第七話 『この『ワールドマスター』を支配する』
ええぇえ!? なに!? どういうこと!? どういうことなの!?
奴の後ろに続くように歩いているのは俺があまりにも見慣れた顔ぶれたちだった。
一人一人が一騎当千の力を持つ【二つ名持ち】が揃った《ディカイオシュネ》……!!
あいつらも『ワールドマスター』をプレイしていたのか……!
ふと偽“魔王”の背後に付き従って歩く一人の女性が目に入る。
歳の頃は二十歳手前。凛々しい顔をした長い銀髪の女性だ。
白い羽根飾りを両側につけた青の兜と青を基調とした甲冑。背中には折り畳んだ純白の羽根。その姿はまるで北欧神話に登場するヴァルキュリアそのものだった。
嘘だろっ!! “天空”の〈ヴァルキュリア〉じゃないか! あいつ、本物のヴァルかッ!?
“天空”の〈ヴァルキュリア〉――彼女は知性、戦闘ともに一級品の人物だ。ナーガとトラを足したような奴で、一騎当千という言葉は彼女にこそふさわしい。歴史上の人物で例えるなら関羽といったところか。文武両道――何をやらせてもそつなくこなし、こちらが求める以上の結果をだす。
それが彼女――〈ヴァルキュリア〉という女性だ。
ザッザッと割れた人垣を歩いてくる《ディカイオシュネ》のメンバーの顔を俺は半ば放心状態でまじまじと見つめ続ける。
うわっ、“龍爪”の〈Z〉か、あいつ……! “鬼牛”の〈ブル〉もいる……!!
懐かしい。あまりに懐かしすぎて涙がちょちょぎれそうな顔ぶれだった。
あ、あいつら……なんで……!! いや、それよりも……!
俺は先頭を歩いていく偽“魔王”を見やった。
俺の仲間を引き連れて何してんだ、貴様あああぁああ!! ぶち殺がすぞ、にゃろー!!
思いもしてなかった事態に俺とトラは固まっていると、ナーガがいきなり偽“魔王”の前へと躍り出た。
あ……。
んぎゃああああ! ナーガさんっ! 忘れてた……っ!
修羅場るっ! このままじゃ修羅場っちゃうぅうう!! トラ、止めてぇ! トラくぅうん!!
俺は泣きそうな顔でぐいぐいとトラの服の袖を引っ張る。
「こんなのどうしろって言うのさー!? 止めようないってばぁー!」
トラはお手上げとばかりに苦笑いしていた。
立ち塞がった人物を見て偽“魔王”が、《ディカイオシュネ》が足を止めた。
偽“魔王”はナーガの姿にほんの少し眉を動かした。
「…………ほう。貴様、“魔蛇”のナーガか」
ナーガは顔を伏せたまま、感情のこもっていない静かな声をだす。
「……はい。……お久しぶりです、“魔王”様……」
きらっ、とナーガがつけている蛇の腕輪――その赤い宝石で象られた双眼が光った。
刹那――轟ッッ、と音をたててナーガの周囲を炎が取り巻いた。
離れていた人垣が慌ててさらに距離をとっていく。
「私の質問に――答えていただけますね?」
顔をあげたナーガの眼は怒りに染まっていた。彼女が激怒しているのは誰が見ても明らかだった。《ディカイオシュネ》の登場で張り詰めた空気がさらに息苦しいものになる。
うわ、こわっ……! やっぱりこうなっちゃうか……!
