第二話 『あの《ユビキタス》か!?』
ミ、ミライのやつ……! な、なななな、なんてことを訊きやがるんだっ!
「……なんであんたらが焦ってんのよ」
ジト目で俺とトラを見てくるミヤちん。それに対して慌てたようにトラが言い繕う。
「え、えーっと! なんて言うかぁ、ナーガっちってあんまり恋愛沙汰には興味なさそうっただからにー。ほ、ほら大人っぽいっていうか、お、驚いちゃったかなぁ、にひひひ」
「…………そう。そういうつもりはないのだけれど、男性からすれば私はそう見られているのね……。こう見えて私は男女の営みに興味津々なのだけれど」
「「「それは知ってる」」」
ナーガ以外の全員が真顔で即座にそう返していた。
ナーガは思い返すように荷台から遠い目で景色を眺める。
「でも……そう、納得してしまうわね。だからあの人は……」
「え? それってどういうこと? も、もしかしてナーガっ! “魔王”に――!」
ぎゃぁあ、やめてぇミヤちんっ! それ以上その話を掘り下げないでぇええ!
と、その時だった。ミライが急に荷台から立ち上がった。
「ああぁっ! みんなっ、あれ、見てっ! お城っ! 城下町っ!」
言われて俺たちが横を見てみると木々の切れ目から広大な町が見えていた。
「――でか」とミヤは呟き、言葉を無くしてしまう。
「見えましたね。……あれがジョルトー城下町、そしてジョルトー城です」
でかい。でかすぎる。さすがは一国を治める中心都市。もしかしたら現実の世界で俺たちが住んでいる城東市よりも広いんじゃないだろうか。
山に埋まるように聳え立つ城――ジョルトー城のデカさもさることながら、その周囲に広がる建物の多さに俺は舌を巻いた。木々の間から見える光景そのすべてがジョルトー城下町だ。
「こ、これは驚いたぁよ、ホントに。……今まで見たCSNゲームの町で一番大きいや」
ああ、確かに。『ワールドマスター』のプレイヤー、その半分以上があの町を拠点にしているという話だったがそれも頷ける。
あんなにも大きな町なら大抵の情報、装備、アイテムは揃うはずだ。
俺たちはやっと『ワールドマスター』の重要拠点に到着しようとしていた。
あれから一時間ほどで無事、何事もなく山道を下りきり、俺たちの荷台は草原のあぜ道をごろごろと移動していた。
前方にはもうジョルトー城下町の関所が見えている。どうやら予定よりもかなり早く着いたようで、まだ日は高い。
関所では城下町に入る手続きを行っているのだろう、結構な人数のプレイヤーたちが列を作っていた。
「ひやぁ~っ、近くにくればくるほど大きい町だぁね。城の存在感も凄いにゃ~っ」
これだけ近くにくると俺たちのテンションも上がってきていた。
トラも感銘を受けたように関所の向こうに見える町並み、そしてその奥――かすかに見える巨大な城を見上げる。
奥に、横に、視界一杯に詰め込まれた城下町の広大さに呆けていると、ミライが俺たちに提案した。
「ねえねえっ! どうせならカッコ良く入場しようよっ! 私たちは《ユビキタス》でーすって! ヒーローみたいにババーンっと!」
大きくVの字に両手を広げるミライに、ミヤも同じように両手を広げた。
「いいわね! 私たちの良い宣伝になるじゃない!」
俺たち《ユビキタス》は『いつでも、どこでも、誰でもお助けする』を合言葉に何でも屋としての側面も持っていた。
この一ヶ月間、行く先々で輝かしい功績を残してきたので『名前なら聞いたことはある』というプレイヤーも少なからずいるんじゃないだろうか。
何でも屋として《ユビキタス》の更なる発展――巨大組織化を目指して、ド派手に城下町に登場というのはミライにしてはなかなか良い案だった。
「その案のったぞ、ミライ! お兄さんはこんな感じでいっちゃうぞ!」
馬の背で立ち上がるという曲乗りを披露しながら、俺は剣を高々と掲げ口上をあげる。
「ハッハッハ! 遠からん者は音にも聞けぇ! 近くば寄って目にも見よッ! 深き漆黒の世に舞い降りた光差す紳士っ――光戦士〈セイギ〉、ただいま参上ッ! あ、ナーガ。ここでドカーンッと爆発魔法な? ドカーンッと!」
「私はあなたのくだらない演出のために【破壊魔法】スキルを取得しているわけではないのだけれど」
上がり続ける俺たちのテンションと打って変わってナーガさんの態度は冷ややかだった。
「きゃーっ、光戦士様ぁー! まぁくん、かっくぃー! 惚れ直しちゃうよーっ!」
黄色い声をあげながらパチパチと拍手をするミライ。ふふん、そうだろうそうだろう。
「ぎゃーっはっはっは! 《ユビキタス》のエースであるこの俺っ、光戦士〈セイギ〉にすべて任せておきたまへー!」
「なぁにがエースよ。トラブルメーカーなお荷物のくせに」
「な、なんだとぉ!?」
ミヤの呟きに俺は勢い良く後ろへ振り返った。
だがそれがいけなかった。
もともと不安定な馬の背中だ。しかもその背中に立つなんて上海雑技団ばりに高等馬術を駆使していたもんだから、俺はバランスをもろに崩して落馬しそうになり――
「うぉっ!? わっわっ!」
俺の本能が体を支えようとしたのだろう、剣を馬のお尻にぶすりと突き刺してしまった。
「ヒヒィイィイーンッ!?」
お馬さまが目玉を飛び出さんばかりに前足を大きく上げた。そしてお尻の痛みから逃げるように猛烈な勢いで走り始める。
一頭がいきなり駆けだすものだから、釣られてトラが乗るもう一頭も弾丸が如く飛びだす。
「「ぬわぁああああぁあああ!?」」
「「「きゃあぁあぁああぁあ!」」」
なんとか馬の胴体にしがみついて落馬をまぬがれた俺は必死に手綱を引いて荒れ狂って爆走するお馬さまを止めようと試みてはいるが……一度、興奮してしまったお馬さまは土煙をあげて関所へと突っ走っていくじゃあないか……。
やばい、これはやばいいぃい!
