第三話 『燃やしたくなるわね』
「あいつら、ジョルトー城下町まできて今度は何をしでかすつもりだ!?」
「うふふふ、セイギさんたち無茶苦茶言われてますね」
フェレアさんは朗らかに笑っていた。いや、笑い事じゃないっス!
ってか他人事みたく笑ってるけど下着泥棒退治でユクモの市街長を殴り飛ばしたのはあなたですからっ!
「何の騒ぎかと思って来てみれば……。やっと辿り着いたのか、お前ら……」
声がした方を見てみればそこには黒髪ポニーテールの剣士が立っていた。それは誰であろうかな、〈ソーマ〉だった。
俺たちと同じようにクノッソの村に漂着し、俺たちより先に村を出た《ホワイトフォース》のセルズリーダー、〈ソーマ〉がそこに立っていた。
っていうか、何を隠そう彼は今日、現実の世界で俺を上海曲芸団もびっくりな空中大三回転させた張本人――相馬栄治その人なのだ。
が、面白いことにどうやら相馬は俺たちを現実世界で顔見知りであることに気づいてないらしいのだ。
ソーマっちの姿を見た周囲のプレイヤーが道を開けるように彼から距離をとった。
「ソ、〈ソーマ〉だ……! 《ホワイトフォース》の〈ソーマ〉だっ!」
「最近めきめきと頭角を現してきたっていう《ホワイトフォース》のリーダーか……!」
へぇ~~、ソーマっち頑張ってるみたいだな。いつの間にか名が売れているらしい。この分だと二つ名がつくのも時間の問題なんじゃないだろうか。
「あ~~っ! ライバルの人ーっ!」とミライがソーマっちを指差す。
ちなみに、ミライもソーマが相馬っちだとは気づいていない。ある意味、お似合いの二人だとボクちんは思うね。
「覚えていたようだな、ミライ。元気そうだ。…………なかなか良い装備をしているところを見ると、順調良くレベルとスキルは上がっているみたいだね」
「あったりまえだよっ! キミには負けないんだからねっ!」
ソーマは対抗心を燃やすミライに笑って、ぴんと人差し指を立てた。
「はっはっは、それじゃあこれは先に城下町を拠点としている良きライバルからのアドバイスだ。気が向いたら闘技場に行ってみるといい。ちょうど面白いことになってるぞ。『ワールドマスター』が始まって一ヶ月半……最大の名を売るチャンス、だろうな」
最大の名を売るチャンス、その言葉に俺たちはみんな耳をぴくっと反応させた。
現在、何でも屋としての《ユビキタス》には依頼という依頼がまったく来ていない。それもこれも一ヶ月の輝かしい功績が原因なんだろうけど……。
まあ、地道に狩りで稼ぐのもいいんだけど、依頼の報酬金額は困難な話であればあるほど桁が違ってくる。差し迫りつつある金欠を手っ取り早く解消するにはやはり依頼報酬!
つまり名が売れれば必然的に依頼も増え、依頼報酬でがっぽがっぽ! 名を売るチャンスとやらに乗らない手はないっ!
「それってどういう意味!?」
眼を$に変えた俺たちの中からいち早くミヤがソーマっちに詰め寄った。
そんな俺たちに若干、引きながらソーマっちは言葉を濁す。
「い、行けば分かるさ。どうせこれから城下町を見て回るつもりだろ?」
「うん、もちろんだよっ!」
ミライの元気な返答を聞くとソーマっちは満足そうに頷いた。
「仲間が待っているから俺はもう行く。またな、闘技場で会おう」
ソーマっちはマントをひるがえすと、人波に消えていった。
うーむ、闘技場で何かイベントでもやってるのかな? ……気になることを言い残して行きおって……。……後ろからそのポニーテールを引っ張っちゃうぞ☆
「お前らぁあ! はやくこっちで滞在手続きをしろぉー! 捕縛されたいのかぁ!」
ソーマっちを見送っていた俺たちの後ろで、関所の門番がぷんすか怒っていた。
手早く手続きを済ませた俺たちは、だだっ広い城下町の大通りを進んでいく。パッカラパッカラ、と馬の蹄が石畳を叩く音が、ついに城下町へ辿り着いたのだと高揚させた。
大通り沿いには色んな店が立ち並び、道の脇には多くの露天が開かれている。その溢れかえるようなプレイヤーと情報生命体の多さに俺たちは驚きを隠せなかった。
「わーっわーっ! 人が一杯だぁー! すっごい! 今日は何かのお祭りなのかな!?」
「くすくす、城下町はこれが普段の賑わいですよ」
あっちこっちと忙しく顔を向けるミライに、フェレアさんはまるで妹を見るような眼で笑う。それもそのはず、この一ヶ月半近くフェレアさんは年長者ということもあり俺たちの保護者役を買って出てくれていた。
そもそも俺たちはこの世界について知らない事が多すぎる。その点、フェレアさんはもともとこの世界の生まれだ。俺たちより遥かに物事を知っているし、人生経験も豊富だった。
それでいつの間にか俺たちの保護者役みたいな立ち位置に落ち着いてしまったらしい。
まあ、俺としてはこんな美人なお姉さんができるのなら何も言うことはないよね!