どうしようかと挙動不審になっている俺とは違って偽“魔王”は冷静にナーガを見下ろしていた。
そこにいるだけで威圧感を覚える偽“魔王”がゆっくりと口を開く。
「……なんだ?」
「どうしてっ……どうして私たちを裏切ったのですかっ……!!」
全身から搾りだすような声だった。答えを間違えれば偽“魔王”の身をその炎が包み込むだろう。
だというのに偽“魔王”は一切焦った様子もなく、ただ静かに眼を閉じた。
「…………。そうせざるを得ない状況だった。俺様は身を隠す必要があった」
「身を隠す……必要……? それはどんな必要性ですか……!」
「今はまだ教えられない。だがもう大丈夫だ。だから戻ってきた。悪かったな、ナーガ」
語気を荒げるナーガに詰め寄られても偽“魔王”の対応は落ち着いたものだった。
「……一人か?」
「《ユビキタス》というセルズに所属しています」
「聞いたことがないな」
「新設したばかりですので」
「そうか。弱小セルズにいないで貴様も戻ってこい。俺様がこの『ワールドマスター』を支配する。――それには貴様が、必要だ」
偽“魔王”がナーガの頭へと手を伸ばす。
だが、それをナーガは痛烈に打ち払う。
「ふざけないで頂戴ッ……!! 私がっ……どんな想いでッ――!!」
ナーガの感情を表すように炎が肥大化し、ロビーの天井を焦がした。
わーきゃー叫んで避難を始める野次馬たちと違って偽“魔王”も《ディカイオシュネ》のメンバーたちも武器さえ構えず立っている。
闘技場のエントランスが一瞬でパニック状態になっていた。
ナーガさん、マジで殺す気まんまんじゃないっすかー! 俺じゃなくて良かったー! って、いやまずいまずい! し、死人がでちゃうぅう!
な、なななな、なんとかしないと……!
「だあぁあっ、よ、よせ、ナーガ! こんなところで戦闘は色んな意味でやばいっ!」
俺はナーガの後ろから彼女の右手を掴んだ。
するとナーガは今まで見せたことのないような鋭い瞳で俺を睨む。
「あなたにはっ……関係ないでしょう……!! 出しゃばらないで頂戴ッ……!!」
ナーガ自身もいきなりの登場人物に混乱しているのかも知れない。冷静さを欠いた声だった。
くっそ、関係あるんだってばー! 俺が本物なんだよっ、その人、偽者なんだってばー!
「……そうか。俺様の元に降らないというのならいずれ貴様は脅威になる。お前の軍才は千の兵に匹敵するからな。……俺様のところに来る気が無いのなら今のうちに殺しておくか」
偽“魔王”が剣の握りへ手をやった。
はああぁ!? って、ちょっと!? 偽“魔王”様も殺る気まんまん!?
「ちょ、ちょっと“魔王”さんも待った!」
俺は右手で剣を抜こうとする偽“魔王”様の腕を掴んで止めた。
なんだよこれっ! 過去の俺がしでかしたことについて俺を名乗る偽者と偽者を本物だと勘違いした仲間が喧嘩してるのを、本物が仲裁するってどんな状況なんだよっ! 複雑すぎて何からツッコミを入れたらいいんだってのっ……!
だが次の瞬間だった。恐ろしい速さで“天空”の〈ヴァルキュリア〉が〈ジャスティス〉を掴んだ俺の右腕を捻り上げる。目線だけで後ろを振り返ると、〈ヴァルキュリア〉は怒りを隠そうともしない視線で俺を見下ろしていた。
「いたたたたっ! す、すいません! 触ってすいませーん!! あんたの”魔王”様に危害を加えようとしたわけじゃないんだって! “天空”さん、離してくださぃいいい!」
「………………」
だが〈ヴァルキュリア〉は俺を離す気はないようだ。無言でただただ俺を睨んでいる。
くそぉ~! 相変わらずの忠誠心だな、ヴァル! だがしかしお前が敵と認識してる相手こそお前が仕えるべき本物の“魔王”様なんですけどぉー!?
「よせ、ヴァル。離してやれ」
「…………。……はい」
言われヴァルは偽”魔王”と俺を一瞥してから、渋々といった感じで俺の腕を解放した。
俺は捻られた手首にふぅふぅと息を吹きかける。
ふぅー。くそ……“魔王”の側近と言われた奴がまさか偽者に騙されてるとは……!
ヴァルは常に“魔王”に付き従う懐刀のようなものだった。“魔王”の盾となり剣となり忠義を尽くす女性だった。そのせいか他のセルズからは“魔王の犬”などと揶揄されることもしばしばあったが……。
よぉーくも長年連れ添った主に手をあげてくれちゃって! これは折檻が必要なようだな、〈ヴァルキュリア〉! もちろんいやらしいやつで!
俺がキッと睨むと、ヴァルは鬼のような形相で睨み返してきた。
ひぃい! こ、怖ぇッ……! 敵に対してはこんな怖かったのね……ヴァルたん!
