第三話 『万年BQ最下位』
「いいか、よく聞くんだ、明日野さん。虎雄は俺が小学校の時からの幼馴染なわけですよ」
「私だってまぁくんが小学校の時には幼馴染だったよっ!」
「はい、ストーップ。明日野さん明日野さん。よぉく考えてくれやがれ、ぶち殺がすぞ。あなたが俺の幼馴染なら虎雄とも幼馴染でないとおかしくはないだろうか?」
「えっ。私、本郷くんとは今日初めて会ったよ? あれ? どういうこと? ……もしかして……まぁくんが二人いるってこと!? に、にへへへ、ど、どうしよう……まぁくんが二人いたら、きゃーっ、まぁくんに挟まれたらわたし困っちゃうよぉ、にへへへ」
俺もその胸に挟まれたら困っちゃうよ、にへへへ、という台詞は脳内で止めておこう。
にやにやとだらしなく相好を崩してとろけだす明日野さんの両頬を俺は引っ張った。
「変な妄想から戻って来い異次元人がっ! お前が俺の幼馴染なわけないんだよっ!」
「えぇ!? なんで幼馴染じゃなくなるのぉ!? わっかんないよぉ~!」
「正義くん。この子、どうしたのさー? またナンパでもしたのかに?」
「よぉし、虎雄くん。まずまるで俺がいつもナンパしてるような言い方をやめよっか。聞いてのとおり明日野さんが俺の幼馴染だって言い張ってるんだよ。けど覚えないだろ?」
「んー、確かに明日野さんと遊んだ覚えはないねぇ。つまりどういうこと?」
「明日野未来という顔と体つきが魅力的な少女は、俺の幼馴染という妄想にとりつかれたイタくて電波で頭の悪い異次元変人ということだな。……可哀相に」
「がぁーんっ! それはあんまりだよっ、言いすぎだよ、まぁくん! せめてイタくて電波で頭の悪い変人くらいまでにグレードをおさえてよっ!」
そこまでの自覚はあったんだねっ! 自覚があるなら直してくださいよっ!
「…………可愛いのにもったいないにー……」
虎雄が残念そうな顔をした。それには全面的に同意する。そうして虎雄と共に明日野さんという黙っていれば完璧な惜しい存在を見つめていると、急に後ろから声がかかった。
「……あれ? 本郷じゃないか。こんなところに突っ立って何してるんだ」
振り返ると、そこには髪を後ろで結ったイケメン――相馬栄治が立っていた。
相馬は虎雄の隣にいた俺を見とめると、あからさまに嫌そうな顔をした。
おうおう、なんだ優等生め! 登場するなり眉なんか曲げちゃって! 失礼しちゃうわね、ぷんぷん!
「……本郷。お前、いい加減に黒猪に付き合うのはよせよ。こんな奴とつるんでいたらお前までBQが下がるぞ。せっかくの頭脳を大事にしろ」
嫌そうな顔に対抗すべく両手で顔を潰して変顔をする俺から虎雄へ相馬は向き直った。
BQ――頭脳指数とは簡単に言えばどれだけ頭の回転が早いのか、その人物がどれだけ秘めた潜在能力を持っているのかという数値だ。サイバー社会と化した現代でその人の価値を示す数値と言い替えてもいい。しかし間違ってはいけないがBQが良いから何でも知っているということじゃあない。BQは飽くまで伸び白を数値化しただけのものだ。しかもその時の精神状態などによって変動したりもする。
もちろん、知識を身につける努力をしなければ、その能力を開花させなければ宝の持ち腐れ。
結局は生かすも殺すも本人の努力しだいということである。
それでもBQが高いというのは多くのメリットだ。
この数値が高いだけで就職が有利になったりと、世間からは羨望の眼差しを受けることになる。
彼――相馬栄治のようにだ。
