第五話 『襲撃者』
《正道騎士団》の館、四階にある会議室に”救世主”の〈ヘリダム〉はいた。
城下町の景色が見渡せるテラスがついた部屋で彼は《正道騎士団》三人のサブリーダーとともに会議を行っていた。
「さて、時間も少なくなってきましたが、準備の方はどうでしょうか」
「うむ。みな、持ち場についておる。しかし〈ヘリダム〉殿の機転の良さにはいつも驚かされる。城下町のプレイヤーを一掃すればますます我々は『ワールドマスター』の完全攻略に近づくというもの」
白髪老人の魔術師――“救済人”の〈サージュ〉はくつくつと笑った。
「《正道騎士団》の名を出せば馬鹿みたいにコロリと信じやがるからな。楽なもんだぜ」
そう言って、大男が乱暴にステーキへフォークを突きたて大口でむさぼる。
大剣を背負った筋骨隆々の戦士――“救援者”の〈エイコオ〉はその成りから感じられる豪快さそのままにがっはっはと海賊の親分みたく笑う。
「すべては今まで慈善事業をしてきたからこそ。それなくして今の信頼は無い」
その言葉を発したのは緑の中華服を着込み、背中まで届く長髪の武闘家――”救民者”の〈シュウソ〉だった。長い袖の中に互いの腕を忍び込ませ、腕を組んでいる。しゃんと背筋を伸ばし椅子に座し、その両目は塞がれたままだ。
「左様。揺れておった“盾姫”との会合も、今回は手応えがありましたぞ。《バジリスク》と交戦状態に入れば我らと同盟を結ぶことに迷いもなくなるじゃろうて。ふん、あれも馬鹿な娘よな。よもや我々が《バジリスク》をけしかけたと知りもしないでのぅ」
「《スクトゥム》を率いる”盾姫”は恩義に厚いですからね。今、恩を売り信頼を得れば操るのは容易いでしょう。急成長を続ける《スクトゥム》は恰好の手駒になりますよ。《バジリスク》にはその糧となってもらいましょう」
「”盾姫”の大盾は俺の大剣も弾きかえすからな。良い肉壁になると思うぜ」とこれは〈エイコオ〉。
「フフ……。万事、順調のようですね。――『ワールドマスター』ですか。現実と仮想、文字通り――”世界を制する者”は我々だ」
と、その時だった。
部屋の扉が勢い良く開き、一人の騎士が頭を垂れて、片膝を床につく。
「会議中、失礼しますっ! 大変です、“救世主”様っ! しゅ、襲撃です――!」
「襲撃……ですか? この忙しい時に……。それで何人なのですか?」
〈ヘリダム〉は騎士の方を見もせず、冷静にそう問うた。
「そ、それが――一人……です――!!」
「一人くらいで何を慌てているのですか。さっさと殺してしまいなさい」
「一人……たしかに一人なんですが……! 襲撃者は尋常でないほど強く……! レ、レベルの差だとしても納得がいかないほどの強さです……! あれは【二つ名持ち】の動き……いやそれ以上の……もう私もっ、どう言葉にすればいいのか……! 化け物……そう、化け物です……! 奴は”化け物”ですッ!! 我ら騎士何人もを同時に相手取り、未だ一度も……たったの一度もダメージを与えられておりません!! もうすでに八名もの騎士が殺されました……!!」
〈ヘリダム〉の細い眼が驚きで見開き、騎士へと向く。
彼の方を向いたのは〈ヘリダム〉だけではなかった。その場にいた〈サージュ〉、〈エイコオ〉、〈シュウソ〉もまた驚いたように彼へ視線をやる。
「ははは、そんな馬鹿な話がありますか。プレイヤー何人もに囲まれ一度もダメージを与えられない? そんなことができるプレイヤーは【二つ名持ち】といえど数えるほどしかいませんよ」
瞬間。窓の外――館の中庭から大きな音とともに土煙があがった。
夜の闇にもうもうと巻き上がる土煙に〈ヘリダム〉は様子を見にテラスへと出る。
中庭を見下ろすと土煙の中に人影が見えた。
死人の残滓だろう、人影の周りにはきらきらと幾重にも眩しい光の粒子が舞っている。
人影がゆっくりと歩いて土煙からでてくる。
左手に剣、右腕に銀色の甲冑をつけた男だった。
彼は中庭からテラスの方を、〈ヘリダム〉を見上げる。
その襲撃者は〈ヘリダム〉を見とめると、お前に会えて嬉しくてたまらないと言わんばかりにとてつもない不気味で凶悪な笑みを見せる。
そしてすぅーっと息を大きく吸い込むと――
「ヘエェリイィダァムゥウゥウゥウウッ――!!」
びりびりと窓ガラスを揺らすような、思わず耳を塞ぎたくなる怒号を放った。
〈ヘリダム〉の見知らぬ男だった。『ワールドマスター』で会った覚えがないのでおそらく他のCSNゲームで関わった者だろう。しかし〈ヘリダム〉に驚きはない。
〈ヘリダム〉は自身が恨まれる身であることを知っている。襲撃もこれまでに何度かあった。たまにいるのだ、言葉にできない感情で身を焼き、後先考えずに突っ込んでくる愚か者が。
襲撃者の男は庭に転がっていた剣――死んだ騎士の装備品だろう――の先を足裏で勢い良く踏む。
剣は地面から跳ね上がって、くるくると襲撃者の眼の前を回転した。
宙を舞う剣を襲撃者は振りかぶった右拳で真っ直ぐに打ち放つ。
光が瞬き、豪腕によって弾き飛ばされた剣は勢いよく回りながらテラスにいる〈ヘリダム〉目がけて飛んでいく――!
