36 異世界の中心(?)で、愛を叫べ!
糖分多めになりました。
「う、ううん……」
下から小さな呻き声がする。そろそろお目覚めだろうか?
「ん……」
閉じられていた瞼が長い睫を揺らしながら少しずつ開かれて、どこかぼんやりとした瞳に僕の顔が映し出された
「ハイジ様……?」
小さな唇が震えて、僕の名を紡ぐ。
「はい。身体の具合はどうですか?」
暫く口を半開きにしたままぼーっとしていたかと思うと、途中でハッと目を見開き耳まで顔を真っ赤に染め、次の瞬間には今度は真っ青になって僕の膝から飛び起きた。
そう、実はさっきから僕はユニさんを膝枕していたのだ。
ユニさんを殴った罪悪感と地面に直接寝かせているのはどうかと思ったのでその様な処置を取った。
せめてものお詫びと思ったのだけど、ユニさんの綺麗な寝顔を見ていたらいつの間にか和んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「……」
ユニさんは返事をせず、おもむろに懐から取り出したナイフを両手で逆手に持つ。振り上げたナイフの切っ先を自分の腹に――――って、ちょっと待てーー?!
ギイィィィィン!
僕も咄嗟に腰から小剣を引き抜いてユニさんが自分に振り下ろそうとしたナイフを弾き飛ばす。
(あ、危なかった……! 後一瞬遅かったらリアルで切腹を見ることになる所だった!)
落ち込むだろうとは思ってたけど、これは想像以上だ!
……て言うか、今日初めて小剣の出番があったな。
「はあ……。ユニさん、ダメージの方は大丈夫ですか?」
「…………はい」
ユニさんは俯いたまま答える。
今日は日差しが降り注いでいるというのにユニさんの周りだけは、まるで粘着質な闇でも纏っている様にどんよりと暗くて重苦しい空気が漂っている。
沈黙が続く。
(仕方ない……)
ユニさんの方からは話し掛けてくれそうにないので僕の方から話すことにした。
「ユニさん」
ビクッ!
僕が話し掛けるとユニさんは思い切り肩を震わせて恐る恐る顔を上げた。その顔は真っ青に染まっているものの目元だけは赤く腫れている。
どうやら俯きながら泣いていた様だ。
「約束、覚えていますよね?」
「……はい」
「まだ納得出来ませんか?」
「いえ……。ハイジ様のご意志に従います」
よかった……。
正気にもちゃんと戻っているみたいだ。あの危険な目の輝きは消えている。
後はユニさんの気持ちか。
「ユニさん……僕達は二人共、生きていく上で多大な命の危険を背負っています」
「……」
「それはどうやっても避けられないことなんです」
「わかって、います」
一応僕の意志を尊重してくれる気にはなったみたいだが、まだ不安そうだ。
まあ、ユニさんの中にあるあれだけ大きなトラウマを克服するのは困難を極めるだろう。
それでもどうにかしないとならない。
「いつか来る命の危機を乗り切る為に、限られた時間の中で僕は強くならないといけない」
「ですが……強くなる為に無茶なことを繰り返して、魔王と戦う前に死んでしまったらどうするのですか?」
「少し無茶なことをしたくらいで死ぬようなら魔王になんか勝てませんよ」
そう言うとユニさんは顔を俯かせポツリと小さく零した。
「…………私は、怖いんです」
「え?」
ユニさんはポツリポツリと話してくれた。
その内容はやはり僕が推測した通りだった。
独り残される辛さ。
先の見えない未来。
知ってしまった優しさを失う恐怖。
それらがユニさんの中でぐるぐると渦巻いている。
僕が大丈夫だと言っても確実な保証なんてない。どれだけ生き足掻こうとも死ぬ時はあっさりと死んでしまうんだろう
だから……ユニさんが目を覚ますのを待っている間、一つだけ考えたことがある。
こんな提案、自分でもどうかと思う。
でも……目の前で独り取り残される未来を想像して、不安を抱いてボロボロと泣いているユニさんには一番いいん気がする。
「ユニさん、一つ提案があります」
「提案……ですか?」
「はい」
あー、やっぱりどんな反応が返ってくるか怖い。
でも、ここまで言い掛けてやっぱり言えませんとかないよなあ……。