俺は〈ヴァルキュリア〉の眼光から逃れるようにナーガの背中に隠れた。
そんな俺とヴァルをよそに偽”魔王”様とナーガの話は続く。
「ナーガ、貴様の怒りも分かる。だがよくよく考えろ。俺様が貴様らを裏切ったのにはそうせざるを得ない理由があったのだ。聡い貴様のことだ。それは分かっているはずだ」
「……………………」
ナーガは少し眼を伏せた。何か理由があったはずだと言っていたのは確かにナーガだ。
「……その理由は、なんだったのですか」
「それは言えん。……今はまだな。だがこの“魔王”の名に誓おう。俺様は二度と貴様らを裏切らん。俺様と来い、ナーガ」
手をさしのべる偽“魔王”にナーガの眉が歪む。その肩が震えていた。
うぉいっ! なに勝手に俺の二つ名に誓っちゃってんの!? こいつ、ぶち殺がしちゃろかっ!
俺が殺気だったのを感じたのか、ヴァルがギロリと俺へと視線をやる。
あははは、なぁーんてね。うそでーす。だから睨まないでヴァルたんっ! 美人なお顔が台無しだよ! ほら、笑って笑って! ヴァルキュリアスマイル見せて!
俺は〈ヴァルキュリア〉に昔見せてくれたような笑顔を取り戻して欲しくて変顔をしてみせた。
「っ……このッ! 私を馬鹿にするかッ!! いいだろうッ!!」
なぜかぶち切れたヴァルたんが俺の顔面を掴んでアイアンクローしてくる。
「ぎゃあぁあああ!! なぁんでぇえええ!?」と俺は痛みに悶えた。
「……ヴァル。あなたは“魔王”様を許したのかしら」
ナーガが俺のこめかみに指をギリギリと埋める〈ヴァルキュリア〉に話を振った。ヴァルは俺に向けるのとはまったく違う口調でナーガに笑いかけた。
「久しぶりだな、ナーガ。あれから連絡もなかったが元気そうで何よりだ。顔つきが大人の女性らしくなった」
そういえばヴァルとナーガは昔こそ険悪だったけど今はリアルで会って食事するほど仲が良かったんだっけ……。頭の良い者同士、話が弾むのかも知れない。
「許したといえば嘘になる。私にも理由はお話頂けていないからな。しかし私は”魔王”様に身も心も命も預けると誓った身だ。”魔王”様が何とおっしゃられようと”魔王”様のためだと思うことを、私は遂行するだけだ。……ナーガ、それはお前も同じ気持ちのはずだが」
「…………。……だから私に《ディカイオシュネ》へ戻れと言うのかしら」
「そうだ」
端的に肯定するヴァルたん。二人はしばらく沈黙して、見詰め合っていた。
「…………………………」
「………………………………」
どれくらい時が経っただろうか、不意に、ナーガは額に手を当ててため息をつき、ヴァルたんはフッと口の端を歪めて笑った。
その様子から察するに二人だけで回線を繋いで会話していたのかも知れない。
ナーガは顔をあげ、偽“魔王”を見据える。
「……考えて……おきます」
ちょぉおおええぇえ!? ナーガさぁんっ、おい! そいつ偽者だからああ! 本物はここにいるってば! ……とも言えないしなぁ……。どうしよう……。
「良い返答を期待しているぞ、ナーガ」
偽“魔王”はぽんぽんとナーガの頭に手を置いた。
途端にナーガの頬が仄かに赤く染まった。
そんなナーガの横を通り過ぎ、偽“魔王”は参加者待機室へと続く廊下を歩いていった。
ヴァルたんは俺をもう一度睨むと偽“魔王”を追いかけていく。やっべ、もしかしなくても俺、ヴァルたんにめっちゃ嫌われた? ま、まあ、今はそれは考えないでおこう。
俺は顔を伏せて沈黙しているナーガの背中へ、恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……ナーガ、さん? まさか、抜けるとか言わない、よね?」
「…………。……少し、黙って頂戴」
ナーガはそれだけ言うと、唇を親指で押し一人で闘技場の外へと出て行った。
えぇええ!? 真剣!? 真剣に悩んでらっしゃる!? まさか、抜ける気かよ!?