ただこの人、普段はにこにこしているぶん、怒るとめちゃくちゃ怖い。調子に乗ってはしゃいでいても大抵のことはくすくすと笑ってくれるが、笑顔のまま無言になっていたらもうレッドゾーンだ。それだけは注意深く見ておかないといけない。
でないとこの前のトラみたいになってしまうだろう。
ついこの間の話だ。宿屋に宿泊した時にうっかり女湯と男湯を間違えたトラは女性陣に袋叩きにされた上、フェレアさんに朝まで正座させられてお説教されたのだ。いつも『にひひ』と笑っているトラだが、この時ばかりは真剣な顔でマジ土下座していた。あんなトラの顔は久しぶりに見た気がする。
まあ、トラが女湯と男湯を間違えたのは俺が立て札を入れ替えるという知能的悪戯のせいなのだが。まさか脱衣所で気づかずそのまま中に入ってしまうとは俺も計算外だった。
すまんな、トラ。この秘密を俺は墓に入っても守り通していくよ!
「にひひ、それにしても凄いプレイヤーの多さだぁね。『ワールドマスター』のプレイヤーが全部集まってるんじゃないかって思うくらいだよん」
俺のそんな決意も知らず、トラはいつものように笑って通りを見渡していた。
無知は罪というけど、知らない方が幸せってことも世の中にはあるよなぁ、うん。
「『ワールドマスター』の中でプレイヤーが一番集った場所だというのは間違いないでしょうね。……それにしても凄い人の量だわ。………………燃やしたくなるわね」
ちょぉっとぉお! ナーガさぁん!? 最後の小さな呟きが怖すぎるんですけどぉ!
背筋が凍りつく空気を振り払うようにミヤが声をあげた。
「ね、ねぇ! まずは泊まる所を探しましょうよ。私もうくたくたなんだけど」
「それもそうだにー。これからの拠点を探そうよー。……あんまりお金かからない所を」
そうして俺たちは宿屋を幾つも回って空いている部屋を探した。城下町には数え切れないほどの宿屋があったが行けども行けども満杯だった。
そうやって馬に乗りながら大通りを見て回っていると俺の眼に異様な一角が飛び込んできた。
マントをつけた騎士や、兵士がわらわらと集まって何か作業をしているようだ。
何かあったのかと眼をこらすとまるで隕石でも落下したかのように直径五メートルはあろうかというクレーターが広がっていた。
ああいうものを昔はよく見た。だから俺は一目でピンときた。
隣接する建物が黒こげになって崩壊しかかっているところを見るにあれは――
「どうかしたの、まぁくん?」
「…………。……いや、何でもないよ」
俺はクレーターから視線を外して宿屋探しに戻った。
だがその後もなかなか空き部屋のある宿屋は見つからなかった。
探し疲れ、もう諦めてどこか道端にテントでも張ろうか、なんて冗談とも本気ともとれる話をしているところだった。粘り強く探し回ったかいもあって何とか空き部屋のある宿屋を見つけることができた。
割とお値段の張るお部屋だったので空いていたのだろう。我らが交渉人ナーガ様が『しばらく滞在するから』という理由を武器に宿屋の店主と言葉巧みに話し合った結果、『一ヶ月単位の契約』を条件にかなり値は落としてもらった。それでも日割り計算するとやっぱり結構な出費になっちゃうんだろうなぁ。
しかも宿屋っていうか、ここ普通に貸し部屋じゃん。
俺たちが辿り着いたのは台所や風呂まで完備され、高級ホテルさながらに清潔感のあるお部屋だった。そりゃ良いお値段もしますよ。
二階にある部屋ということもあり、窓からは人々が行き交う大通りなんかも見える。クールガイをモットーとする俺でもその景色には外国の街並みを見下ろしているような気分になってテンションが上がってしまう。
「さて、少し出てくるわ。荷解きをしておいて頂戴」
部屋に入るなり、ナーガはドアノブを掴んだ。
「もうか? どこに行くんだ?」と俺は問いかけてみる。
「決まってるでしょう。――値切り交渉よ」
ナーガは黒いドレスグローブに包まれた人差し指を立てた。その先にボッと炎が灯る。
まだ値切る気だったの!? 店主が可哀想っ! ってか、なんで炎だしたの!? 会話に必要ないよね!? 本当に値切り交渉だよね!? 信じてるよ!? ナーガさぁん!
