第七話 『最高火力の一撃』
遅れて風が、突風となってエントランスを吹き荒れ騎士たちを転倒せしめる。
いつでも俺へ飛び出せるように前屈みになっていた〈エイコオ〉の巨体がエビ反りになり、まるで氷の上を滑ったかのように両足が地面から離れる。恐ろしいほどの勢いを顔面で吸収したその巨体は弾かれたビリヤードボールが如く、突風に乗ってグルグルと後転しながら吹っ飛んでいった。
〈エイコオ〉はそのまま階段に激突、突き破り大きく館を揺らした。崩れた階段の瓦礫が彼に降り注ぎ積もっていく。
〈エイコオ〉を蹴り飛ばした彼女は空中で軽やかに一回転すると、ストンと床に着地した。
天井に飾られた蝋燭の光を照らし返す金色の鉄靴、しなやかな脚線、黒のホットパンツ、ふわりと靡くツインテール。
それは誰であろうかなミヤだった。
俺は来るはずのない人物の姿に呆気にとられてしまう。
だが、すぐに我に返って問うた。
「なっ!? ミ、ミヤっ!? お前、どうしてここに――!」
「話はあとよっ!」
いきなりの登場に驚いている俺の疑問を遮って、ミヤは回復薬を俺へ投げてよこす。
俺はそれを右手で受け取ると、親指でコルク栓を弾きそのまま口に流し込む。それで俺の身体にあった若干の痛みも完全に引いた。HPは完全に回復したとみていいだろう。
「何を見ておるのだッ! 二人まとめて討伐せんか!」
階段上から〈サージュ〉の怒りの声が飛んできた。
その声に従うように出入り口方向から騎士が押し寄せ、俺とミヤは互いを背にし、騎士たちに応戦する。
ミヤが残像を残して騎士のどてっぱらを蹴り飛ばすと、騎士の体が吹っ飛びその後ろの騎士たちへとぶつかる。そのまま騎士たちは扇状にドミノ倒しになっていた。
俺も左手に持つ剣と右拳で防御と攻撃を目まぐるしく切り替えながら、取り囲んでくる騎士を薙ぎ倒していく。騎士の攻撃を剣で受け止め、右拳を返し、騎士の攻撃を右腕で受け止め、剣で切り返す。あるいは、剣と右腕を眼前で交差させて集団へ突っ込み、こちらから攻撃に転じる。
乱戦となりつつあったそこへ――
「うるがあぁああぁあっ!! このチビどもがあぁああッ!!」
〈エイコオ〉が瓦礫を跳ね除け、両の握り拳を腰溜めにして天に向かって咆哮した。
首回りの筋肉に血管を浮かび上がらせ、信じられない大声をあげている。人間の理性を失ったような野獣の眼が、俺たちへ向いた――瞬間、〈エイコオ〉はその巨体を乱暴に動かして迫ってき、俺たちへと大剣を振り落とす。
ズゴォオオォオォオッ!! と彼が叩き割った床から細かい石の破片が飛び散る。
だがそこに俺もミヤもいない。ミヤは上へと跳躍して回避し、俺は〈エイコオ〉の斬撃を体をターンさせて回避し、懐へと潜り込む。そしてその回転の遠心力を乗せたまま上段から――既に裂いた――胴をけさ斬りする。
――同じ個所を攻撃したにも関わらず、堅い。まるで煉瓦の壁に刃を入れたようなその手応えに俺は冷静にそう思った。やはり近接戦闘特化型なのだろう、物理攻撃に強いスキル構成にしているようだ。斬撃でちまちま削っていくより本人の意識を刈り取ったり、別の方法で無力化した方がが決着は早そうだ。
「効かねぇっつってんだよ、チビがァッ!!」
吼える〈エイコオ〉。その彼が振り下ろした大剣の上に、ミヤが着地の衝撃を吸収するように両足を曲げて降り立った。そしてすぐにその刃を器用に駆け登っていき、大剣を握っている〈エイコオ〉の太い左腕の上をぐるりと前転すると、綺麗に真上へ伸ばした右足の踵をそのまま奴の脳天に落とす。
振り抜かれたミヤの踵に無理やり下を向かされて〈エイコオ〉の動きが一瞬、止まった。
ミヤの脚力に特化された攻撃を頭頂部へ受け、流石の筋肉自慢も反動を受けたようだった。
そこへ俺はミヤのフォローに回るため――〈エイコオ〉の速度をさらに奪うため、身体を横に一回転して遠心力を加え、やつの足を斬りつける。だが、あまり効果はないようだった。〈エイコオ〉は俺よりも自分の身体に纏わりついたミヤへと意識を移していた。
