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奴隷の王  作者: 木ノ下
40/43

37 王国守護騎士VS黒鎧

 僅かに時を遡り、ハイジが初依頼に意気揚々と街を出発してあっさり終わってしまった採取依頼に肩を落としている頃。

 街道でハイジが世話になったビクスの商隊とすれ違った王国の騎士団は、本来なら数週間後に奇襲を仕掛けるはずだった、以前ハイジが奴隷として強制労働を強いられていた魔王の砦へと入り調査を進めていた。


「やはりここも外と同じ状況ですね」


 今回、砦への情報収集のために派遣されていた諜報・偵察部隊から急遽もたらされた異常報告の調査任務のために、編成された部隊の隊長に抜擢された王国守護騎士団序列三位のゼクト・コーマンは、室内の様子を見て声をかけてきた部下の騎士に頷くと、自らも今いる室内を見渡す。

 今彼らがいるのは砦に唯一存在していた真っ黒に塗り潰された異様な外観の屋敷、その中に存在したまるで何かの儀式場の様な部屋だった。

 そして、その部屋に突入した彼らが見たのは――――部屋中のいたる所ですでにこと切れて横たわっている人間、獣人、亜人、魔物の姿。

 罠を警戒しながら彼らは慎重に室内に侵入し調査を進めた。

 いくつかの死体は明らかに死因となったであろう傷が窺えるが、半数以上の死体は汚れてはいるものの外傷もなく、まるで魂を抜かれてしまったかの様に綺麗なままだった。

 ゼクト達はこの部屋に来るまでに見た多くの死体と同じく、全く死因のわからない死体の姿に眉を顰めた。




 王城へと諜報・偵察部隊から使い魔による異常事態の報告が届いたのは一週間前のこと。

 本来なら砦に直接潜入して情報収集を行っている王国守護騎士団序列六位であるリザン・ベクタールからもたらされた情報を使い魔に持たせて王城へと先行させ、交替要員へと任務を引き継いだ諜報・偵察部隊が王城への帰還後、今度は直接口頭での報告をすることになっていた。

 今回、使い魔が戻って来る兵舎で待機していた兵士はやけに使い魔による帰還が早いと思っていた。その時点ではまだ気楽にしていたのだが、もたらされた内容に一瞬で顔を青褪めさせ、すぐに上司への報告に走った。

 まさかついに魔王が進軍を開始したのかと、今回の「少数精鋭による魔王討伐」の極秘任務に関わっていた幹部クラスの騎士や貴族達は報告を聞いた瞬間冷や汗を流していた。

 だが、死因は不明なものの何者かに殺害された兵士達を発見した交替要員達は、現場に赴くまで魔王の軍勢などと遭遇することはなかったという。

 結果、使い魔からの報告だけでは事態を十全に把握することは不可能と判断し、新たに部隊を編成し現場へと向かわせることとなった。

 すぐにでも王国守護騎士団を筆頭に部隊を向かわせようとした。

 だが、運悪く王国守護騎士団のメンバーの大半が任務で王城を出ていたため急遽城へと呼び戻し、城に残っていたメンバーのみで部隊を編成して翌日に王城を発つこととなった。

 本来ならば王都からカロンまでは十日程の距離があるのだが、魔法使いによる疲労回復の魔法や騎士達の身体強化による自身と馬の強化、さらに僅かな休憩だけを挟んだほぼ不眠不休の強行軍により僅か五日でカロンに辿り着いていた。

 カロンで代えの馬を用意し半日の休息後、すでに次の交替要員として王都を発っていた部隊と合流してカロンを発った。

 途中ですれ違った商隊に道中異常がなかったか話を聞きながら、周囲を警戒して進むこと約一日半で砦の眼前に広がる森林の入り口に到着した。

 そこで待っていた仲間と合流し、現状の報告と殺された兵士の状態の確認。砦への潜入の段取りを決めてその日は休息となった。

 翌日、編成された部隊の三分の一を森の入り口に残し、残った騎士とカロンで合流した部隊で潜入作戦を決行。森に巣食っている魔物を排除しながら進み、砦内部への入り口へと辿り着いた。