豪速で飛来する剣に〈ヘリダム〉はスッと半歩下がって体を横に傾けた。
が――剣は頬をかすめていき、館の壁に刺さって、びぃいっんと小刻みにその身を揺らす。
刃は浅く彼の頬を斬っていたらしく、赤い線を残していた。
成る程。素晴らしい戦闘技術だった。間違いなく【二つ名持ち】だろう。
〈ヘリダム〉はフンと鼻で笑うと、中庭にいる《正道騎士団》メンバーへまるで演説でもするように高らかに声をあげた。
「我が《正道騎士団》に属する正義の騎士たちよ! 我々、正義の使者に楯突くことがいかに愚かなことかその賊に思い知らせてやりなさい! さあ、悪に正義の鉄槌を下すのです!」
襲撃者の恐ろしい気迫に二の足を踏んでいた騎士たちは、〈ヘリダム〉の言葉に意を決し、武器を振り上げ、雄叫びをあげて駆けだした。
〈ヘリダム〉の号令一下。俺を取り囲んでいた騎士たちが殺到してくる。
「賊がああ! くたばれええぇッ!!」
繰りだされる攻撃を俺は難なく避け、あるいは左手の剣で弾き、あるいは右拳で跳ね返す。
少し間合いを開けようとすると、それをさせぬとばかりに騎士たちは再び輪になってすぐ俺を取り囲んだ。
腐っても大手セルズ。属するプレイヤーもそれなりに鍛えられているようだ。
その中からすぐに対の位置にあった二名が示し合わせたように進みでて、同時に剣を振り下ろしてくる。俺は剣の腹で二つの斬撃を受け止め、その逆側を――自分の剣を右拳で殴る。衝撃で二人の両腕が高く跳ね上がった。その隙を逃さず俺は二人の体を足場にして交互に蹴り、高く跳躍していた。
頭上を通り過ぎていく俺の姿に、ざわり、と騎士たちが驚きの声をあげた。
中には反応して俺を追おうとする者もいる……が、遅い――ッ!
俺は騎士の円を飛び越えて抜けだし、着地とともに館へと俺は地を蹴る。
ここにいる騎士たち全員に対して俺は恨みがある。日本のどこかに住んでいるこいつらは〈ヘリダム〉の一声だけで俺の仲間を現実の世界で攻撃していたはずだ。
鳳がそうされたように……!
だから本当は一人残らず《正道騎士団》を根絶やしにしてしまいたい。
だが、いくらなんでもこの人数を相手にするのは体力的にも、物資的にも不可能だ。
それにこれだけの人数を相手にするのは時間がかかる。時間がかかればかかるほど援軍は増すだろう。そうなれば〈ヘリダム〉を討つという最優先目標の達成も危ぶまれる。
故に、他は極力相手をせず〈ヘリダム〉を討つ――!