俺を馬鹿にするのもその筈、相馬はBQテストで155という高数値を叩きだしていた。天下の城東学園でなんと学年九位の生徒なのだ。そんな彼はもうすでに様々な企業や各国政府機関からスカウトを受けているエリートくんなのだ。
まあ、そんなわけで現社会ではBQを伸ばすこと――自己の能力開発が世界共通で重要視されている。国や教育機関がCSNゲームに肩入れするのもこれが要因だったりする。
脳細胞や筋肉細胞を刺激し活発化させるCSNゲームは個人の特質、新たな才能を成長させたり、目覚めさせるきっかけになるんだそうな。
「にひひ。そっちはどうしたの? 今日は『ワールドマスター』がオープンする日っしょー。相馬っちのことだからもうCSNサーバで仲間たちと集まってると思ってたけど」
「人が多すぎて戻ってきたんだよ。オープン直前にまた向こうに移動するさ。なあ、本郷……本当に『ワールドマスター』やる気ないのか?」
その問いに虎雄は俺へと視線をやった。
「うーん、それは正義くんしだいかにゃー。正義くんが『やる』と言えばやるけど?」
虎雄の俺しだいという言葉に相馬がこちらを睨んだ。なので俺は胸を張ってやった。
「黒猪。お前、学年末のBQテストの数値はいくつだった?」
「フッ。恐れ多くも俺のBQを訊いてしまったな、相馬。ならば、聞いて慄け! 俺のBQは48だ! お前は学年九位だが俺は学年一位だぞ!」
「お前の場合、下から数えて一位だろ! どうしてお前は平均BQ143もある天下の城東に入学できたんだよ!」
ちなみに、去年の調査で日本のBQ平均は113らしい。
俺は世間的に下位も下位、底辺を這いつくばっているような、どこにも必要とされていない人間だったりする、てへっ。
「まあまあ、そう毛嫌いするなよ。同じクラスメイトじゃないか! 仲良くしようぜ!」
俺は爽やかな笑顔で相馬の肩に腕を回して親指をたてて見せた。
「やめろ! 馬鹿がうつるだろっ! お前と違って俺は目標を持って生きてるんだ!」
ひ、ひでぇ! 俺だってオケラだってみんなみんな生きているんだっ! 友達なんだ!
「ったく、お前みたいにだらだらと無駄に生きてるだけの人間と一緒にするなよな」
相馬が放った言葉に虎雄は「あっ」と声を漏らした。
俺の禁止ワードを知っているからこその反応だった。
「無駄……だぁ? 今、お前、無駄って言ったか?」
俺はすっと相馬から少し距離をとった。そしてぐっと低くしゃがみ込み――
「俺は無駄だと決め付けられるのが大嫌いだああぁッ!!」
天を突くようなアッパーカットで相馬の顎を打ち抜いていた。
「ぎゃごふっ!? い、いきなり何するんだ、この馬鹿ッ! 本郷、なんとかしてくれ!」
きしゃーっと両手を広げて威嚇する俺に、相馬もたじたじだ。
「にひひ、相馬っちは《ハッカー》になりたいんだよねん」
ほぇー、相馬って《ハッカー》目指してたのか。わざわざ茨の道を選ぶとは……。
電脳犯罪が横行する昨今では国営の電脳犯罪対策ユニット《シグナル》だけでは対処できない数にまで昇る。そこで登場するのが《ハッカー》だ。《ハッカー》はフリーランスで動くサイバーエージェントだ。高額な報酬と引き換えに多岐に渡る仕事を引き受けてくれる。だが独自で動かなければならない分、必要とされる能力は《シグナル》よりも高い。
聞いた話だけど、幾つもの条件をクリアしないと、そもそも《ハッカー》の免許試験さえ受けられないらしい。加えて年に一度行われる試験はこの世で一番狭き門だ。その狭き門を潜り抜け免許を得た《ハッカー》でさえ、平均すると一三回も試験を受けているのだとか……。
なんていうか、平均で一三年かかるとか普通は心が折れるよね!