 先に偵察に長けた兵士による砦内の偵察を行い、敵の脅威がないことを確認後、残る騎士たちが潜入。

 だが、そこで彼らは一人の例外なく絶句することとなる。

 彼らが潜入した砦内、その至る所に転がり腐敗臭を漂わせる死体、死体、死体。

 数えるのも馬鹿らしくなるほどの死体の山だった。

 魔物に食い荒らされたのかいくつか損傷している死体があるが、殆どが森の入り口でみた兵士の遺体と同じく外傷が存在しなかった。

 近くの死体を確認した後、騎士たちをいくつかの班に分けて一先ず砦全体を調査することにした。

 ゼクトはそれぞれの班が砦内に散らばって行くのを見届けた後、自らも数人の騎士を率いて砦に唯一存在している屋敷へと向かった。

 その結果、そこで彼が目にした物も外に転がっている死体と全く同じ状態の死体だったという訳である。




「たくっ、一体どうやったらこんな死に方しやがるんだ」


 ゼクトの思わずといった悪態に近くにいた部下が反応する。


「確かに。私もこんな殺され方をした死体は初めて見ました」


 眼前に広がる死体の状態に困惑した表情を見せながらゼクトの言葉に頷く。


「人間や獣人、亜人だけならまだわかる。だが魔物まで同じ死に方をしてるのはどういうことだ……」

「そうですね……。私もそれが気掛かりでした」


 そう、彼らの頭を悩ませているのは死因だけではなかった。殺されているのが魔物以外ならば方法はともかく彼らを殺ったのは魔王かその配下である魔物だと考えられる。

 だが今ゼクトがいる屋敷や外にも人間や獣人、亜人の死体と共に魔物の死体も大量に転がっているのだ。 それも死因は全く同じという状態で。


「この砦にいた魔王や魔物とは別の存在がこれをやったということでしょうか?」

「魔王がいるかもしれん場所にわざわざ乗り込んで、種族に関係なく肉体に傷を付けずに皆殺しにする存在か? だとしたら、少なくともそいつは魔王と相対しても殺されない自信があるんだろうな。正直そんな正体不明の輩がいるとは考えたくないな」


 ゼクトや部下が嫌な想像に顔を顰めていると、室内を調査していた部下の一人から突如ゼクトを呼ぶ声が上がった。


「隊長! こちらに!」

「どうした! 何か見つけたか!」


 死体の一つを調べていた部下からの呼びかけに何か見つけたのかと早足で部下の方へ歩いて行く。


「何だ? 何か見つけ――――」


 部下に促され、調べていた死体の顔を除き込んだゼクトは台詞を言い切ることなく息を呑んだ。

 何故ならその死体は――――


「リザン……」


 ゼクトの言った通り、そこにいたのは彼と同じく王国守護騎士団に籍を置く同僚であるリザン・ベクタールだった。

 リザンを見つけた騎士もゼクトと共に死体を見に来た騎士も、同僚の息絶えた姿にしばらくの間誰も言葉を発することが出来なかった。

 やがてその静寂を破る様にポツリと――――


「馬鹿野郎が……」


 ゼクトの口から小さく呟かれたはずの言葉は室内にやけに大きく響き渡り消えていった。




 仲間の遺体が室内から運び出されて行く様子を見ながらゼクトは溜息を吐く。


「この場でリザンさんと敵の戦闘があったのでしょうか?」

「……おそらくそうだろうな」


 部下の言葉に頷きながらゼクトはもう一度室内を見渡す。

 壁や床、所々に戦闘の跡があることが気になっていたが、リザンの遺体が負っていた傷や首の骨を折られたり切り裂かれたオークの死体があることを考えれば自ずと理由は浮かぶ。


「リザンさん、笑っていましたね……」

「そうだな……」


 二人は先程のリザンが浮かべていた表情を思い出す。


「ここで戦闘があったことは間違いない。詳しい事はわからないが、その結果がリザンにとっては不本意なことにはならなかったということだろう」

「リザンさんはここで何が起きたか知っていたのでしょうか?」

「さあな。どのみちあいつはもう死んじまったんだ。誰にも知ることはできねえよ」

「そう、ですね……」


 二人が今は亡き仲間について話していると背後から二人に近付く影があった。


「そんな所でぼーっとしていますが調査は終わったのですか?」


 ゼクト達が声のした方に振り向くと、唯一廊下へと繋がる扉から入って来る一人の人物がいた。

 咎める様な口調で入室して来たのは、プラチナブロンドの長髪をなびかせ吊り目気味の両目を細めてゼクト達を見据える二十代前半程の女性騎士だった。


「⁈ も、申し訳ありません!」


 ゼクトと話していた騎士は女性騎士の姿を見ると一瞬で直立不動となり、敬礼をしたまま動きを止めた。

 その様子をみたゼクトはため息を吐き、入ってきた女性騎士に声をかける。


「別にさぼってた訳じゃねえぞ。ちょっと休憩してただけだって」

「そうですか……?」


 女性騎士はジトッとした目をしばらくゼクトに向けていたが、やがて納得したのか視線を逸らす。そして、未だに直立不動のまま敬礼を続けている騎士に気付くと軽く手を振ることで楽にさせた。

 敬礼を解いた騎士は軽く安堵の息を吐いている。


「……お前さん、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」


 触れれば切れる様な鋭い気配を常に放っている目の前の女性騎士にゼクトが助言の様な台詞を言うが――


「あなたは常日頃から抜きすぎなのではありませんか?」


 バッサリと切られ、「うぐっ」と声を詰まらせていた。


「我々王国守護騎士団は全ての兵士や騎士の模範となるべき存在なのですよ。その我々が部下達に悪影響を与えたり舐められる様な行動や振る舞いをする訳にはいきません」


 言葉の端々から自らが騎士であることに誇りを持っていることを感じさせるこの女性も、実はゼクトやリザンと同じく王国守護騎士団、その序列五位に籍を置くカタリナ・フルブライトである。