「もし僕が死んだら――」
「その時はユニさんも一緒に死んでください」
「え?」
僕が言った台詞を咄嗟に理解出来なかったのかパチパチとしきりにまばたきし、少しずつ台詞の意味を理解し始めると今度は目を見開き固まってしまった。
そりゃそうだ。
いきなりこんなこと言われてすぐに順応出来る人なんてそうそういる訳がない。
「この先僕だけは絶対に死なないなんて決して言えません。未来は誰にもわかりませんから」
「……」
「だから、もし僕の身に何かが起きて死んでしまったら……ユニさんにも一緒に死んで欲しいんです。その代わりに、もしユニさんの方が僕より先に死んでしまったら……その時は僕も一緒に死にます。あの世に行っても決して独りにはしません」
「……」
「どちらかが死んでも一人だけを残すことは絶対にしない。死んだ後も一緒にいれるとわかっているなら……例えどんな無茶で危険なことだろうと飛び込んでいける。強くなるために二人で全力で生きられる。そうでしょう?」
今言ったことはその場しのぎの冗談でも嘘でもない。本気だ。
ユニさんを悲しませたくないという気持ちも当然あるし、ケジメでもある。
初めて出会った時、あの時本当はユニさんの為じゃなく、リザンさんの行動を裏切らない為と……沸き上がった憎悪を盗賊達にぶつけたいという自分勝手な都合でユニさんを助けたことへの。
そして、一番重要な理由が――――
「私は……ハイジ様を沢山傷付けました。今朝ハイジ様を信じて付いていこうと誓ったばかりなのに、既にこの有り様です。不確定な未来に怯えて、自分を見失って……。滅茶苦茶なことを言いながらハイジ様に襲い掛かりました」
「はい」
「なのに……なのにどうして! どうして私を許すんですか⁈ 何でそこまでしようとしてくれるんですか⁈ 私とハイジ様は出会ってからまだ数日しか経っていないじゃないですか!」
「そ、それはですね……」
ユニさん顔を真っ赤にして涙を流しながら言い募ってくる。
い、言わなきゃ駄目なのか……!
「こんな世界の全てから憎まれている様な存在に! どうして優しくするんですか⁈」
「いや、まあ……」
「何でですか⁈ はっきり仰ってください!」
あーーーーーーーーもうっ!
「ユニさんが好きなんですよぉ!」
言った瞬間辺りに静寂が満ちた。
周りの景色も目の前のユニさんも、何もかもが止まって見える。
いや、事実ユニさんは動きを止めていた。
目は見開き口はポカンと半開きにしている。腰を僅かに浮かせ、叫びながら振り回していた腕が妙な位置で止まった状態で微動だにしなくなっているため面白い絵面になっていた。
さっきまで叫んでいたのが嘘の様だ。
(い、言っちゃったーーーー!)
殆ど勢いだったが、顔から火が出る程恥ずかしい。
今思えば物理的に止めてもよかったんじゃ…………いや、女性相手にそれはないな。
とにかくもう後の祭りだ。
言ってしまった物はどうにもならない。
ユニさんの様子を窺いたいが、恥ずかし過ぎて顔を直視出来ない……!
考えてみると今のが生まれて初めての告白だったのに、こんな勢いに任せて終わってしまうなんて……。
虚しい……。
ザッ。
心の中で泣いていると前から衣擦れの音がした。
どうやらユニさんが再起動して座り直した様だ。
「……ハイジ様」
「は、はい……!」
名前を呼ばれただけなのに肩が跳ね上がる。
心臓がこれ以上ないほど激しく鼓動を刻み一向に静まる気配がない。もし、今驚かされたら口から心臓が飛び出る自信がある。
「もう一度、言ってもらえますか?」
「⁈」
も、もう一度⁈
あんな恥ずかしいことを改めてもう一度やれと⁈
勘弁してくれと視線で強く訴えてみるも、更に強力な視線で跳ね返されるどころか木っ端みじんに粉砕された。
今のユニさんの目は、戦っていた時とは別の意味で危険な輝きを放っている。
結局その圧力に負けてもう一度言う羽目になった。
「ユ、ユニさんが……好きなんです」
ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……⁈
何だこの羞恥プレイ!
