第六話 『脱出』
当然、兵士たちがミライを素通りさせてくれるわけがない。
予想通りに、兵士たちが俺に向けていた槍をミライへと大きく振りかぶる。それでもミライは兵士など眼に入っていないみたいに真っ直ぐ走っていく。
あわや串刺しにされるかと思われたその瞬間、ミライへと向かった槍は高く宙を舞い上がっていた。
ギャッギャギャーッ、と絨毯を切り裂いて鉄靴が真っ白の床を削る音が響く。
ミヤだ。戦うなと言っていた彼女が自慢の俊足で一気にミライと兵士たちの間に割り込み、槍を鉄靴で蹴り上げたのだ。【疾走】スキル持ちの彼女だからこそできる早業だった。
ミヤはミライの前に立って、腕でミライの行く先を塞いでいた。
「セイギ、あんたの考えに納得したわけじゃないわよ……! ただミライを助けたかっただけだから……! でも……これで私もテロリスト、ってわけねッ……!!」
そう言ってミヤは俺にニヤリと笑ってみせた。内心は仕出かしたことの大きさに押し潰されそうになっているのだろう、その笑みはぎこちないものだった。頬から脂汗がたらりと垂れている。
それに俺も口を笑みに変える。
「よくやった、ミヤ!! 愛してるぞ!!」
「うっさい! ほんっっと死ねっ!!」と俺を罵倒すると真剣な瞳で兵たちへと振り返る。
しかしミヤがミライを止めたところで事態は何も良くなっていなかった。前に出すぎたミライとミヤ目がけて兵士たちが再び槍を突き刺そうとしている。その数はミヤ一人では捌ききれない数だ。
そう簡単に――殺させてたまるかああぁッ……!!
「トラアアァアァッ!! ナーガァアッ!!」
二人ならきっと俺のその叫びだけで意図を理解するはずだ。
大声を張り上げた俺は地を蹴って跳躍する。
一跳びでミライとミヤの頭上を越え、放物線を描いて兵士の集団へと俺は突っ込んでいく。
「うぉおぉおおぉおおおぉおぉおぉッ――!!」
俺は中空から剣を巻き込むように薙ぎ、ミライたちに向けられていた槍を打ち払う。そしてそのまま何人かの兵士の頭を超え、兵士たち集団の中央に降り立った。
いきなり自陣中央に割って入った敵の姿――俺に兵士たちは一瞬、体を強張らせる。だがすぐに引っ込められた槍が着地した俺目がけて一斉に突き出された。
四方八方から伸びてくる槍に俺は蜘蛛のように低く床に伏せてやり過ごす。頭上で甲高い音をたてて交差する複数の槍。俺は立ち上がり様に槍が重なった中心点を右拳で打ち抜いてやる。それで槍が跳ね上がり、兵士たちに大きな隙ができた。
俺は前方にいる兵士たちへ体当たりする。ショルダータックルされた兵士たちは背中から転倒していく。そこで、チリチリと背中が焼け付くような殺気を感じ、背後を眼だけで見やる。俺の視界に飛び込んできたのは今まさに俺の背中を突き貫こうとしている三本の槍だった。だが俺は何も焦りはしなかった。
なぜなら――
「そうはさせないよんっとぉ!」
三本の槍が大弓の反り部分に弾き飛ばされる。俺と同じように敵陣中央へと降ってきたのは言うまでもなくトラだった。俺とトラは背中を合わせて武器を構えた。
やはり伝わっていた。
俺の目論見はこうだ。
俺とトラが兵士たちを引きつけ、その間に――!
トラと時を同じくしてナーガもセイギの考えを読み取りすでに動いていた。
ミヤとミライの元まで駆けつけると、ミライの両肩を掴んで自分の方へと振り向かせる。
「ミライ! 駄々をこねている場合じゃないわ! 私たちは逃げるべきなのよッ!」
「ナーガちゃん! フェレアさんは私たちの誤解を解こうとして捕まったんだよ!? 放っておけなんかないよっ! 絶対に助けないと!」
ナーガへとミライが食ってかかる。そう言った彼女の瞳は固い意志が宿っていた。一度、言い出したら曲げないのがミライという少女だ。それをナーガもよくよく理解している。
諦めたようにナーガはため息を吐く。
「ふぅ……分かったわ、ミライ。こうしましょう。これをよく見て」
「なに? 何かフェレアさんを救出する作戦があるの?」
ナーガがミライの目の前に指をやった。ミライは彼女の指をまじまじと見つめる。
「ええ。これが――最良の作戦だわ」
ぱちんっ、とナーガはミライの目の前で指を鳴らした。
するとミライの眼がとろんっとなって、瞼が降りる。次いでミライの両膝が絨毯に落ち、倒れそうになったのをミヤは慌てて抱きとめた。ナーガが【魔術】スキルで眠らせたのだ。
「ミヤッ! ミライをっ!」
「ええ、分かってる!」とミヤがミライを背負った。
それを確認するとナーガは兵士たちに囲まれて戦っている二人へと振り返った。
「セイギくん、トラくん! もういいわっ! 脱出するわよッ!」
ナーガの言葉に俺は思惑通りに事が運んだのだと知る。
さすがだ、ナーガ! 手早く解決してくれたらしい……!