「へいへい……」


 ゼクトのあからさまに面倒くさそうな返事にカタリナはジロリとゼクトを睨み付ける。

 その睨まれた本人は音速を超えたのではと錯覚する程の速度で顔を逸らしていた。

 カタリナは一つため息を吐くと二人のやり取りをビクビクしながら見守っていた騎士に向き直り声をかける。


「それで、何かわかりましたか?」


 問いかけられた騎士が慌てて答えようとするが、代わりにゼクトが話し出した。


「いや、ここも外と同じで死因のわからない死体の山だ。魔法陣と奴隷が集められているところを見ると、この部屋で魔王が何らかの儀式でもしてたのかもしれないが、魔法陣を見ても内容は専門家じゃないとわからないしな」

「そうですか」

「ああ、それとな……」

「なんですか?」


 突然沈痛そうな表情になったゼクトを訝しみながら続く台詞を待つ。


「リザンの遺体が見つかった」

「っ⁈ ……そう、ですか」


 カタリナはその言葉を聞いた瞬間、目を見開き声が震えそうになるも、一度ぎゅっと唇を噛み締め言葉を絞り出した。

 王都で使い魔からの報告を聞いた時から嫌な予感はしていた。

 砦に入った瞬間にほぼ確信に変わり覚悟はしていた。

 それでも長い間、背中を守り、時には守られた仲間の死というのは辛いものがあった。

 だが、自分は騎士。魔を払い国と民を守る義務がある。

 リザンの死に顔を聞いたカタリナは、いつまでも悲しんではいられないと乱れかけた心を鎮めようと呼吸を整える。

 カタリナの様子を見たゼクトと部下の騎士に再び暗い表情が戻り空気が重くなりかけるが、その空気を払うかの様にゼクトがカタリナの方の成果について問いただした。


「カタリナ、お前さんの方はどうだった?」

「……この屋敷にある残りの部屋も見て回りましたが特にこれといった物はありませんでしたし、使われていた形跡も殆どありません」

「そうか」


 原因究明に繋がる収穫がないことにカタリナと部下が難しい顔になる中、ゼクトが部屋の中のある一点を見詰めたまま動きを止めていることに気付いた。


「どうしたんですか?」


 カタリナが声をかけても反応を示さず、今度は何かを探すように首を巡らせて視線を部屋中に彷徨わせ始めた。

 明らかに様子がおかしいゼクトにカタリナがもう一度声をかけようとするが、普段あまり見られないゼクトの真剣な様子に言葉を詰まらせてしまう。そうこうしている内に今度はいきなり部屋の中心付近に向かって歩き出した。


「一体何なのです?」


 同僚の行動に首を傾げながらもカタリナと部下の騎士はゼクトの後を追って歩いていく。

 するとゼクトがある場所で立ち止まり、その場に屈んで落ちていた何かを拾い上げた。


「何か手がかりになる物でも見つけたんでしょうか?」

「どうかしら……」


 二人がいまだ背を見せて手に持った何かを見ながら考え込んでいるゼクトを見ていると、やがて考えがまとまったのかゼクトはカタリナ達の方を振り向いた。


「隊長、一体何を――――って、うわっ!」


 部下の騎士が振り向いたゼクトが持っている物を見て驚きの声を上げる。

 カタリナも声こそ上げないが僅かに目を見開いて驚いていた。

 それもそのはず。ゼクトが手にしていたのは切り離された人の腕だったのだから。


「ああ、驚かせて悪いな」

「いえ……それよりいきなりどうしたんですか? その腕が何か?」


 いきなり腕を持ってるのを見せられたことには驚いたが、カタリナもゼクトがこの状況でふざけているとは思えず今の行動には何らかの意味があってのことだと思い理由を聞くことにした。


「この腕なんだが、お前さん達は誰のだと思う?」


 不可解な行動の後に不可解な質問をされて二人は頭が疑問に埋め尽くされていたのだが、答えなければ先に進まなそうだと思い一先ず質問に答えることにした。


「人の腕では……?」

「私もそう思いますが……」


 その答えを聞いたゼクトはそれでは足りないとばかりに腕を掲げて二人によく見える様にする。


「確かに人だろう。だが、大人か子供かと聞かれたらどうだ?」

「それは……大きさ的には子供かと」


 カタリナが見たままの考えを述べるとゼクトは正解だと鷹揚に頷く。

 ゼクトが中々言いたいことを言わないことに段々苛々してきたカタリナが声を上げそうになる寸前、ゼクトが口を開いた。


「なら、この腕の持ち主(・・・)はどこだ?」


「「は?」」


 初めは二人とも質問の意図が分からなかった。

 そんなの腕を切り取られた子供に決まっている。そう思ったカタリナはゼクトが自分達から視線を外して室内を見渡していることに気付いた。

 それにつられて自らも室内に視線を走らせる――――が、そこでゼクトが言わんとしていることに気付いた。

 

