思ったのがその表情で分かる。
そして、平太がそれを好ましく思っている事も。
***
平太は歳をとる。
ミーニャにも年月は降り注ぐけれど、容姿や機能が衰える事はない。そんな風に出来ていない。
平太はいつか消えてしまう。
彼氏が消えたら、彼女も残りのエネルギーが尽きるまで動いて、止まり、ガラクタに還るだけ。
今は言われないけど、昔、平太とミーニャの話をした。
ミーニャはリセット機能がついている彼女だから、平太が消える前に、他の人の彼女に変わった方が良いのでは、と平太が言ってきたのだ。
平太には、資産を受け渡す事ができる人がいる。彼女も引き継ぐ事が出来る。
平太は、ミーニャが平太の消滅を受けて止まることを心配していた。
私は、平太の彼女なの。
平太だけの彼女なの。
お願い、ずっと傍にいたいわ。
今は、平太はそんな事を確認してこない。
認められて、ホッとしている。
あなたが消えたら、わたしだって一緒に終わりたいって思うのよ。
***
「そういえば、初めの頃、昔に住んでた地区の図書館にきみと行ったね」
ここからは見えない景色を透かして見るように、平太が遠くを見つめながら話してきた。
「ええ」
そういえばその日は、初めて服を買ってもらった、とミーニャも遠い日の記憶を探し当てる。
「懐かしいな。あの時、キミがカードを持ちたがってさ。渡したらすごく嬉しそうだった。可愛かったよ」
「・・・」
こんな風に言ってもらうと照れて言葉が出ない。
「また行きたいな」
「ええ。本当ね」
「昔みたいに、電車を乗り継いでさ。図書館までは歩いていくんだ。明日…じゃなくて、明後日ぐらい、どうかな」
「ええ。楽しみだわ。あの変な甘いドリンクも飲むのね」
平太が『明日』と言わなかったのは、今日に続けて明日も出かける体力を心配したから。
「良い天気だと良いなあ。最上階に行って、灰色の街を見てさ」
「ふふ」
楽しみ。
ねぇ。
平太は色んなところに連れて行ってくれるようになったけれど、行きたい場所は減ったりなんかしないわね。
***
コクリ、と平太が舟をこぎ出した。
老齢の平太の活動は徐々に停止しだしている。
眠るだけならまだいいけれど、時折、ミーニャへ流れてくるエネルギーが止まっている時がある。
「・・・」
ミーニャは、耐えきれず眠りだしたその顔をじっと見つめる。
穏やかな顔で静かな様子で、少しずつ活動を弱めていく平太。
もともと、平太は、代々、短命続きだったらしい。
平太は、本来の適正の職業では、とてもとても優秀だった。
裏を返せば、特化した部分だけの摩耗が激しい。他の部分は健康なのに、特化した部分に関連する部分が激しく損なわれていくから、結果として寿命が短くなる。
だから、平太の先代も、平太が学生の時には消滅していた。その前もその前も、ずっとそんな風だったらしい。
平太は仕事を変えたけれど、それでも先代から引き継いだ資質に引っ張られる。無関係ではいられない。
平太の同年代の人がまだのんびり現役兼引退暮らしを送っているのに、平太はすでに消滅にはっきり向かっている。
もしかして、仕事を変えた事で平太に余計に負担がかかってしまったのかもしれないと思うと、辛くて悲しくてどうしようもなくなる。
ミーニャの様子に気づいて、平太は『もともと短命の系統なんだってば』と慰めてくれるのだけど。