「なあなあ、相馬っち! 《ハッカー》になったら俺のためにグラビアアイドルの部屋をパソコンから覗けるようにしてくれよ! 報酬はアイス買ってあげるからさ!」
そんな俺から相馬は視線を外すと心配そうな表情で虎雄の肩に手をおいた。
「なあ、本郷。悪いことは言わない。お前、俺のセルズに入れ」
相馬は城東学園で多くのメンバーを持つサイバーセルズ《ホワイトフォース》のリーダーをしていたりする。BQの高い人が集結した《ホワイトフォース》は城東学園でも有名なエリート集団なのだとか。CSNゲーム界でもそこそこ有名らしい。虎雄はBQ162を出したことある有能人物だからきっと喉から手が出るほど欲しい人材なんだろうなー。
俺は相馬の肩に手を置き、真剣な顔で声を大にした。
「断る!! 悪いが俺のことは諦めてくれ!! ごめんな、ポニーテール!!」
「お前みたいな落ちこぼれは誘ってないっ! って、どこがポニーテールだッ!!」
おもにその後ろに結わえた黒髪が。男でポニテでイケメンとか主人公っぽい奴だなぁ。しかもセルズリーダーだと? モテるんだろうなぁ。くそっ……爆ぜろっ……!!
俺が両手をわきわきとさせて相馬に念を送っていると、虎雄がいつものように頭の後ろで両手を組んで笑う。
「にひひ。俺は正義くんが『入る』って言ったところに入るよん」
それを聞いた相馬はやれやれと肩を落として嘆息する。
「本郷。お前みたいな奴がどうしてそこまで黒猪に入れ込んでるんだ」
「相馬っちは正義くんのことを何も知らないっしょ。こう見えて正義くんはやる時はやるよん。きっと本気の正義くんが相手じゃ相馬っちや俺じゃ足元に及ばないと思うよん」
虎雄のその台詞に相馬は眼を点にしていた。
そりゃそうだろう。学年六位と九位が学年最下位の足元に及ばないだって?
なんだその世界法則を捻じ曲げるような俺のキャラ設定は……。
これには相馬も俺も大爆笑してしまっていた。
「はーっはっはっは! 黒猪の本気だって? くっくく、冗談キツいぞ、本郷。万年BQ最下位の黒猪がどう足掻いても本郷どころか俺にさえ勝てないって」
「はーっはっはっは! 俺の本気だって? くっくく、冗談キツいな、虎雄。万年BQ最下位の俺様がどう足掻いても虎雄どころか相馬にも勝てるわけないだろ、ハッハッハ!」
相馬と同じように大爆笑した後、俺は二人に背を向けて目元をぬぐった。
そこでいきなり今まで黙って事の成り行きを見守っていた明日野さんが口を開いた。
「ダメだよっ! まぁくんはわたしのセルズに入るんだから! 勝手にスカウトしないでよっ! わたしからまぁくんをとるなんて許さないよっ!? 刺すよ!?」
「あ、ごめん……さ、刺す――って、いや……別に黒猪は誘ってないんだけど――」
今まで気づいていなかったのか、相馬が明日野さんの方を見た。そして固まった。
相馬は驚いたように眼と口を開いて呆けていた。みるみるうちにその顔が赤く染まっていく。……ああ、分かる、分かるよ。びっくりすぐらい可愛いよね、この子。びっくりするぐらい馬鹿だけど、この子。
「あ……え、えっと、あの……お、お名前を! 聞かせて頂いてよろしいでしょうか!?」
急に体をカチコチに硬直させて丁寧語になっていた。そんな相馬に虎雄が顔を横にして笑いだすのを耐えているようだった。そ、相馬くぅーん、なんて分かりやすすぎる男の子なの……。でもボクァきみのそういうところ好きだなぁ。……からかい甲斐があるから。
「わたしは明日の未来に羽ばたく明日野未来だよ! よろしくね!」
その選挙候補者のような自己紹介に俺と虎雄は相馬もツッコミを入れてくれることを期待した。だが、状況は俺たちの遥か斜め上へとかっ飛んでいた。
「…………明日野……未来、さん……! ほ、惚れた……! ……好きだっ……!」
ホームランだった。相馬の静かな呟きに俺と虎雄は思わず吹きだしてしまい慌てて口を塞ぐ。しかし、すぐに相馬は冷静になって彼女の名前を口の中で反芻させ始める。
「明日野……未来、さん……? って、ま、まさか! もしかして一ヶ月遅れで特区から転校してきたあの明日野未来さん!? ほ、本当に!? あなたが!?」
「うん、そだよー。GW終わってから初登校だよっ。今からドキドキだよぉ!」
な、なんだなんだ? 相馬の尋常じゃない驚きようは……。彼女のことを知ってるのか?