関所で手続きを待っていたプレイヤーたちや、門番たちがこちらに気づいた。
そして、みんな一様に『げぇっ!?』という顔で逃げ出していく。
「ど、どいてくれぇえええっ! ぶ、ぶつかるぅうううう!!」
だが俺の必死な叫びも空しく俺たちは荷台ごと関所に衝突、突き破っていた。
ぶつかった反動で俺たちは宙をすっ飛んでいき、石畳へと華麗なヘッドスライディングを魅せる。
「な、なんだ、なんだ!? 何事だ!? 敵襲かっ!?」
「こいつら、いきなり関所をぶち破ってきやがった!」
ざわざわと、ばたばたと、混乱して騒がしくなっていく関所近くのみなさま。
プレイヤーたちも何事かと俺たちの一団を凝視していた。
「い、いつつつ……」と俺は打った腰を撫でながら上半身を起こした。
辺りを見回すと、そこはもうジョルトー城下町の中だった。
ミライはもちろん、トラやミヤもさすがにあの衝突事故の反動の中ではうまく着地することができず、地面にぶっ倒れていた。
ナーガとフェレアさんはすでに立っているところを見るに、うまいこと着地したらしい。どういう体幹してんの、お二人さん……。
俺は唖然として固まっているプレイヤーたちや門番たちを見回した。
うーむ、どうやらかなりダイナミックな到着を果たしてしまったらしい。
そりゃそうだろう。いきなり馬と荷台ごと関所を突き破ってくりゃ誰だってビビる。
「あいたたっ……」とミライもお尻を撫でながら顔をあげる。
そして何十人というプレイヤーたちから注目を浴びていることにミライは気づいた。
「きっ、貴様ら、何者だ!? ここが永世中立国家ジョルトーのお膝元だと分かっているのか!? 事と次第によっては説教程度では済まさんぞ!」
門番さんがめっちゃキレていた。ぶち切れバーニングだった。
そりゃそうだろう。俺たちは彼の職場をばっきばきに崩壊させてしまったわけだから。
問われてミライはハッとなった。
何かを思い出したらしい。
彼女はキリッとした顔ですぐさま立ち上がると、崩壊した関所をバックに声高々と宣言した。
「わ、私たちはっ! いつでも、どこまで、誰でもお助けする《ユビキタス》でーすっ!」
その空間一帯に、しーん、と静かな沈黙が流れる。
だが次の瞬間、そこにいる誰もが顎が落ちんばかりに口を開けて驚愕していた。
「ユ、《ユビキタス》だって!? それじゃあお前らがまさかっ――!!」
一層ざわざわとなり、その場のプレイヤー全員がその名前に反応する。
「ふふふ、どうやら各地方でこなした仕事の成果でわたしたちも有名になっちゃってるようだねっ……!」
ミライは腕を組んで仁王立ちし、満足げに『むふぅ』と鼻を鳴らす。
「ユクラの街の市街長を下着泥棒と間違って殴り飛ばした――あの《ユビキタス》か!?」
「《ユビキタス》って言えば依頼任務成功率一〇%以下のあの《ユビキタス》!?」
「銀行立て篭もり犯の身の上話に同情して一緒に立て篭もったあの《ユビキタス》か!?」
次々と飛び出してきた俺たちの輝かしい功績にミヤは両手で顔を隠して小さくなった。
「それ以上言わないでっ! 恥ずかしくて死んじゃうっ……!」
どんどんと集まる野次馬たちを見ながら俺は、『ジョルトー城下町の関所を突き破ったあの《ユビキタス》』というのも加わるんだろうなぁ、なんて他人事みたく思っていた。