「このアマァ! さっきからちょろちょろと邪魔すんじゃねぇッ!」
自分の左腕に乗っかっているミヤへ、その身を剥がそうと〈エイコオ〉が右手を伸ばす。が、〈エイコオ〉の愚鈍な動きでミヤが捕まるはずがない。ミヤは〈エイコオ〉の右手を、その場で逆立ちしてやり過ごすと、再び、真っ直ぐに伸ばした右脚の踵を〈エイコオ〉の頭に振り下ろす。
だが、〈シュウソ〉が〈エイコオ〉の右肩に乗り、ミヤの踵落としを繰り出した蹴りによって止める。〈シュウソ〉の蹴りの反動に逆らわず、跳ね上がった身体を再び一直線にしたミヤはそのまま〈エイコオ〉の左肩へ両足を降ろして着地した。そして、〈エイコオ〉の右肩で構える〈シュウソ〉と相対する。
先に動いたのは〈シュウソ〉だった。
蛇のようにしなやかな動きで、下段から左の掌底をミヤへと繰り出す。それを身体を横に傾けて回避し、〈シュウソ〉の顔側面めがけてハイキックを放つミヤ。
自分の上で闘い始めた二人に〈エイコオ〉はミヤを〈シュウソ〉に任せ俺に眼をやった。
〈エイコオ〉がまだ床に突き刺さったままの大剣を引き抜こうとし――俺はそれを見て右拳を振り上げ、〈エイコオ〉の大剣へ振り下ろす。ハンマーに叩かれたように〈エイコオ〉の大剣がさらに床にめり込み、蜘蛛の巣のように床へヒビを走らせた。
「じっとしていろ」
俺の言葉に〈エイコオ〉はニヤリと笑むと、大剣の掴みから両手を離し、まるで見えない大剣を振り上げるかのようにその両手を上へと伸ばす。
「悪ぃな。俺は一ヶ月も早産になるほど生まれつきじっとしているのが嫌いでなァッ!」
〈エイコオ〉の手にもう一本のバカでかい大剣が出現した。予備をアイテムボックスから取り出したのだろう。俺は〈エイコオ〉が振り下ろすであろう斬撃の軌道を先読みして、スッと身体を斜めにする。そのギリギリを〈エイコオ〉の大剣が掠めていった。
再び床を割った〈エイコオ〉の大剣に、俺はもう一度右拳を振り下ろし、そのめり込んだ大剣を抜けなくする。こんな筋肉バカと俺のスキル構成でまともに戦っていたら時間がかかりすぎる。俺はてっとり早く無効化する道を選んでいた。
「おいおい。そりゃねーだろ。俺と楽しくやろうや」
「……あと何本だ?」
「今ので最後だよッ!」
そう言って三度、〈エイコオ〉は腕を振り上げた。もちろん、すぐにその手にはバカでかい大剣が現れる。この分だとまだ何本か予備を持っていそうだった。
そして、〈エイコオ〉は大剣を振り下ろすためにぴくりと動く。それに反応して俺も足に力を込め回避行動を――フェイクか。移動しかけた俺はすぐに踏ん張り、動きを止めた。
思ったとおり、〈エイコオ〉は大剣を振り下ろしはしなかった。同じことをしたところで同じ結果にしかならないと判断したのだろう。
大剣を振り上げたまま動かない〈エイコオ〉。そしてそれを見つめたまま動かない俺。
俺と〈エイコオ〉の集中力が高まり、神経が研ぎ澄まされていく。
「いいねぇ、この緊張感。たまらねぇぜ」
「そうかよ。俺は抜けさせてもらうがな」
言うと同時、俺は自らその緊張を破って地を蹴り〈エイコオ〉の懐へと前進する。
〈エイコオ〉の巨体と愚鈍さならちょっと前に出れば簡単に懐に入れてしまう。そして〈エイコオ〉にとって懐に入ってしまった敵には大剣を振り下ろしようがない。
俺の動きに虚を突かれ逡巡した〈エイコオ〉はワンテンポ遅れて行動を起こす。脇を閉めることで可能な限り俺へ近づけさせないように大剣を右上から左下へ斜めにけさ斬りする。
俺はその斬撃を下から掻い潜り、〈エイコオ〉の右肩でミヤと打撃戦をしている〈シュウソ〉の足へ、剣で突きを繰り出した。
「ッ!?」
〈シュウソ〉が俺の突きに気付き両足を浮かして回避する。だが浮いた〈シュウソ〉の胴へミヤが右の前蹴りを繰り出していた。それにも反応し〈シュウソ〉はミヤの前蹴りをがっちりと閉じた両腕のガードで受け止める。が、宙に浮いていたため踏ん張りがきかずあえなく戦線から吹っ飛んでいく〈シュウソ〉。
この隙を逃さない手はない。
ミヤと二人で〈エイコオ〉に畳みかける……!