「⁈」


 そう、いないのだ。

 部屋のどこを見渡してもゼクトが持っている腕の持ち主――おそらく子供だろうその死体が見つからない。


「あっ!」


 カタリナの隣で考えていた部下も気付いた様だ。目と口を大きく開けて驚いている。


「気付いたみたいだな。そうだ、この部屋で殺された死体の中でこの腕の持ち主だけが見つからないんだよ。これはどういうことだ」


 カタリナも部下の騎士も今の状況の異常性に気付き押し黙っていたのだが、やがて部下の騎士が口を開く。


「ここから脱出したのでは……?」

「出来ると思うか? 周りは魔物だらけな上に当時は魔王もこの場にいたかもしれないんだぞ? 子供が一人で、それも片腕を奪われた状態でどうやって逃げる?」

「……」


 反論が浮かばず騎士は再び押し黙る。

 すると今度は考え込んでいたカタリナが口を開いた。


「では……もしこの惨状をその腕の持ち主である子供が起こしたとしたら?」


 カタリナの言に隣の騎士が絶句している。

 その気持ちはカタリナもわかっていた。何せ自分でも何を言っているんだと思っているのだから。


「成程な……確かにそれならこの場にこの腕の持ち主の死体がないのには納得出来る」


 まさか一考されるとは思っていなかったので言ったカタリナ本人ですら驚いていた。


「……だが、それも考えにくいな。そんなことが出来るならここで奴隷なんぞしていないですぐに逃げているだろう」

「そうですね……」


 やはり違うかと、今の考えを追い払う。

 一瞬この場でいきなり能力に目覚めて周りの者を皆殺しにして逃げたのではと思ったがあまりに荒唐無稽な想像なのですぐに頭から打ち消した。

 ……実はカタリナの予想は大正解だったりするのだが、普通そんなことはありえないので結局カタリナの口からこの予想が話されることはなかった。


「では隊長はどうお考えなのですか?」


 いまだゼクトの意見を聞いていなかったため、今回の任務の隊長でもあるゼクトに部下の騎士が問いかける。


「そうだな……」


 数秒だけ沈黙した後、ゼクトは物凄く自信無さげに己の考えを述べる。


「……例えば儀式の最中に何者かがこの部屋に乱入した。その後、部屋にいた奴らを皆殺しにして出て行ったんだが、この腕の持ち主だけは見逃した……とか?」

「ないでしょう」

「ありませんね」


 当然の様に一蹴された。


「何だよ! カタリナの説だって殆どありえないだろうが!」


 ほぼノータイムで却下されたことに憤懣やるかたないと憤るゼクト。だが二人はすでにゼクトを見ていなかった。

 相手にされないことに涙目になりかけているがやっぱり二人は相手にしなかった。


「結論を出すには情報が少なすぎますね」

「はい。探せばまた何か見つかるかもしれませんし今は調査を進めるしかなさそうですね」

「万が一ということもあるので一応外で殺された死体の中に片腕のない子供の死体がないか確かめて来てください」

「はっ」


 ゼクトが項垂れている間にカタリナと部下は勝手に話を進め、一礼すると部下は部屋を出て行ってしまった。

 現在、この部屋に残されたのはゼクトとカタリナだけとなった。


「いつまで拗ねているのですか。私達も調査を進めますよ」

「お前……散々しかとしてたくせに」

「覚えがありませんね。ほら、その腕は持って来てください。調査班に見て貰えば持ち主に関する手がかりを見つけられるかもしれませんから」

「はあ……わかったよ。まあ、もしこの腕の持ち主が生きているとすればここで何があったか、魔王がどうなったのか知っているはずだしな」

「ええ。リザンの死を無駄にするわけにはいきません。生きているなら何としてでも持ち主を見つけなければ」


 二人は見つかった片腕を持って部屋を出るために廊下へと繋がる扉へと向かう。

 だが、扉へと向かってカタリナの後ろを歩いている途中、ゼクトは妙な違和感を感じて立ち止まった。

 室内にぐるりと設置されていた燭台の明かりによってに照らし出されている二人分の影。そのカタリナの方の影が一瞬妙な揺れ方をした様に見えたのだ。

 最初は火が揺らめいたせいかと思ったのだが直ぐにこの部屋の扉は閉めきっていることに気付く。何か嫌な予感を感じると共にカタリナに止まる様声をかけようと口を開いた――――その瞬間。


 ビュッ!