扉を開けるのももどかしく、俺は拳で両開きの扉を粉砕し、館の中へと足を一歩踏み入れる。
だが、俺の侵入を待っていたらしく両サイドに大斧を持った騎士が潜んでいた。
俺が姿を見せた途端に重くデカい刃を振り下ろしてくるではないか。
しかし俺はプールの中へ飛び込むように前に跳んで、左右双方からの斬撃を回避し、ごろごろと前転して館内へ侵入を果たす。
甘いんだよ……! これぐらいで俺を止められると――
と、俺は前方に視線をあげ驚愕した。
前方――エントランス中央には二階へ上がる階段が見える。そこには弓に矢を番えた弓兵たち、夜の街に輝くネオンのように様々な色を光らせる魔術士が階段を埋めるように整列し、階段の上り口には近接武器を構える騎士たちが待ち構えていたのだ。
近接戦闘の騎士は五〇名ほど――魔術師、弓兵軍団も同数だろうか。
その数、合計――目算で一〇〇人は超えている。
おそらく中庭で暴れている間に陣を作っていたのだろう。
絶体絶命のこの状況でも俺は冷静だった。
攻略法は、必ずある。
この状況を攻略するためには――
どくんっ、と心臓から血液が送り出され、俺の脳が通常時より遥かに速い電気信号交換を始める。
極限までに高められた集中力で俺の頭が幾つもの攻略法を模索し、棄却し、起案し、破棄し、計画した。
「――放てぇええッ!!」
騎士の一人が吼えたのと俺が決断したのはほぼ同時だった。
俺が横へ動き出したのを追うように、魔法と矢が雨のように降ってくる。
それを剣と拳で打ち払うがすり抜けた矢の何本かが俺の身体に突き刺さり、幾つもの魔法が足元で炸裂した。衝撃と爆煙が俺の体を包み込んでいく。その爆煙は視界を塞いでいき、矢や魔法の軌道も見えなくなる。そこで俺は行動を切り替えた。俺は左手に持つ剣と右腕を交差させて、ガードの体勢をとる。
相手ももはや俺がどこに立っているか見えていないのだろう。やたらめったらに矢や魔法が降り注いでくる。レベル差があるらしく一発のダメージはそこまで大きくはない――が、この数ではHPもガンガン削られていっていることだろう。
エントランス内にもはや逃げ場はない。かといって退くわけにもいかない。ならば受けきる覚悟で少しでもダメージを減らし耐えきるのが得策だろう。
攻撃は俺が確実に死亡しただろうと敵が予想する程度で必ず止む。
なぜならこれだけの魔法を放てばエントランス内は爆煙で視界が悪くなる。こちらからは完全にフロアの様子は分からない状態になっている。つまり、俺の姿もまた敵からは見えないということだ。きっと今頃は前衛の騎士たちまで届くほど白煙は広がっていることだろう。
プレイヤーは視界が不明瞭になるのを嫌う。相手に攻撃が当たっているか判断しにくいし、相手が何をしようとしているかも分からなくなるからだ。加えて相手を倒したかどうかさえ確認も取りようがなくなる。
だからある程度で攻撃は止む。必ず。
相手が『確実に倒した』と思える手数のダメージ総量よりも、俺のHP量が勝っていればいいだけの話。
問題は俺がそれに耐え切れるかどうかだ。
回復薬は持ち運べる限度数――一〇個を持ってきている。
『ワールドマスター』にはHPバーが存在しないので見えはしないが、回復薬は一つあたり俺のHPを三割ほど回復してくれる、はずだ。つまり俺はHPを三回だけ全回復することができる、という計算になる。
回復薬がなくなるのが先か、敵が攻撃の手を止めるのが先か……!
一分、いやもっと長かっただろうか。
予想したとおりにぴたりと矢と魔法が止まった。
俺は音をたてずに焼け焦げた剣と鉄の右腕を下ろす。
俺の全身からぷすぷすと白い煙が立ち昇っていた。
使った回復薬の数は九つ――俺は敵の攻撃を耐え切っていた。
敵は煙が晴れるのを待っているのだろう、動きをみせない。
アイテムボックスに眼をやる。当然、回復薬の残りは一つだけ。
充分だ――!!
俺は音を殺して真っ直ぐに煙の中を移動し、微かに見える人影に向かって剣を振り下ろした。
甲冑を裂く音とともに赤い光の残滓が飛び散り、辺りに真っ赤な血が飛び散った。
それで俺がまだ生きていると分かったのだろう、騎士たちが声を荒げた。
「ぐぁああっ! まだ生きてるぞ! 煙に乗じてきやがった! 迎え討てッ!!」
「迎え討てって……! 誰が誰か分からねぇよッ! 同士討ちしちまうぞ!」
俺は笑みに口を歪める。
俺には見える人影すべてが敵だが、ヤツらにとってはそうじゃない。
敵と思って斬りかかった相手が仲間だったら目も当てられない。だからヤツらは傍にいる人影に向かって攻撃するのをためらっているのだ。
俺は混乱し、剣を振れないでいる騎士たちを手当たりしだいに仕留めていく。人影の頭を刎ね飛ばし、あるいはその顔面に右拳を叩き込む。
だが全員を俺が殺していては時間がかかるし、スタミナの無駄だ。
だから俺はあえて大声をあげた。
そう、こんな風に――
「右だッ! 右にヤツが逃げたぞッ!! 逃がすな、追えぇッ!!」
その言葉が襲撃者によるものだとも知らず、騎士たちが煙の中で甲冑を鳴らして走る音がする。
「いたぞっ! そこかぁッ!!」
「ぐあぁあっ! こいつ、俺を斬りやがった! こいつが襲撃者だッ! こっちにいるぞ!」
攻撃された方は攻撃してきた人影を俺だと勘違いし、騎士同士で戦闘を始めていた。
その方向から視線を外し、俺は不気味な笑みを張り付けたまま逆方向にいる人影に近づいていく。騎士が襲撃者だと気づいたのを確認すると距離をとって字義通り煙に巻く。そして別の騎士へと誘導する。煙の中へ消えた俺を追い人影を見つけるや否や剣を振り下ろす騎士。
疑心暗鬼になった騎士はやはり仲間同士で戦闘を始める。
そうやって俺が煙の中をふらふらと歩いているだけで――ついぞ、煙で覆われた一帯のあちらこちらから戦闘の音が聞こえるようになる。
その様子に俺は鼻を一鳴らしした。
ふん、一生そうやっていろ……!!
