第五話 『選択』
鼓膜を突き破るかのような轟音だった。
続いて城全体を揺らすような振動が俺の体を骨の髄まで響く。
最後に襲いかかってきたのは荒れ狂うような熱風だった。
俺だけじゃなく立っていた兵士やミライたち、フェレアさんやミレア女王様、一人残らず壁際まで吹き飛ばされて俺たちは体をしこたま打ちつけた。
キィーン、と耳鳴りがしていてよく音が……聞こえない。
痛みに軋む体を起こして眼を開くと、そこには空が見えた。俺たちが背中を打ちつけた壁とは反対方向、その壁上部と屋根に見事なほどの丸い大穴が開いていた。
大穴の淵からは『シュウゥウ』と溶けるような音ともに黒い煙が紫電を迸らせながら朦々と天へ上がっている。その周囲から『0』と『1』が漂って掻き消えていく。何とも表現し難い焼け焦げた異臭がツンと鼻についた。
俺がその惨状に固まっていると、ミライたちやフェレアさんたちも呻きながら体を起こし始める。打ち身などはありそうだが、どうやらみんな無事で……命に別状はないようだった。
「な、なんてことだ……! 城がっ……!! こんなっ……!」
四つん這いになっていたミレア女王様が被害状況を見て強く床の絨毯を握り締める。
屈辱に耐えるように体を震わせながら俯いていたが、急に顔をあげた。
「全員捕らえろッ!! 捕らえて拷問にかけろッ!! 抵抗するならッ……構わんッ……殺せッ!! 殺せぇええッ!!」
そう叫んだ女王様の顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
爆心から比較的に離れた位置にいた兵士たちが立ち上がり、槍を俺たちへ向ける。
怒っているのは女王様だけじゃなかった。敵意を剥き出しにした兵士たちの眼は血走っていた。彼らからすれば俺たちは世界に危険を及ぼす極悪人だ。
彼らは今、自分たちの世界を守るため俺と戦おうとしている。手加減なんてしてくれるはずもないだろう。彼らから発せられる殺気は俺たちを捕らえるつもりなどないように見えた。
まあ、捕らえられたとしても拷問されて殺されるんだろうけど……!
これはとてもじゃないが話を聞いてくれそうにないな……! この状況から逃げるには……戦るしかない! だがそんなことをすればもう後戻りはできなくなっちまう……!
戦ったら言い訳はもうできない……!!
俺たちは追われる身になり、ジョルトー国内にはいられなくなる……!!
俺は剣の握りに手をかけたまま歯をギリと鳴らした。
「……っ! セイギくん!」
俺が剣を抜こうとしていることに気づいたのだろう。ナーガが後ろで注意を喚起するように俺の名を呼んだ。
ああ、状況なら分かってるよ、ちゃんと……! 早まるなって言いたいんだろ……! 分かってるさ……! お前のことだ、頭ん中を捻り回して、必死こいて他の方法を探してくれてんだろ……! だが考えられる時間は長くないぞ、ナーガ……! 今にも奴らは俺たちに飛びかかってくるぞ……!!
俺はちらっと後ろ眼に四人の姿を見た。
四人とも困惑の表情を隠せないでいた。事態があまりに突拍子も無さすぎてどう行動を起こせばいいのか判断がついていないのだ。それはミライとて同じように見える。
くっそ……!
俺は剣の握りから指を離したり、握り直したりする。
どうする!? どうするのが正しい選択なんだ!?
戦うべきか!? 大人しく捕まるべきか!?
「ま、待ってください! 彼女たちはテロリストなんかじゃありません!」
立ち上がったフェレアさんは必死にミレア女王様へ俺たちが敵ではないことを説いてくれる。兵士たちの前に立ち塞がり俺たちを守ろうとしてくれている。
こうなってしまったらもはや頼みの綱はフェレアさんしかいない! 彼女がミレア女王様を説得してくれることに俺たちは望みを託した。
だが――女王様はフェレアさんにがなりたてる。
「フェレアッ! お前は人間に騙されているのだ! こいつらは私たちをただのデータだとしか見てない! 私たちの世界を崩壊させることなどなんとも思っていないのだ!」
「違いますッ!! 訂正してください、お姉様っ!」
「聞く耳持たぬ! フェレアを牢に監禁しろッ! こやつは人間に毒されておる! 洗脳されておる!! 国家反逆の罪を問うまでもないッ!!」
「「はっ!」」
フェレアさんの両側から兵士が彼女の腕をとり、謁見の間の奥へと連れ出そうとした。
なっ……!! マジかよ……女王様のやつ……!! 怒りで我を忘れてやがる……!! 自分の妹さえ信用できないっていうのかよ……!!
