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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR1 『始動するワールドマスタープログラム』
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第八話 『ふがっ!』

【二一五三年/四月二七日/土曜日/一五二四時/現実/城東学園・管理棟】


「ニ年C組の一之瀬美耶子さんだよっ。彼女がミヤちゃんだよ、まぁくん!」


 未来がソファに寝転んでいるツインテールの女をどや顔で紹介した。


「な、なにゃあ!? い、一之瀬さんってもしかして陸上部の!? “神の足”って言われてる一之瀬美耶子さん!? 日本記録保持者の!?」


 いきなり興奮しだす虎雄に俺は一之瀬という『美』が輝きを放ってつく少女を見やった。


「ええ。疾るのなら自信あるわよ」


 アイスを口からだすと、自信ありげに彼女は笑みを作る。

 ソファの上に伸ばしたその“神の足”を組み替える一之瀬。その脚を無遠慮に眺めてみる。すべすべと手入れが行き届いた芸術品のように白く、瑞々しさを含んだきめ細かい肌が日の光を照らし返していた。

 うん、“神の足”と呼ばれているだけあって頬ずりしたらひんやりと気持ち良さそうだ。

 きっと夏の暑い日に膝枕とかしてもらったらそのまま天国へフライアウェイ。


「なっ、ちょっと……何じろじろと見てるのよっ!」


 俺の視線に気づいたのか、一之瀬がスカートを下に引っ張る。なので俺は言ってやった。


「ふんっ。勘違いするでない、女よ。俺は貴様のパンツに興味があったわけじゃない。お前の生足に興味があるんだ。自意識過剰な反応をしないで頂きたいッ!」


「はあっ!? 足もじろじろ見ないでよっ」


「じゃあパンツみせろよっ! 健全な男子にどっちも見るなとかふざけてるのかっ! 一つを守りたければ一つをさしだせ! 等価交換だ! 頭おかしいんじゃねぇの!?」


「なんで逆ギレしてんのよ、あんたはっ! 頭おかしいのは――そっちでしょッ!」


 その美脚がいきなり飛んできて俺は顔側面を蹴飛ばされる。

 信じられないほどの素早さで繰り出されたハイキックは俺に避ける暇を与えてくれなかった。

 椅子を倒して床に這いつくばった俺はむくりと立ち上がって、じっと一之瀬を見つめた。


「な、なによ……」と俺の真っ直ぐな視線に後ずさる一之瀬美耶子。


 こいつ、ツッコミタイプだ! 間違いない! 一之瀬はツッコミができる人だ!

 ボケの満貫全席で胃を痛めそうなところに現われた胃薬だった。

 俺には一之瀬に後光が差し輝いているように見えた。

 思わず一之瀬の両手をわしりと掴んでしまう。


「俺はお前のことが大好きだ、一之瀬っ!」


「は、はぁっ!? あ、ああ、あ、あんたっ、い、いきなりな、何言って……!」


 一之瀬は顔を真っ赤に染めてどもりまくっている。が、そんなことはどうでもいい!


「俺がどれだけっ……どれだけお前を望んでいたか分かるかっ!?」


「の、望んでって……ちょ、ちょっとち、近いわよっ! 顔が近いってばっ!」


 鼻先がぶつかり合う距離で俺と一之瀬は視線を交わらせていた。

 俺が顔を近づけるのに合わせて彼女はその背中を反らしていく。


「がぁーん! や、やだよー! まぁくん、わたしを捨てないでぇー! わたし頑張るからぁ! もっとまぁくんの好みの女の子になれるように頑張るからぁー!」


 未来がしなだれ崩れて俺に右手を伸ばしているが放っておこう。天然ボケの上にポンコツの未来に一之瀬みたいな鋭いツッコミができるようになるとは到底思えない。


「一之瀬さんってCSNゲームとか興味あったんだにー。何かプレイしたことあるの?」


 虎雄の問いに一之瀬はなぜか歯切れ悪く頬を掻いた。

 沈黙した一之瀬をフォローするように永森さんが答える。


「美耶子も未来と同様に、私と会うまでゲーム機を触ったことがなかったのよ。私のゲーム機とゲームチップを幾つか貸したのだけれど、初めてゲームをやる初心者と思って頂戴」


「そ、そうよ。そうなのよ。ここ最近、ちょっとだけやってみたけど、あんたたちみたいな根っからのゲームオタクと一緒にしないでよねっ」


 一之瀬は俺から手を離すと、ツインテールを手で流した。つーん、と腕を組んでそっぽを向くその様に俺は眼を輝かせる。おお、ツッコミが得意そうなツンデレタイプだ。

 わくわくっ。きっとそのうち『べ、別にあんたたちのために『ワールドマスター』やってるんじゃないんだからねっ!』とか言いだしてくれることだろうなぁ! 楽しみっ!