「一体、どうなってやがる……!! 敵は一人だろう!? どうしてバラバラの方向から戦ってる音がしているんだ!? みんな落ち着け!! 落ち着くんだ!! ヤツは同士討ちを狙って混乱させるつもりなんだ!」
俺の企てに気付いた騎士がそう叫んでいたので、俺はもう一度、大声をあげた。
「同士討ちしないように声をだせ! 仲間同士が分かるように声を出し合うんだ! 自分の名前を叫び続けろッ!!」
俺がそう言ってやると、あちらこちらで騎士たちが自分の名前を叫びだす。
――そこかッ!!
俺は素早く声をあげる方へ忍び寄り、人影を発見するや否や次々とその頭を斬り飛ばしていく。
そして――ついに声は一つだけになった。
「アルバダ……! アルバダ、アルバダ、アルバダッ!! お、おい……! 誰か! いないのか!? アルバダだ! 俺はアルバダだ! 誰か答えてくれよ! 俺はアルバダだ!」
煙の中で、剣を震わせながら握り、立ちすくんでいる騎士アルバダ。
彼に俺は優しく声をかけた。
「アルバダくん」
「お、おお! 仲間が生き残っていたか! 状況はどうなっているんだ! お前の名は!?」
俺の名を尋ねる健気なアルバダくんへと俺はゆっくりと近づいていく。
赤い血の滴る剣を、くるん、くるん、と回転させながら。
「――”魔王”」
「マオ? マオなんていたか?」
俺はアルバダくんの足をちょんっと引っかけて、その場に尻もちをつかせる。
「な、何をするんだ、マオ!」
煙もだんだんと薄くなっているのだろう。アルバダくんの顔が見えるようになってきた。俺から彼が見えるということは、彼からも俺が見えるということ――
俺は残忍で凶悪な笑みを携えて、アルバダくんを見下ろした。
「アルバダくん。マオじゃない。俺様が言ったのは――」
俺はゆっくりと――血のしたたる剣を振り上げながら――アルバダくんが聞き間違えないように、はっきりと、言う。
「――”魔王”だ」
三日月のように俺の口が裂けていく。
その俺の表情を見たアルバダくんの顔が青白く染まり、言葉もだせずその表情が恐怖一色になった。
「――ひっ――」
その短い悲鳴がアルバダくんの最期の言葉だった。
声を発する者もいなくなり、静まり返るフロア内。
戦闘の終わりを告げるように――煙が晴れていく。
階段で隊列を作って事の成り行きを見守っていた魔術軍団や弓兵軍団は煙が晴れきったフロア内の光景を見てゾッとした。
中庭にいた騎士たちが俺を追って出入り口から雪崩れ込んでくるものの、すぐにその足を止めて「うっ」と顔をしかめる。
煙は晴れきって俺の姿はもう見えている。
だというのに、誰一人として俺へ攻撃を加えようとする者はいなかった。
戦意喪失するのも止む無しだろう。
なぜならフロアの床はまるで血の海のように夥しい鮮血で染まっていた。
騎士の残骸、甲冑や手甲――防具類、剣や槍――武器類が赤い水溜りのいたるところに転がっている。
生きている騎士は――一人としていなかった。
あまりに凄惨。血の匂いが漂ってきそうなその光景を前にして戸惑うなという方がどうかしている。
そしてその惨状を作り出したというのが、血の海に立つたった一人の男なのだから、警戒するのは人間として当たり前の行動だろう。
右腕甲冑から、左手の剣から、鮮血がしたたり落ちていく。
ぽたり、ぽたり……。
空間をその音だけが支配していた。
血で斬れ味の落ちた剣を左手の甲を返してくるんっと回転させる。
血が床に飛び、くるん、くるん、と俺が何度も回す度にギラリとした白刃が徐々に顔を覗かせていく。
俺はそうやって剣を回しながら、ゆっくりと階段の方へ歩いていく。
ふと誰かがやっと声を発した。
「何なんだ……これは…………全……滅……? 何が……起こっているんだ……!」
「たった一人で……! あれだけの人数を……倒したというのか……!!」
「化け物……! 化け物だ……!! なんなんだよ、こいつはぁッ!?」