何で僕はこんな目に遭ってるんだ⁈
「嘘です!」
「は?」
そこで突然ユニさんが叫んだ。
「そ、そんなの嘘に決まっています! ハイジ様は全然そんな素振り見せなかったじゃないですか!」
「そ、それは……自覚したのは今朝だったから……」
「やっぱり嘘です! 今朝からって……好きになってからまだ数時間しか経っていないじゃないですか! それなのに一緒に死ねるなんて、おかしいです!」
おっとっと、ちょいとカチンと来ましたよ……。
「嘘じゃないですよ! だいたい好きな気持ちに時間なんて関係ないです! 僕は本気でユニさんとなら死ねると思ったんですよ! ユニさんは誰かを好きになったことがないからわからないんですよ!」
「なっ⁈ わ、私だって好きになったことくらいありますよ!」
もはや何の話し合いだったかも忘れ不毛な言い合いになっていたが、何だか退くに引けなくなっていた。
「それこそ嘘です! ユニさんは今まで一人で生活して来たじゃないですか。それなのに一体誰を好きになるって言うんですか!」
「そ、それは……!」
「やっぱり言えないじゃないですか」
よせばいいのにと、心の中では思っているのにどうしても言ってしまう。
それだけ僕の想いを否定されたことに腹が立っていた。
「わ、私は……っ!」
ユニさんも我慢の限界が来たのか顔を真っ赤にして唸り始め、肩をプルプルと震わせていたかと思うと、次の瞬間爆発したかの様に叫んだ。
「ハイジ様が好きなんですよおっ!」
「……………………え?」
今、僕のこと好きって言った……?
聞き間違い? いや――
目の前には頬をこれ以上ない程に真っ赤に染め上げ、羞恥に身体を震わせて上目遣いになって僕を見つめているユニさんがいる。
(本当……なんだ)
「う~~~~!」
ユニさんは恥ずかしさに堪えきれなくなったのか顔を覆って下を向いた。
(やばい……顔がにやけそうだ)
僕はユニさんが好きで、ユニさんは僕が好き。
今の状況を理解し始めると段々と嬉しさが溢れて来て胸を満たし始めた。
余りに嬉しすぎて誰もいなかったら小躍りでもしそうな雰囲気を撒き散らしているに違いない。
(どうしよう……。あんなにシリアスな雰囲気だったのに何でこんな展開になったんだ?)
事態の展開が予想外過ぎて、もはや何から解決していけばいいのかわからなくなってしまった。
ひとまず落ち着いて話し合いたいけど……凄く声を掛けづらい。
て言うか、今顔を合わせるとか無理だろ!
でもこのままお互いに顔を背けたままでいても埒があかない訳で……。
「ハ、ハイジ様?」
うんうん悩んでいるとユニさんが意を決した様に声を掛けて来た。
そっと目を向けると、ユニさんは顔を覆った手の指と指の隙間からちらりと目を覗かせていた。
(か、可愛い……!)
なんだこれ⁈
いつものお姉さん的な雰囲気がなりを潜めて小動物みたいになっていることと、ユニさんのことを好きだと自覚した後に本人から告白された嬉しさが相まって、いつもより可愛さが二割……いや、三割増しになっている。
「その……そういうことですので」
「そ、そうですか」
は、話が続かない!