 一之瀬はソファに足を伸ばして座りなおすと、ポータブルゲームをまたピコピコとやり始める。

 そんなツッコミキャラ……一之瀬に興味津々な俺は一之瀬が何のゲームをしているのか上から覗いてみた。

 格ゲーだった。

 って、おい。こ、こいつ……相手の技モーションにばっちりカウンター決めて、空中(エリアル)に持っていき、コンボ決めた後に超必殺技を使ってるじゃないか……。到底初心者ができる動きじゃないんだが……一之瀬さん、もしかしてかなりゲームをやり込んだんじゃないのー?


「…………。ちょっとだけ、と言う割にはそーとー慣れてるんだな」


 俺は思った感想をそのまま口にしてみた。


「へあぇ!? あ、え、な、まぐれで勝っちゃった! かな? あはは!」


 まぐれで空中繋げて六連コンボ超必する奴がどこにいる……! こ、こいつ、ゲームにめちゃくちゃハマったんじゃないだろうな……。よく見ると、少し眼の下にクマができている……ような……。

 あっれぇ一之瀬さん、もしかして毎晩徹夜でしたかぁ?


「オープンするまでまだ三十分近くあるわね。前情報で公開されていた『ワールドマスター』のことを少し説明しておきましょうか……」


 永森さんが部屋の中央に置かれている長机に座った。未来と虎雄もそれに倣って座る。


「いや、いい。俺は説明書を読まずにゲームを始めるタイプなのだ。チュートリアルもあるだろうし、身体で覚えるさ」


「あるある。それでクリア直前に便利な機能があるのを知るのよねぇ」


 一之瀬がポータブルゲーム機に眼を落としながら呟いた。

 そんな何気なく彼女の口からでてきた言葉に俺は可愛く首を捻ってみせた。


「……一之瀬、ゲームはちょっとしかやったことないんだよな?」


「へぉあっ!? は!? な、なに馬鹿なこと言ってるのよ!? な、ないわょ?」


 おーい、一之瀬さーん? 語尾が裏返ってますけどー?

 まあ、今ので間違いない。一之瀬は完璧にゲームにハマったクチだな。だけど、何らかのプライドが邪魔して素直に『ゲームって面白い!』と言えなくなっているらしい。

 ……頑固な性格……というか難儀な性格をしてる奴だなぁ。そこが非常に面白……可愛いけど。

 一之瀬をイジりたくてイジりたくて仕方がない俺は、彼女にカマをかけてみる。


「なあ、一之瀬。『モンスターファンタジー』の裏ボス『ゼルゴラギロス』強くなかった?」


 すると一之瀬は眼を輝かせてソファからぴょんと立ち上がった。


「あいつ、むちゃくちゃ強かったのよね! もう、ほんっとなんなのあれ! 三ターン毎に使ってくる『デス・ゲート』対策に『八百万構造』を風香ちゃんにマスターさせて、装備をランクSSまで強化したんだから! ミストラルにずっと『ストレングス』使って殴りまくって、ゼファーはデバフをゼルゴ様に――」


 興奮して弾丸のように話し始めた一之瀬は、急にぴたりと言葉と動きを止めた。


「――って、友達が言ってたけど私にはよく分からないわ」


 キリッ、と真顔で言い切る一之瀬さん。こいつ、おもしれぇえええええっ!!


「ぷふっ――!! っ……っくく……!!」


 これにはさすがに虎雄も吹きだしていた。笑っちゃいけないと背中を見せて肩をぷるぷる震わせている。俺はぽんっと一之瀬の肩に手を置いて、ぐっと親指を立てた。そしてとびきりの笑顔で言ってやる。