ミレア女王様の判断にはフェレアさんも何かの間違いだと言わんばかりの表情をしていた。
だがすぐにフェレアさんは我を取り戻し再び訴えかける。
「そんなっ……話を聞いてくださいっ、お姉様っ!! 彼女らは私たちの味方なのです……!! 決して敵視するような人たちではないのです……!! お姉様ッ!!」
だがもはやミレア女王様はフェレアさんに視線を送ることさえなかった。
「彼女らをどうするおつもりですかっ……!! お姉様っ!! やめなさい、あなたたち! 私をっ……離して下さいっ!! お姉様は間違っていますッ!!」
叫ぶフェレアさんの声が遠ざかっていく。手荒に連行されるフェレアさんの姿が小さくなっていく。
「フェレアさぁんっ!!」
ミライが心配そうに声をあげた。
その呼ぶ声にフェレアさんは最後の力を振り絞るように、形振り構わず兵士に抗いながら俺たちへ叫んだ。
「逃げてくださいっ、みなさんッ!! お願いですっ! 逃げてえぇーーっ!!」
涙を振り落として叫ぶ彼女に俺はギリッと強く奥歯を鳴らし――意を決した。
ここで俺たちまで捕まったら誰が彼女を助ける!?
例え追われる身になってしまったとしても……戦うしかない――ッ!!
やるしか――ないッ!!
「ちっくしょぉぉおおおおぉおぉおッ!!」
殺到してくる兵士たちに、俺は前へ足を踏み出し――剣を抜き放った――!
「このテロリストがぁッ!! 殺してくれるわああぁあッ!!」
一人の兵士がその手に持つ槍で俺の体を穿とうと、突きを繰りだしてくる。
さすがは城内兵士……! 突きの速さはモンスターたちの比じゃない……!
だがそれでも俺が反応できないレベルなんかじゃ――ないッ……!
迫りくる槍の切っ先を俺は剣の腹で受け止め、
「俺たちはテロリストじゃないって言ってるだろうがぁッ!! それくらい分かれこの馬鹿ヤロウがぁッ!!」
兵士の腹へと前蹴りを入れて無理やり距離を離す。蹴られた兵士はたたらを踏んで再び槍を構えなおした。あまりダメージが入った様子はない。そりゃそうだろう。俺の【脚力】スキルなんて10にも達していない。だけど、それでいいんだ。相手は俺たちを殺す気満々だけど俺たちは兵士たちを殺すわけにはいかない。殺してしまえば真実がどうであろうと俺は罪を負うことになっちまう……!
ちっくしょぉ、やりにくいったらないな……!!
じりじりと、すり足で兵士たちが俺の隙を伺いながら、取り囲もうと移動する。
「ちょっと、セイギッ!! 何を考えてるのよッ!! 戦ったら私たちが無実だって信じてもらえないじゃないッ! 剣を鞘にもどしてっ!」
「なに甘いこと言ってるんだ、ミヤ! お前まだこのゲーム内が平和ボケした現実の世界と同じような感覚でいるのか!? こいつらにとっちゃ俺たちは間違いなく世界を脅かす悪なんだよッ!! 奴らの顔を見てみろッ!! もう話し合えるような状況じゃないんだッ! 戦ってでも逃げなきゃ殺されちまうんだよッ!!」
背中からかかった声に俺は兵士たちから眼を離さず言い返す。それでミヤが納得したのかは分からないがそれ以上、ミヤは言葉を返してこなかった。
と、その時だった。あろうことか後ろから俺の横を人影が駆け抜けていこうとした。
それは誰であろうかなミライだった。
もちろん、前方には兵士の集団が立ち並んでいる。俺は慌ててミライの腕を掴んで彼女の足を止めさせる。
「ミライ!! 前に出たら殺されるぞ!! 下がってろ!!」
「でもフェレアさんがっ……! 助けなくちゃ……! フェレアさんを助けなくちゃ……!! 離してっ、まぁくん!!」
兵士たちを突っ切ってフェレアさんを助けるつもりだったのかよ……! 作戦も何もあったもんじゃない……! 無駄死にするだけじゃないか……!
「よせ、ミライ! 熱くなるんじゃないッ! 今は脱出する方が先だッ!」
「いやっ!! フェレアさんを置いてかない!! わたしたちが死ぬのとフェレアさんが殺されちゃうのは訳が違うよっ!!」
そんなことは分かっている……! 分かっているさ……! だから今は逃げるんだろうがッ……!!
「~~っ! ミライっ! 言うことを聞いてくれ!」
「やだやだやだやだっ!!」とミライは頭を振る。
くっそ……! ここでミライの『自分の欲望に対して正直に行動する我侭』が発動しやがったか……! ミライもかなり感情的になっちまってるッ……!
俺がミライの強引さに戸惑いを見せたその隙を突いて、ミライは俺の腕を無理やり振りほどいて兵士たちへ――その先にあるフェレアさんが消えた扉へと駆けだす!
~~っのぉ! 馬鹿正直暴走娘めぇ~~っ!! 話をややこしくしやがってぇ!!