せっかく話し掛けてくれたのに会話を繋げることが出来ない。こういった経験のなさを恨めしく思っていると、またもユニさんの方から救いの手が伸ばされた。
ユニさんは顔を覆っていた手を下げて身体ごと向き直り目を瞑って深く深呼吸を繰り返すと、真っ赤になった顔はそのままだがしっかりと僕を見る。
そこには普段の雰囲気を纏ったユニさんがいた。
「きっと……初めて会った時から私がハイジ様を好きになることは決まっていたんだと思います」
「え」
いまだに顔は真っ赤だがユニさんは優しい笑みを浮かべて話し続ける。
「私を否定しないハイジ様を見た瞬間から、私の心の奥でこの感情は生まれていたのでしょう」
言葉の中にある隠すことのない好意が僕にハッキリと伝わってくる。
「先程は申し訳ありませんでした。ハイジ様の好意を疑うなど……」
「い、いえ! 僕もその後言い過ぎましたし」
「ふふ、構いません。それにハイジ様の仰る通りでした……」
「へ?」
僕が間の抜けた声を出すと、ユニさんは立ち上がり僕に近付いてくる。
「『好きな気持ちに時間なんて関係ない』。その通りだと思います」
「!」
おうふっ!
そういえばそんなこと言ってたよ!
今思い出すと凄くキザッぽくないか?
「……私たちは両想いなんですよね?」
「そ、そうですね」
僕の返事を聞くと、ユニさんは僕の肩に両手を置いた。
「なら……こんなことをしても問題ないですよね?」
「えっ――ふむっ⁈」
何のことか聞き返そうとした瞬間、僕の口は柔らかい物で塞がれていた。
目の前には両目を閉じて頬を朱く染めたユニさんの顔がある。
「んぅ――――」
吐息と共に流れた甘い声でようやく今の状況を理解出来た。
(僕とユニさんが……え、ほんとに……?)
突然のキスに頭の中が真っ白になり、これが現実か夢なのか曖昧になり始めた。
だが、唇に感じる温かで柔らかい感触は紛れもない現実だった。
「ん、はあっ……」
時間の感覚がすっかり頭から消えた頃、ユニさんが唇を離して手で口元を隠している。
あの柔らかい感触が離れていっても依然として思考が回復しない上に、手で隠されている唇から目が離れない。
「ふふっ。初めて、です」
ドクンッ。
ユニさんの言葉と恍惚に頬を染めた表情に僕の心臓が跳ね上がった。
何か話し掛けたいのに口は震えるばかりで声が出ない。
「ハイジ様? ……ふふ、刺激が強かったかしら?」
ユニさんが僕の目の前で手を振ったり頬をつついたりして来るけど何も反応出来なかった。
反応のない僕を見て少し困った顔になっていたユニさんが、突然何か面白いことを思いついた様な表情をして僕の耳元に口を寄せる。そして――
「早く戻って来てくださらないと……二回目もしてしまいますよ?」
「ひゃいっ⁈」
耳がとろけるかと思う程の甘い声で囁かれ、その内容にようやく僕は反応出来た。
心の奥で『チャンスだったのにぃ!』と叫んでいる小さい僕がいる。同感だけど今は引っ込んでいて欲しい。
「ようやく戻って来てくださいました」
「あー、えっと……すみません」
ユニさんはイタズラが成功したことを喜ぶ様にコロコロと笑って楽しそうにしている。
どうやらユニさんの方はだいぶ余裕を取り戻したらしい。
「あの、どうして……」
「好きだから、ですよ」
ごもっともです。
この上なく説得力があった。
「私は……生ある時も、死ぬ時も、死した後もずっとずっとハイジ様と一緒にいたいです。だから、私を独りにしないでください」
……これが、僕の考えに対するユニさんの答えか。
なら僕は誓う。
「誓います。僕はユニさんを置いていかない。生きる時も死ぬ時も、死んだ後も僕達は一緒です」
これは約束なんていう生温い物じゃない。誓約だ。例え目に見える拘束がなくとも僕は心の奥に鉄の掟として刻み込んだ。
「だから、これからは二人で強くなりましょう」
「はいっ!」
ユニさんの晴れやかな笑顔と返事に僕の表情も綻ぶ。
そして、天からは祝福するかの様に木漏れ日が僕達を照らしていた。