「ゲームオタクの世界へウェルカームっ!」


 瞬間。かああっ、と顔を真っ赤にして一之瀬は慌てふためき始める。


「ち、ちがっ――! 違うのよっ! わ、私はそんなんじゃ――!」


「にひっにはははっ、正義くんっ、あ、あんまり、にひひひっ、からかっちゃ可哀想……あーっはっはっは! ふがっ! にひひひひっ!」


 耐えられなくなったのか虎雄が大爆笑を始めた。……おぉ、ツボったか。虎雄はツボってしまうとしばらく笑いが止まらないからなぁ。


「にーっひっひ! だ、だって一之瀬さん、あんなに専門用語使って話してたのに、ぷくくっ、いきなり私にはよく分からないって! あっはっはっは! もうダメ! お腹が……誰か……止め……にーっひっひ! し、死にゅ……ふがっ! にーっひーっひっひ!」


 一之瀬は頬を赤く染めたまま俯き、ぷるぷると身体を恥辱に震わせていた。

 まるで一年前に母親にエロ本が見つかって『おい、息子。お前こういう性癖もってたのか』と馬鹿にされた俺のようだ。

 不意に、一之瀬は部屋の窓をがらりと開け放った。そして片足を窓の淵にかける。


「母さん、先立つ不幸をお許し下さい。お父さん、今……行くね」


「ちょぉおおおっと待てぇえ!!」


「うわっ、ミヤちゃんだめえええっ!」


 俺と未来は一之瀬の身体にしがみついて、彼女の行動を止めに入った。


「死なせてぇっ! こんな辱めを受けるくらいなら潔く死なせてっ!」


「虎雄っ! いつまでも笑ってないで力貸せ、この馬鹿っ!」


「にーっひっひっひ! 力貸せって言われても、げらげらげら! お、俺の方が……ひーっひっひ先に……ふがっ! あっはっはは! し、死……ひぃひぃ!」


 そんな混沌と化す会室内をじっと眺めながら永森さんは慈愛のこもった笑みを浮かべた。


「早くも楽しい歓談ムードになっているようで何よりだわ」


「お前のムードセンサーはイカれてんのかあああぁ!!」 


 俺の絶叫ツッコミが会室に木霊するのだった。





 しばらくして、俺たち五人は長方形の机を囲むように椅子に座っていた。

 時刻はもうすぐで一六時になる。『ワールドマスター』がオープンする時刻だ。

 ちなみに結局、一之瀬の自尊心を保つために『一之瀬美耶子はゲーム知識がまったく無い初心者であり、ゲームにはまったく興味のない女子高生である』というテイで話は進むこととなった。


「そろそろサイバーインして向こうで待ちましょう」


「もうニニ〇〇万本売れてるんだっけ? プレイヤー名争奪戦になりそうだぁね」

 永森さんと虎雄が当たり前のようにBWDを装着するのを見て、未来と一之瀬は顔を見合わせ机の上に置かれた自分のBWDを手に取った。

 BWD――Brain Wave Deviceはサイバーネットワークにある仮想現実空間へ行くために必須の装置だ。簡単に言ってしまえば脳波を読み取り、手を動かさなくとも意識のみで自分のしたい操作ができる、という代物だ。BWDの電源が入っている間、装着者の意識は完全にサイバーネットワーク側へと移行する。現実での感覚は遮断される代わりに、仮想現実世界でヒトとしての感覚を得る。

 見た目はバイク乗りがつけるライダーゴーグルと、大きなヘッドホンをくっつけたようなモノに似ていた。

 未来と一之瀬はBWDを手に持ったまま少し戸惑っているようだった。

 現代の学生には必修科目としてサイバーネットワーク授業が存在する。各学校が管理するサーバに降り立ち、そこで武道の授業を受けたりしているのだ。だからBWDを触るのは初めてということはないと思うのだが……。


「ねえ。『ワールドマスター』をプレイするにはどこを経由したらいいの? ガイア?」


 どうやらサイバーネットワーク――仮想現実世界でどうすれば『ワールドマスター』にログインできるのか想像がつかなかったらしい。

 ……本当に初心者なんだな。格闘ゲームであんな動きをするからゲーム初心者ということさえ疑っていたのだが、この分だと真実のようだ。

 俺、虎雄、永森さんはかなりのヘビープレイヤーだ。幾つものCSNゲームを経験しているだけにそのノウハウを持っているし、向こう側でどうすればいいのかというのもあらかた予想がつく。

 だが未来と一之瀬は違う。

 今時、CSNゲームへサイバーインの仕方が分からない女子高生の方が珍しい。

 向こう側でおそらく戸惑いの連続になることだろう。

 ……まあ、いい。永森さんと同様、賞金には興味ないし別に急ぐ必要も理由もない。

 自分のペースで動くつもりだったし、一から手とり足とり腰とり教えてやろう、ぐへへ。

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