 突如カタリナの影の中心から波紋が広がったかと思うと、波紋の中心から黒い棒状の物質がカタリナ目掛けて飛び出した。


「カタリナ⁈」

「え?」


 いまだに自分に迫る脅威に気付いていないカタリナを見て、ゼクトは反射的に駆け出しカタリナの背を突き飛ばす。

 同時に腰に提げていた長剣(ロングソード)を抜き放ち、カタリナと位置を入れ替わったために己に向かって来た黒い物質を弾き返す。


「なっ⁈」


 そこでようやくカタリナも自分が命の危機に曝されていたことに気付き、体制を立て直すと腰に提げていたレイピアを抜き構える。

 二人が見つめる中、強襲して来た黒い物体がカタリナの影の中に戻っていった直後にまたも波紋が広がり、今度はそこから全身を黒一色に染め上げ、所々から鋭利な棘を生やした凶悪なフォルムをした鎧を着こんだ一人の人物が浮き上がる様に出て来た。


「何だこいつは……?」

「わかりませんよ。ですが、私に全く気配を悟らせずに奇襲をかけるとは……」


 二人が油断なく構えていると、やがて全身を影の中から出した鎧が冑のスリットから除く赤い光を二人に向けながら口を開く。


「今のを躱したか。王国守護騎士などと呼ばれてるのも伊達ではないようだ」


 やたらと平坦で無機質な、人間味の感じられない鎧から発せられる声に二人の警戒が高まる。


「何者だ?」

「答える必要はない。そもそもお前たちに用はない」

「人に奇襲をかけておいて随分な態度ですね。だったら何が目的でここに現れたのですか?」


 鎧はカタリナの質問には答えず二人には興味はないとばかりに周囲を見渡した後、ある場所に目を付けると歩き出す。

 鎧が向かった先にありのは先程奇襲を防ぐ際にゼクトが一時的に手放して床に転がっていた腕だった。


「なっ⁈」

「おいっ⁈ それをどうするつもりだ!」


 まさか突如現れた鎧の目的が先程自分達が回収した腕だとは思わず反応が遅れてしまう。

 鎧は二人の叫び声を無視すると、拾った腕を自分の足元に広がる影に放り投げる。すると、床に落ちた腕はぶつかった衝撃に跳ね返るでもなくズブズブと沈み込むように影の中に消えていった。

 そのまま鎧も現れた時と同じく影の中に沈んで行こうとしたのだが、背後から迫って来る殺気を感じてその場を飛び退く。


 ブオン!


 凄まじい風切り音を響かせながら一瞬前まで鎧がいた場所を硬質な輝きが通り過ぎる。

 振り返った鎧が見たのは振り切った長剣を構え直し鎧を睨み付けるゼクトの姿だった。


「このまま帰す訳にはいかねえなぁ。お前の目的とどこの魔王の配下か全て吐いてもらうぞ」

「……」


 凄まじい殺気と眼光を向けられても鎧は依然として興味がないのか再び影の中に消えようとする。

 だが、そこで再びそれを阻止する者が現れる。


「――シッ」


 ゼクトが鎧に斬りかかると同時に動いていたカタリナが鎧の頭部を狙った技を放つ。

 だが、いつの間にか掲げられていた鎧に包まれた腕に阻まれ、甲高い音を響かせながらカタリナのレイピアは止められてしまう。

 身を翻しゼクトの元へと下がったカタリナは僅かに眉を顰めて鎧を見据える。

 見ればカタリナのレイピアと衝突した鎧部分は無傷だった。


「一体どういう素材で出来ているんですかあの鎧。魔力を通した武器とまともにぶつかって一切傷が付かないなんて……」

「わからんが、お前の武器じゃ正面から破るのは分が悪い。奴の注意を引いて隙を作れ。俺が仕留める」

「……仕方がありませんね」


 二人が素早く話し合いしていると、レイピアとぶつかった腕の鎧を見ていた鎧が口を開いた。


「……予定にはなかったが少し相手をしてやろう」


 言い終わると共に鎧が手を翳すと、足元の影から刃の部分以外全てが漆黒に塗り潰されたハルバードが飛び出し鎧の手に収まった。


「来るぞ……」


 武器を手にした敵の姿を見て警戒を増す二人。敵の動きを予測するため瞬きもせず鎧の一挙手一投足に目を走らせていた次の瞬間――二人の眼前から鎧の姿が消えていた。


「は?」

「なっ、え?」


 一瞬も目を離さなかったはずなのに何の前兆もなく煙の様に姿を消した鎧に、二人の間の抜けた声が漏れる。

 予期せぬ事態に思考が置いて行かれる中、二人の背後から消えたはずの鎧の声が降りかかる。


「どこを見ている?」

「「⁈」」


 完璧に背後を取られたことで頭を驚愕に埋め尽くされながらも、長年戦場で培い身体に染みついた経験によって反射的に振り返り自らの武器を間に挟むことで、すでに二人の命を刈り取るために振られていたハルバードを寸での所で防いだ。


「ぐうっ!」

「あぐっ⁈」


 だが、凄まじい膂力で繰り出された攻撃は防御した二人をまとめて反対側の壁まで吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた二人は何とか空中で体勢を整え壁に衝突することなく着地に成功する。