俺は兵士から奪いとっていた槍をぐるりと旋回させた。それを避けるように兵士たちが一斉に間合いをとる。
「トラッ! 先にいけっ!!」
俺はその場で片膝をついてしゃがんだ。するとすぐに後ろから右肩を蹴られる反動が俺の体を襲った。俺たちを囲む兵士の円から脱出するためにトラが俺の右肩を足場にして跳躍したのだ。
俺も振り返って駆け出し、右手で持っていた槍を地面に突き刺す。そして棒高跳びの要領で槍のしなりを利用し、高く宙へと舞い上がった。
その刹那――俺とトラの脱出を待っていたかのように――ナーガの周囲に紅蓮の炎が巻き上がる――!
「避けないと焼け死ぬわよッ……!!」
ナーガが横に広げた両腕を前に振るうと、絨毯に炎が幾筋も走り、兵士たちの間を駆け抜けた。一気に高くなった室内の温度が視界に揺らぎを持たさせる。
俺とトラは無事に兵士たちの円から逃げ出し、着地する――と先に走り始めていたナーガとミヤの背中を追って駆けだす。
「城が燃えるぞ! 消化しろッ!!」
後方からばたばたと兵士たちが慌しくなる声と炎が轟々と燃え上がる音が聞こえてきた。
その間に俺たちは謁見の間を突っ切り、転がるように扉を突き破って外に出た。
「テロリストたちが逃げたぞ!! 追えッ! 追ええええええぇえッ!」
「消化が先だ!! 燃え広がってしまうぞ!!」
俺たちを追う兵士と消化活動をする兵士にうまく別れてくれたらしい。俺たちを追ってくる兵士の数は謁見の間にいた総数よりも少ない。
長い長い廊下を俺たちは脇目も振らずに走っていると、天井から声が響いた。
『緊急事態発生! 城内で賊が逃亡中! 人間が五人、全員が武装している! 見付け次第捕らえよッ! 抵抗する場合は殺せ! 繰り返す――!』
館内放送のようなものなのだろうか、どういう仕組みかは分からない。きっとプレイヤーたちが使う【叫び】機能のような魔導技術なのだろう。【叫び】機能は特殊なアイテムを使用することで広範囲に自分の声を届ける『ワールドマスター』のシステムだ。この城にもそれを応用したものが備え付けられているのかも知れない。
何にしても俺たちの状況が悪くなったというのは間違いなさそうだ……!
そう思っていると俺の考えを肯定するようにトラが切羽詰ったような声をあげた。
「セイギくんッ! うしろッ!!」
振り返ると、謁見の間にいた兵士以外に、魔導師や弓兵たちが俺たちを追ってきていた。
「トラ! 物理は俺がやる! 魔導は誘発させてくれッ!」
「あいよんっ!」
現在『ワールドマスター』には最強のスキル構成というのは存在しない。どんなスキル構成をしても必ず弱点が出来てしまう。その弱点が俺の場合は【魔法】や【魔術】といった魔導系に位置づけられていたりする。とにかく魔導防御力が低いのだ。はっきり言って魔導攻撃の前では俺の防御力など紙同然というくらいに低い。
そしてついに後ろから矢と魔法弾が飛来してくる。即座にシンガリを務めていた俺とトラは反応していた。
俺は矢を剣で打ち払い、あるいは右手で弾き飛ばす。
バスケットボール大の魔法弾をトラが矢で射抜く。するとカッと閃光が廊下を染め――
ドゴォオオォオンッ!!
狭い空間で大きな爆発が起こった。廊下の壁を吹き飛ばして土煙が舞い上がり、窓硝子が飛び散って城の外の宙をキラキラと舞い落ちていく。
あの爆発ではしばらく追っ手は前に進めないだろう。功を焦って自爆してくれたか。
俺たちは追っ手を振り切って、そのまま城門まで一気に駆け抜けていた。
だが、城門の前まできて俺たちはある重大なことを失念していたことに気づかされる。
城下町へと出るための城門が――硬く閉ざされていたのだ。
「これって私たち……袋のネズミってこと!?」
「……まずいわね。逃げ場が無いわ……!」
ナーガが親指を噛んで城門の前で行ったり来たりと歩いて思考する。
よくよく考えれば当たり前のことだった。ジョルトーの女王が住まう城の門が開きっぱなしになっているはずがない。ましてやあの【城内放送】の後だ。
むしろ閉められていて当然だった。
「なんで誰も気づかなかったんだよぉおお! みんな冷静になれよぉおおお!」
「にひひ、セイギくんだって気づいてなかったじゃーん?」
このままじゃ遅かれ早かれ俺たちは兵士たちに捕まってしまうだろう。
くそっ……! どうやって逃げれば――! 考えろ、考えろっ……! この状況から逃げ出せる方法を――!! こんなもん簡単な脱出クエストだと思え……!
導きだすんだ……攻略法を――!!




