エピローグ
【二一五三年/地月五日/光の日/一三二三時/はじまりの世界/クノッソの村近辺】
ごろごろごろごろ、と車輪が地面を踏む音が響く。
二頭の馬が引っ張る荷台は遅くもなく、早くもなく、歩くような速度で道を進んでいく。
馬の背に揺られながら俺は太陽から注がれる日差しに手で影を作った。
「あぢぃ……。なんなんだ、あの太陽……。俺の服を脱がすつもりかぁ? 喜んで脱ぐぞ。全裸になるぞ、全裸。喜んでなるぞ」
「にひひ、まだ春が過ぎたばっかりなのにあっちぃねぇ。もしかしたら土地の関係とかで現実の世界と気候が違うのかなぁ」
もう一頭の馬の手綱を引くトラは手でぱたぱたと顔に風を送る。
荷台はミライたち女性陣の他に、食料や飲料、野宿するためのテントが積んである。村の人たちがわんさか荷台に積むものだから、馬もこの荷台を引くのは一苦労だろう。
俺たちは今、クノッソの村を離れ、ジョルトー城下町を目指している。
後ろを振り返ると、クノッソの村が小さく見えていた。
村は豪雨の中だったとはいえ七割以上が全焼してしまった。牧場も農場も駄目になってしまい、その被害は甚大だ。元の姿に戻すにはかなりの時間がかかってしまうだろう。
亡くなった人たちも多く、俺たちは村の人たちと一緒に墓をつくって彼ら、彼女らを埋葬した。葬式は教会でしめやかに執り行なわれ、俺たちはジョルトーの慣わしに倣って亡くなった人たちとの思い出を語っり、ジョルトー国の鎮魂歌を歌った。
教会が建っているのだからあるんだろうなとは思っていたけど、ジョルトー国にも宗教という概念はあるのだ。アウロラ教と呼ばれる宗教で、なんでもジョルトー国のみならず各世界で最も広まっている教えらしい。
閑話休題。
明くる日、案の定というか予想通りに村の復興を手伝うと申し出たミライだったが、村のみんなはそれをやんわりと断った。
俺たちには予定通りジョルー城下町へ向かって欲しいというのが村の総意だった。
それに村のみんなが言うには復興の手助けには当てがあるらしい。
それが誰のことなのか、俺たちには分からなかったが『気難しいが信頼できる連中』なんだとか。まあ、村のみんなが信頼できると言う人たちなのだからきっと大丈夫なのだろう。
次に俺たちが帰ってきた時にはでっかい街にしてやると意気込んでいた。
《バンデット》から取り返した金品や食料は夜更けを待って、俺とトラで村の入り口へ運んだ。今朝、起きだした村人たちは戻ってきた村の財産に首を傾げていた。
ちなみに、《バンデット》たちを探し出して叩きのめしてやると意気込んでいた女性陣を宥めるのにも苦労した。結局、『相手は八人。こっちは五人。同レベルなら勝てない』というトラの説得が功を奏して、復讐案は棄却されたのだった。
それでも三人は腹に据え兼ねているらしく、『見かけたら倒す』らしい。
まあ、二度と俺たちの前に顔を見せることはないだろうけど。
何にしても俺たちは村のみんなに笑顔で送り出されたのだった。
俺は小さくなっていくこの世界での故郷から視線を前へと戻した。
「よぉーし、決まったよっ! ついに決まっちゃったよっ!」
さっきから揺れる荷台の上で紙に向かって唸っていたミライがいきなり声をあげた。
「なによ、急に大きな声をだして。びっくりするじゃないの。で、何が決まったの?」
鉄靴の手入れをしていたミヤが眉をひそめる。訝しがる俺たちを見回してミライはにぃっと悪戯っぽい笑みを浮かべると、立ち上がって咳払いを一つする。
「えぇー、コホン。わたしたちのセルズ名とエンブレムが決まりましたっ!」
ああ、そういえばまだ決まってなかったんだっけ。
「あら、やっと決まったのね。どんな名前にしたのかしら」
読書をしていたナーガは本をぱたっと閉じて、ミライを見上げる。
ミライは自分で「じゃ~んっ!」と効果音を口にだして紙を俺たちへ表向けた。そこにはサイバーセルズの名前と、大きくエンブレムが描かれて……いるのだが……。
「えー、我々は《ユビキタス》とします! エンブレムはお花に天使の羽を生やしてみましたー! ねっ、ねっ、可愛いでしょ~?」
何の花なのかはミライの素晴らしい絵心のおかげで分からないが、中央に赤い花が花びらを広げ、その左右には三枚づつ計六枚の羽が描かれいてた。
いや、ミライさん。その六枚羽は明らかにジョルトー国の紋章に感化されてますがな。
「……ユビキタス……いつでも、どこでも、誰でも、神はあまねく存在する、ね。ミライ、あなたの口からそんな高尚な言葉が出てくるとは思ってもいなかったわ」
「……へっ? なにが?」とミライは眼をぱちくりとさせていた。
「………………」
どうやらあんまり意味は分かっていないらしい。
ナーガは額に手をあてて、沈黙してしまっていた。
「今回の件でわたし思ったの! 色んな手助けをするサイバーセルズにしたいなぁって! 情報生命体の手助け、プレイヤーの手助け何でもやっちゃうよ! 何でも屋だよっ! 宣伝文句も考えたよっ! ズバリ『私たちはいつでも、どこでも、誰でも、お助けする《ユビキタス》です』!」
「……カ、カッコわる……! そこらへんの怪しい探偵事務所の方がまだよっぽど良い宣伝文句をうたってるんじゃないの……?」
残念ながらミヤの言葉に賛同せざるを得なかった。まあ、明日野未来の自己紹介を知る身としちゃ彼女が考えればこんな風になるのは予想済みだったけどね!