「ぐうっ、なんつう馬鹿力してやがる。おい、大丈夫か?」

「平気です……と、言いたい所ですがまだ手が痺れていますよ」


 防御には成功したものの、凄まじい膂力で繰り出された攻撃を真正面から受け止めたために衝突時に発生した衝撃をまともに喰らってしまった。

 吹き飛んだことで多少は威力を殺せたが、それでもいまだに手に残る痺れに敵の強大さを感じ取って顔を顰める。

 そこで二人の様子を黙って見ていた鎧が動きを見せた。

 先の攻防だけで敵の強さを認識した二人は受け身に回るのは危険と考え、まだ手の痺れは取れないが先手を取るためすぐさま動き出す。

 カタリナは全身から立ち上るオーラで全身と武器を包むと、その場を疾風の如き勢いを持って駆け出し、次のモーションに移ろうとしていた鎧の懐に入り込む。

 懐に入り込んだ勢いのままレイピアを突き出し、敵に息をも飲ませぬ連続攻撃を繰り出す。

 素早く立ち位置を変えることで相手に狙いを定めさせず、女性の細腕が生み出しているとは思えない、まともに視認することすら困難な暴風の様に繰り出される刺突の連撃。並みの相手なら、いや、たとえ達人であろうともカタリナの攻撃を数度防ぐことすら困難を極めるだろう。

 まさに王国を守護する最強の騎士、王国守護騎士団序列五位の名に恥じない実力であると言える。

 だが――


「くっ!」


 カタリナの口から悔し気な声が漏れる。

 無理もない。

 カタリナが攻撃を開始してからすでに一分。

 その間、絶え間なく繰り出されていた必殺の連撃は直撃どころか一発も掠ることすら許されず、目の前に君臨する黒き鎧が持つハルバードの柄によってことごとく防がれていた。

 まるで焦りも疲れも見せない敵の様子に、攻めているはずのカタリナの方が焦燥を募らせていた。

 無言で自分を見下ろす鎧の姿に頭の中がカッと熱を持ち、気勢を上げながらさらに攻撃の勢いを増すカタリナ。


「はああぁぁぁぁ!」


 もはや突き出されるレイピアが残像を残す程の速度に達しているにも関わらず、鎧は依然として完璧に防いでいる。

 敵の守りを突破出来ないことに業を煮やし、カタリナは全身を覆っていたオーラをレイピアの先端に集中すると、速度ではなく威力を持った一撃を繰り出す。


「点穿!」


 この一撃で敵の守りを突破するという強烈な意志の元に繰り出された武技は――――防がれた。

 が、今回はそれで終わらなかった。

 カタリナの攻撃を防いだハルバードが武技の勢いに押されてハルバードを持つ腕ごと僅かに跳ね上げられた。

 ようやく掴み取った隙を見逃さず、カタリナはさらなる追撃を仕掛ける。

 狙いはがら空きの鎧本体――ではなく僅かに跳ね上げられたハルバードの柄。


「二連点穿!」


 先程と同じ武技を今度はさらに多くのオーラを集中させたレイピアが二連続で解き放つ。


 ガガアアァァァンッ!


 激しい衝突音を打ち鳴らしながら寸分違わず同じ箇所を撃ち抜いた連続攻撃は、今度こそ完全にハルバードを跳ね上げることに成功した。

 これ以上ない絶好のチャンス。この強敵に攻撃を直撃させるには今を置いて他にないのだが、カタリナは絶え間なく続いた攻撃と大量のオーラを消費する武技の連続使用によってすぐに追撃に出ることが不可能な程体力を消耗していた。

 このままではすぐに鎧は体勢を立て直し、目の前で膝を着くカタリナに致命となる一撃を加えることになる。だが――


「――よくやったカタリナ」


 ここにはもう一人王国守護騎士がいる。


「!」


 カタリナが全力を持って作り出した隙を突き、確実に敵を捉えるべく戦闘を見守っていたゼクトが一目で強力な力が込められているとわかる、オーラで覆われた長剣を構えて鎧の背後に現れた。

 そして――――


「重一閃!」


 ザンッ!


 武技の発動と共に振られた長剣が見事鎧の首を捉え、斬り飛ばす。

 斬り飛ばされた鎧の頭はクルクルと放物線を描きながら部屋の空中を飛び、石床にゴンッ! とぶつかった後、何回か跳ね返りながら転がりやがて動きを止めた。

 頭部を失った胴体も派手な音を鳴らしながら床に倒れ伏し、物言わぬただの鉄塊となった。


「終わったか……?」

「ええ……」


 しばらくの間構えを解かず警戒していた二人だったが、何も起こらないことを確認し、ようやく身体の力を抜く。


「はあ~、今回は中々やばかったな」

「もし、どちらか一人しかいなかったら殺されていたかもしれません。それ程の実力者でした」

「ああ、そうだな。こりゃあ王都に戻ったら一から鍛え直さんとなぁ」

「そうですね。私も自分の実力に慢心していた様です。それはそうと……」

「?」


 不意に言葉を切らしたカタリナに何かあったかと視線を向けると――


 スパアーーーン!