大剣を左下へ振り下ろした〈エイコオ〉は返す刃で俺の胴を真っ二つにせんと、横に大剣を薙いでくる。だが〈エイコオ〉の左肩に乗っているミヤがヤツの顔を横から蹴りつける。〈エイコオ〉の首がグキッと右に倒れ、大剣の軌道が靡き俺の頭上を唸りをあげて通り過ぎた。
大剣を大きく振り抜いた格好の〈エイコオ〉、そのどてっ腹ががら空きになっていた。
そこだッ……!
俺は腰を捻って右拳を大きく振りかぶる。
【溜め】を使用し――MPを、STを右拳に込め――俺の銀色に包まれた甲冑が白く輝きを放つ。
その輝きを放つ右拳を見て〈エイコオ〉は危険を察知したらしく、今までの余裕面から顔色が変わる。だが、巨大な大剣を振り身体が靡いた状態の〈エイコオ〉には避ける術もない。
ミヤは俺のしようとしていることを読み取り、〈エイコオ〉の肩から跳んで離れていく。
それを確認した俺は〈エイコオ〉へ胸を反らしたまま大きく右足を踏み込む。
俺の右足が床を踏み割り、輝きに満ちた右拳を、全力の【コークスクリューブロー】を〈エイコオ〉の腹目掛けて解き放つ。
ドゴォオォオオォオォンッ!!
右腕に渦を巻いた拳が〈エイコオ〉の腹にめり込み、ミチミチと音をたてた。俺の右拳に取り巻いていた光の奔流が〈エイコオ〉の身体を貫き、奴の背中から飛び抜けていく。
〈エイコオ〉の巨体はくの字に曲がり、俺の右拳を受けた衝撃で床から〈エイコオ〉の両足が転瞬の間、離れる。
「かッはぁッ……!!」
〈エイコオ〉は肺から空気を吐き出し、口から涎をぽたぽた床に垂らした。
さすがの筋肉馬鹿も俺の全力で放った右拳は効くらしい。
よたよたと、〈エイコオ〉は大剣を床に落とし自分の腹を押さえて数歩後ろへ下がる。
「ミヤッ!!」
俺が足幅を広げて右腕を横に伸ばすと、〈エイコオ〉の肩から身を翻していたミヤが俺の腕へ着地した。俺はミヤを右腕に乗せたまま、腰を捻り、もう一度大きく振りかぶる。
「これで決めるぞッ!!」
俺の声にミヤは重心を前へ落としていく。
「俺の極ぶりした腕力と――!!」
「私の極ぶりした脚力――!!」
「「くらえええぇえええッ!!」」
俺はありったけの力を込めてミヤを、右腕を〈エイコオ〉に向けて振り抜く。俺の力がミヤの身体に伝わる最高潮の時点で、さらにミヤが己の脚力で俺の右腕を蹴った――!
ミヤが俺の腕から飛び立った瞬間、まるで爆発でも起こったような音が弾けた。
まるでミヤが煙の中を突っ切ったかのように彼女の周囲からドーナツ状の白い煙が広がっていく。
ソニックブームと呼ばれる現象だった。
ミヤの身体が――音速の壁を超えたのだ。
音よりも速く、〈エイコオ〉へと滑空したミヤはその勢いのまま、まだ腹の鈍痛に呻く〈エイコオ〉の顔面に膝蹴りを直撃させていた。
メギィッ!