「ん~~、そっかなぁ? 良い宣伝文句だと思ったんだけどなぁー」
ミライは自分が描いた紙を見直して首を曲げる。
そして、ミライはさっきから会話に参加していなかった彼女へと紙を見せた。
「ねぇ、フェレアさんはどう思う!? カッコいいよね!?」
呼ばれ、もう遥か遠くになるクノッソの村を見つめていたフェレアさんはこちらへ振り返り、ミライから紙を受け取る。
「……くすっ。そうですね。私も良いと思いますよ。ミライらしいです」
フェレアさんはにっこりと微笑んだ。今、くすって笑ったよね? 笑ったよね? フェレアさん、そういうこと言うとミライが調子に乗っちゃうから!
「だよねっ! なんでみんな分からないかな~! この名前が、このエンブレムが『ワールドマスター』という壮大でたくさんの情報生命体と人間がいる世界で一番になるセルズなんだよ!」
わーきゃー話し合う騒がしい荷台の上、俺はくすくすと笑うフェレアさんを見た。
そう、フェレアさんは生きていた。
火事がおさまった村で、俺たちが村の人たちの手当てをしている時だった。いきなりフェレアさんがむくりと起き上がったのだ。あの時は本当に心臓が止まるかと思った。
ミライなんかは『ぎゃーっ! 成仏してフェレアさぁん!』と泣き喚いていた。
死んだと思ったのは俺たちの早とちりで、フェレアさんは力尽きて気を失っていただけだったらしい。……っていうか、明らかに死んでたはずだが……。当の本人も『あれ、私……生きてる……? どうして……』なんて驚いていたが、俺たちの驚きも並大抵のものじゃなかったのは言うまでもない。
あちこち青痣や切り傷は作っているものの、見た目以上に彼女は元気だ。
致命傷に思われたお腹の傷は内臓までは達していなかったようだ。もう傷口は縫ってあるがだいぶ血を流してしまったこともあり、二週間ほどは急激な運動をしないように村のみんなに念を押されていた。
女性には酷な話だが、左横腹からおへそ辺りまで裂いたその傷は一生残ってしまうらしい。
もっとも、彼女は『村を守ろうとした勲章です』なんて男前なことを言って笑っていたが。
そうして、フェレアさんは城下町に着くまで俺たちの旅のお供をすることになった。
フェレアさんはフェレアさんで城下町にいるお姉さんに用があるのだ。
眩しい太陽の光にフェレアさんの胸元ではミライの手から戻ってきた六枚羽の紋章が輝いていた。
「そういえばセイギさん。【雅穿】を使えるようになったんですね」
「ああ、そうそう。……あれ? なんでフェレアさんその事知ってるの?」
「え?」
「え?」
俺とフェレアさんはお互いに見詰め合って眼をぱちくりとさせた。
「…………。あれ? そういえば……なぜ、でしょうか?」
フェレアさんは不思議そうに視線を上にして考え込みはじめる。
……どうやらこの世界では摩訶不思議な現象が起こるらしい。
俺は腕を組むフェレアさんから視線を外して、前に向ける。
道は長く長く、伸びていた。
フェレアさんはこの世界の戦争を止めるため――
ミライたちは『ワールドマスター』を攻略するため――
そして俺は過去と決着を着けるため――
ゆっくり、ゆっくりと――荷台はジョルトー城下町へ向かっていた。
了