「いてえぇぇ⁈」


 いきなり頭を引っ叩かれた。


「な、何しやがる⁈」


 ゼクトが突然の暴行に抗議の声を上げるが、カタリナはそんなゼクトを冷めた視線で見返す。


「何しやがるじゃありませんよ。むしろあなたこそ何をしてるんですか」

「はあ? 何のことだよ?」


 カタリナが何のことを言っているのか訳がわからずにいると、クイッとカタリナは顎で鎧が横たわっている場所を指し示す。


「ああ? 鎧がどうかしたのか?」

「あなたは馬鹿ですか。私たちの目的はあの鎧から情報を聞き出すことでしょうが」

「あ……」


 そこまで言われてゼクトも理解した様だ。サーッと顔を青褪めさせ、ぎぎぎとぎこちない動きでカタリナの方に顔を向ける。


「あれでどうやって情報を得るんですか?」

「うっ!」

「おまけに私達が見つけた腕はあの鎧の影の中なんですよ。どうやって取り出すんですか?」

「ううっ!」

「それなのにあなたときたら首を落すなんて」

「うううっ!」


 止まらぬカタリナからの追撃にがっくりとゼクトは項垂れてしまった。

 そう、二人の目的は奪われた腕の奪還と鎧の正体と目的について吐かせること。

 だが、ゼクトが鎧の首を落して殺してしまったせいで、もはやそれらを達成することは不可能となってしまった。

 故に、カタリナは敵を捉えるのではなく殺してしまう様な攻撃を放ったゼクトを攻めているのだった。

 だが、口ではゼクトを攻めているがカタリナとしても今回戦った敵の桁違いの強さを感じ、殺さずに捕らえることはほぼ不可能だったろうと考えていた。

 そのため、そろそろ魂が抜けた様に真っ白になり始めたゼクトを攻めるのはやめて、今後について話し合うことにした。


「ほら、いつまで項垂れているんですか」


 ゼクトがこうなったのはカタリナのせいなのだが、本人は何食わぬ顔でゼクトに話しかける。


「ああ……」


 散々攻め立てられたゼクトはげっそりしていた。


「取り敢えずこの鎧はどうしましょう?」

「……そうだな。王都に持ち帰って解剖するか? かなりの強度を持っている様だし、何の素材で出来てるのかも気になる。可能なら武具に流用したい」

「そうですね。鎧に残っている魔力の痕跡から他にも何かわかるかもしれません」


 一先ずそう結論し、鎧を運び出すために人手を集めようと部下を呼びに行こうと歩き出すのだが――――


「……それは遠慮願おうか」


 突然背後から――いや、倒したはずの鎧から声が発せられた。


「「⁈」」


 死んだと思っていた鎧から発せられた声に驚愕しながらも瞬時に振り抜き、一度鞘に納めた武器を抜き放ち構える。


「どういうことだ……?」

「どういうことも何も、倒せていなかったということでしょう……」


 目の前でゆっくりと起き上がる鎧を注視しながら冷や汗を流す。

 頭部を失った鎧はやがて完全に起き上がると二人の方に身体を向け直した。


「これは……!」

「そういうことか……」


 振り返った鎧を見て二人は目を見開く。

 何故なら首を刎ねられ、本来なら首の断面が覗いているだろうそこには肉体がなく、代わりにゆらゆらと揺らめく黒いオーラの様な物が漂っていた。


首なし騎士(デュラハン)……」

 

 目の前の鎧の正体を知った二人はすでに大きく見開かれていた目をさらに大きくする。

 デュラハンとは主に古い遺跡や魔界で、それも深夜でのみ目撃されて来た魔物である。そのため目撃した者は少ないのだが、目撃例が少ないのにはもう一つ理由があった。

 それは、デュラハンと遭遇した者の多くが生きて帰ることなくその命を刈り取られていることにある。

 ギルドがデュラハンに定めている強さはSランク。

 その強さは並みの冒険者や騎士では束になった所で決して届くことのない高みにある。

 だが、この場にいる二人は王国最強と言われる騎士団に所属している騎士である。協力すればSSランクの魔物にすら遅れを取ることなく渡り合うことが出来る程の実力者だ。

 だと言うのに目の前のデュラハンには二人掛かりでもってようやく倒すことが出来た。

 それは明らかに通常のSランクの魔物を超える強さを持っている証。ならば――


「お前……進化した個体か?」


 ゼクトの問いに答えることなく、鎧は転がっていた冑を拾い上げて頭に載せ直すとようやく口を開いた。


「……私はかつて数多の種を葬り続けた。やがてさらなる高みへと己の存在を昇華し、我が主から名を賜った私はもはやデュラハンなどではない」


 二人が見つめる中、デュラハンがそう言った直後――――


 ブワッ!


