27話 頼ってほしいのに
翌日まで誰にも会わないまま、食事も人を避け、自室に運んでもらった。
このままじゃいけないことはわかっている。全部自分が悪いということも。それでも気持ちが切り替えられないまま、ぼんやりとする頭でクラリスさんからもらったタッセルを握りしめる。
本当はクラリスさんに会うのも今は避けたかったが、一目だけでも会いたいと思う矛盾した気持ちもあった。
男爵に薬を届けなければいけないから、自分にそう言い訳をして沈んだ気持ちのまま馬車に乗り込んだ。
ベルモント領に着き、クラリスさんの屋敷へまっすぐ向かう。ちょうど正面から見たことのない人たちが歩いてくるのが見えた。
(冒険者……なのかな)
あまり外から人が来ない土地だが、ギルド支部もある町だ。冒険者が訪れていても不思議ではない。
旅の中で立ち寄ったのだろう。そう思ってすれ違った時、耳を疑う会話が聞こえた。
「領主の娘さんかわいかったな」
(……えっ)
彼らはそのまま会話を続けているが、僕の足は歩みを止め、その会話にじっと聞き耳を立てる。
「お願いしますね、なんて手まで握ってもらっちゃって」
「ありがとう!って笑ってくれたのほんとかわいくてさ」
わいわい盛り上がる彼らの声に僕の心は急速に冷えていく。
(僕は、頼られたことなんてないのに……)
そのまま視界から彼らが消えても、僕は呆然とただ立ち尽くしている。
お願いしますと頼み事をして、ありがとうと輝くような笑顔を彼らに見せたんだ。
息が詰まって苦しくなる。知りたくなかった。知らなければ、こんなに苦しくなかったのに。
気づかないうちに、ポケットに入れたままのタッセルを服の上から握りしめていた。
屋敷まで進んでいくとクラリスさんが庭へ出ているところだった。こちらに気が付き小さく手を振ってくれる。
「こんにちは。今日は一段と冷えますね。中へどうぞ。温かいものを用意するわ」
「クラリスさん……」
とてもいつものように話せず、鉛のように重い足も、もう動かせない。
「ノエルさん……?あの、どうかしたの?」
心配そうな顔をして彼女は近くまで来てくれるのに、それでも僕は黙っているしかできない。
「あの……。えっと……」
俯いたまま黙りこくっている僕に戸惑っているんだ。
「……今日ね、珍しいお客さんがギルドに来ていて……」
「聞きたくありませんっ!」
どうしようにもなくなった彼女が何か話題を、と話し始めたのは一番聞きたくないこと。
気がついた時には大声で遮っていた。
「えっ……と……」
驚いたクラリスさんの瞳が大きく揺れている。口を開いて微かに息が漏れるのが聞こえるが、それ以上は言葉になっていなかった。
「どうして……」
言うな言うなと心が警鐘を鳴らすのに、もう止められなかった。
「そんなに僕は頼りなかったですかっ!?」
言葉にしてしまったら、心の真っ黒な部分が全部溢れてきて、気づけば涙がこぼれていた。
「僕、あなたを支えたいと……ずっと、そう思っているのに……」
言葉はもう取り戻せなくて。涙を拭うことも忘れてしまった。クラリスさんは震える瞳で僕を見つめたまま。
「………すみません。今日は帰ります」
手に持つ薬をクラリスさんに押し付けるよう渡し、そのまま背を向けて走り出す。
「ノエルさん!」
彼女が引き止めようと手を伸ばしたのは分かったが、拒絶するようにそのまま走り続けた。
彼女の戸惑い傷付いた顔が脳裏にこびりついている。誰よりも大切にしたい人だったのに。
真っ黒な雲に覆われた冬の空さえも、僕を責め立てているようだった。