ぐるんっ、と〈エイコオ〉の眼が白目を剥く。当然だろう。俺の腕力、ミヤの脚力が合わさった最高火力の一撃だ。現状、この攻撃に耐えられるプレイヤーなどいないだろう。
〈エイコオ〉の巨体がまるで風車のように、その場でぐるぐると縦に高速回転して、床に埃を巻き上げて大の字に倒れた。それでも、どんな馬鹿体力になっているのか〈エイコオ〉のHPは0にはなっていないらしい。〈エイコオ〉の姿が現実世界へ変える様子はない。
〈エイコオ〉の顔面に当たり、スーパーボールのように斜め上へ跳ね返っていたミヤは宙でくるくる回転し、軽やかに床へと着地する。
「やりぃ!」と〈エイコオ〉の巨体を踏みつけ、指を鳴らすミヤ。
「まだだ、ミヤッ! とどめを刺せッ!」
「へ?」
階段の上に立っていた〈サージュ〉が杖を振るう。すると倒れていた〈エイコオ〉の体に緑色の光が集まり、みるみるうちに傷を癒していく。
次の瞬間、〈エイコオ〉が倒れたままミヤの細い足を握り、勢い良く立ち上がった。
真っ逆さまに吊り下げられミヤが驚き叫ぶ。
「なによそれええぇ!!」
〈エイコオ〉はボールを投げる時のようにミヤを背後へ大きく振り上げると、胸を大きく反り、左足をズズンッと音をたてて踏み込ませた。そして右腕の血管を浮き上がらせ、抑えきれない力のまま彼女を投げ飛ばした。
ぐるぐるとびっくりするぐらい回転しながら吹っ飛んでいったミヤは宙でなんとか体勢を整えて、床に両足を着地させる。
ギャッギャギャーーッ、と鉄靴から火花を散らし、床に筋を残してミヤは勢いを殺そうとする。が、勢いを殺し切れなかったらしく、背中から派手に床に転がり、そのままゴロゴロと後転していって壁に勢い良く激突した。
俺は戦線に戻ってきていた〈シュウソ〉の攻撃を捌きながら、もうもうとあがる土煙を見る。
あー……もしかしたら気を失ったかも知れないな、あいつ。だとしたらまずい。
ミヤへトドメをさそうと騎士が群がっている。プレイヤーを攻撃した時の経験値は相手のレベルにもよるがモンスターの比べるまでもなく多いのだ。それ目当てに我先に攻撃を加えようとしているらしい。
ミヤを守るべく走りだそうとするが、〈シュウソ〉がそれをさせまいと立ち塞がっていた。いや〈シュウソ〉だけでなく背後からビリビリと感じる敵意に俺は振り向く。
「てめぇの相手は俺だろうがよぉおおおぉおおッ!!」
案の定、〈エイコオ〉が俺を踏み潰さんが勢いで天高く大剣を振り上げていた。
怒りのためか、筋肉の鎧を着た巨体がさらに膨張しているように見えた。
その肌に刺す圧迫感はさすが【二つ名持ち】というところだろうか。俺は振り向きざまに剣を振るう。〈エイコオ〉の大剣と俺の剣がぶつかり、眩しい閃光と衝撃波を放つ。途端に腕へかかる強烈な負担。もちろん、このままでは奴の馬鹿力は受けきれない。俺は体を捻って〈エイコオ〉へと向き直り、右拳をさらに〈エイコオ〉の大剣へと繰りだした。
バチィインッ!!
視界を白が埋め尽くし、〈エイコオ〉の大剣が上へと跳ね上がる。同時に俺の剣と拳も弾き返され、たたらを踏む。双方の威力が相殺されたのだ。
「ふぅ」と俺は静かに息を吐いた。
奴の一撃に対して斬撃と打撃を足してやっと相殺か……。簡単に俺をミヤの元に向かわせてはくれなさそうだし、どうしたもんか……。
俺が思案し始めた直後、背後から幾つもの断末魔が重なって聞こえてきた。
遅れて熱風が後ろから吹き抜けてくる。その床に照らされる赤々とした揺らめきと、〈エイコオ〉の緊張した面持ちから俺は後ろで何が起こったのか把握した。
自然と口がにぃと笑みに裂ける。
ミヤが来たのだから、奴らも来るだろうと予想はしていたが……意外に早かったな。
「まったく……考え無しにもほどがあるわね。付き合わされる身にもなって頂戴」
「ほんとほんとー。猪突猛進なのは昔から変わらないよねん」
その頼りになる二人の声に俺は〈エイコオ〉の目の前で戦闘態勢を解き、背中を見せて振り返った。そして腕を組んで仁王立ちする。
「ふん。遅かったな。先に始めていたところだ」
紅蓮の炎に包まれる出入り口にはミヤに肩を貸して回復薬を飲ませているナーガと、両手を頭の後ろに組でいつもの調子で笑っているトラの姿があった。