 凄まじい勢いでデュラハンの後背部からオーラが溢れ出し、質量を持った物質へと姿を変えていく。

 やがて出来上がったそれは翼。

 だが、天使が持つ様な柔らかな羽毛に覆われた純白の翼ではない。皮膜によって形作られている蝙蝠の羽の様な、いや……悪魔の翼と言うのが一番しっくりくるだろう。

 そしてその光景を見ていた二人は翼が展開されると同時に押し寄せて来た今までの比ではない圧倒的な威圧感に声を発することも出来ずに全身から滝の様な汗を流していた。

 そして自身のことをデュラハンではないと否定した鎧が再び口を開く。


「私は悪魔騎士(デモンナイト)。最高位の竜種と並び立つ存在である」


 その名乗りを受けた二人は動かず――否、動けずにいた。

 悪魔騎士と名乗った存在から放たれ続ける絶大な重圧。全身を這い回り、脳内で激しく警鐘を鳴らす眼前の敵への恐怖。

 そして迂闊に動けば一瞬で命を狩られるという確信が二人の全身を硬直させていた。

 音が聞こえそうなほどに激しく心臓が鼓動を刻む中、不意に悪魔騎士から放たれていた威圧が弱まった。


「さて、それなりに楽しめたことだ。私は帰らせてもらう」


 そう言うなり悪魔騎士は自身の足元に作り出した影の中へと消えていった。

 悪魔騎士が消えていなくなった瞬間、二人は一斉に脱力し荒い息を吐く。


「はあっ、はあっ、はっ!」

「はあっ、はっ、くそっ!」


 ゼクトは何とか呼吸を整えると悔しさを隠すこともせず歯ぎしりしながら悪態を吐く。

 ゼクト、そしてカタリナも同時に腸が煮えくり返る様な怒りを感じていた。

 手加減されていたこと。

 敵にとっては遊びだったこと。

 せっかく見つけた他掛かりを持って行かれたこと。

 明らかに敵に見逃されたこと。そして――


「くそがっ!」


 ――彼らは何よりも、見逃されて安堵している自分自身に一番怒っていた。

 ゼクトは自分の拳が傷つくことも構わず床を殴りつける。

 傍らに立っているカタリナも今にも暴れ出しそうな雰囲気を撒いていた。

 だが、それがどれ程無様なことか理解しているのだろう。目を閉じて必死に堪え、何とか自分を落ち着け始めたゼクトに話しかける。


「……このままこうしていても仕方がありません。わかったことだけでもまとめましょう」

「ああ……とは言ってもあんまないけどな」

「一つはあの鎧が何者かの――おそらく五人のうち一人の魔王の配下だということ」

「あのふざけた強さを持った奴でも配下とか悪夢だな」

「そしてもう一つ……確実に言えることがあります」


 ゼクトは自分を見つめるカタリナに一つ頷く。


「あの鎧がここに現れた目的を考えると……」

「ええ。間違いなく鎧が持ち去った腕の持ち主は今回の件に深く関わっているはずです」

「この場合、腕の持ち主は生きていると考えていいのか?」

「確信はありませんがおそらくそうでしょう。肉体の一部から持ち主の居場所を特定する魔法があるとも聞きますし」

「なら、あの鎧も持ち主を探しているってことか」

「おそらく」


 ゼクトは僅かに思案した後再び口を開く。


「なら、俺達が次にすべきことは……」

「ええ、あの鎧よりも先に腕の持ち主を見つけることでしょう」

「だが、俺達には何も手がかりがないんだぞ。知っているのは片腕がないことだけだ。どうやって見つける?」


 ゼクトの問いに暫し考え込んだ後、カタリナはポツリと声を出す。


「ここを脱出出来たとして、その持ち主は次にどこへ向かうでしょうか?」

「……人里、か?」

「おそらく」


 ゼクトはこの辺りの地理を思い浮かべる。

 そして真っ先に浮かんだのは――


「カロン……」


 ここから一番近い都市としてはそこしか考えられない。


「そうですね。ですがその周辺にいくつか小規模な村が存在しています。距離的にはそっちの方が近いのでもしかしたらそっちに向かった可能性も捨てきれません」

「……しらみ潰しに探すしかないか」

「そもそもこの砦の眼前に広がる森を抜けられればの話ですが。腕の大きさ的にまだ子供でしょうし」

「そこは生きていることを信じるしかないが……。だがあの鎧がわざわざここに来たってことは生きている可能性の方が高いだろう」


 カタリナは納得したと頷くと、今後の予定について確認する。


「調査を切り上げてすぐに向かいますか?」

「いや、何人か砦に残して、残りと俺達で周辺の村から手分けして探そう。何日かすれば王都から増援が来る。ここの調査はそっちに任せる」

「わかりました」


 方針の確認を終えると、すぐに行動に移すために部屋の出口に向かう。

 部屋を出る直前、ゼクトは一度室内を振り返り――


「……」


 無言でそこにはいない誰かを睨み付けると、今度こそ扉を閉めて屋敷を後にした。


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