顔を青くする俺たちへ追い討ちをかけるようにナーガは扉を閉める間際に呟いた。
「…………ここからはあなたたちに見せられないもの」
「「「なにをっ!?」」」
閉じられた扉に俺たちは疑問を投げかけられずにはいられなかった。
「あぁ~~、ベッド~~、私もうダメ~~。肉体的にも精神的にも疲れたぁ~~」
ふらふらと部屋を横断してミヤがベッドに倒れこんだ。ベッドの心地良さにだらしない顔したまま、すぅーっと眼を閉じるミヤちん。
引き締まったショートパンツのお尻に俺はごくりと生唾を呑んだ。その桃尻から伸びる白いふとももは俺のおさわり的スキンシップ衝動を掻きたてられる。ああ、なんて無防備な……。って寝る気ですか、ミヤさん!
うとうとしていたミヤの意識がベッドに沈んでいきそうになっている。それを見計らったかのように、悪戯っぽい笑みをミライが俺に向けてきた。『にしししっ』と笑う彼女の顔から察するにとても楽しいことを思いついたように見える。
そして彼女は足音を殺してベッドに近づくと大ジャンプしてミヤの背中に身を投げる。
ボディプレスを受けたミヤから「ぐえっ」とカエルが潰れたような声が漏れた。
「起きてミヤちゃん! 遊びに行こうよっ! 観光、観光っ! はやく観光! お買い物しようよ! ショッピングっ! ショッピングだよっ!」
「何すんのよ、あんたっ! 息が止まったじゃないっ! このっ、待ちなさいっ!」
「あはははっ! 起きた、起きたっ!」
きゃっきゃとじゃれあう元気な二人に呆れながら、俺とトラは荷解きを始めた。
「くすくす。二人とも、あんまり暴れて怪我しないで下さいね。私は紅茶を淹れてきます」
「あー、ありがと、フェレアさん」
台所に向かおうとする彼女に俺が紳士的に笑いかけたまさにその時だった。
『ひぃああぁあああぁああっ! も、もう簡便してくれぇええぇえっ!! だ、誰かぁあぁ! たす――もがっ』
しーーん……。
階下から店主の叫び声が聞こえて、途絶えた。俺たちは思わずそのまま身を固める。
しばらくして、トントンと階段を上がってくる音。扉が開くと億劫そうな表情をしたナーガが部屋に入ってきた。
固まっている俺たちを見ると急かすように彼女は手をぱんっぱんっと鳴らす。
「ほら、さっさと荷解きをして頂戴。日が暮れてしまうでしょう」
何をしてきたのか訊けるわけがなかった。っていうか、聞きたくない、マジで。
「しばらくここを拠点にすることを考えると……それはすぐに取り出せる所に置いておいて頂戴。セイギくん、そっちの棚よ。トラくん、それは奥でいいわ。セイギくん、そこじゃないわ、そっちの棚って言ったでしょう、この愚図。二度も言わせないで頂戴」
容赦なく俺たちをアゴで使ってくるナーガ様に俺たちは下僕のように従った。




