第⑱章:白樺の向こう側 (3)
考え始めてから、実際にはそれほど時間が経っていなかったと思う。
せいぜい数分だ。けれど、その数分の間に俺の頭の中では、いくつもの可能性が生まれては消えていた。トランプを選んで本当に大丈夫なのか。アヒルフェの言うことを信じていいのか。そもそも、物品によって能力の方向性が変わるという説明自体、どこまで正しいのか。もっと自分に合ったものがあるのではないか。そんなことを考え始めると、きりがなかった。
ただ、いつまでも迷っているわけにもいかない。
慶楽たちが言っていたように、ここは学校の中だ。誰かに見つかる可能性もあるし、何より、俺自身が早く逆世界に入りたいと思っていた。ここまで来ておいて、トランプを握ったまま何十分も悩み続けるのは、さすがに格好が悪い。
それに、結局のところ、俺が一番恐れているのは選択を間違えることだった。
せっかく手に入るかもしれない力を、自分の判断ミスで台無しにしたくない。もちろん、アヒルフェが本当に俺のことを考えているとは限らない。あいつは自分の目的を優先するし、俺を利用することだって隠していない。だけど、少なくとも今のところ、俺にとって都合の悪いことばかりを言っているわけでもない。トランプが適しているという説明にも、それなりの説得力はあった。
何より、俺は役立たずになりたくない。
慶楽も銅崎も弥源治も、俺より先に逆世界で活動している。三人がどんな能力を持っているのかはまだ知らないけれど、少なくとも自分の物品を選び、実際に使いこなしているのだろう。そんな中に入って、俺だけ何もできなかったらどうなる? 危険な場所で足を引っ張り、助けてもらうだけの存在になる。いや、それどころか、戦闘になったときに何もできず、ただ守られるだけの人間になるかもしれない。
それは嫌だった。
俺は別に、最初から最強になりたいわけじゃない。そんなことを言えば、さすがに欲張りすぎだろう。けれど、自分にしかできないことが欲しい。攻撃でも、防御でも、召喚でもいい。何か一つでも、仲間に必要とされるような能力が欲しいのだ。
だから、今回はアヒルフェの言葉を信じてみることにした。
もちろん、全部を信用するわけじゃない。こいつの言葉には、いつだって何かしらの思惑が混ざっている。それでも、俺が望むものと、アヒルフェが勧めているものが一致しているなら、今はそれでいい。
「……よし」
俺は小さく呟いて、顔を上げた。
「慶楽先輩。俺、もう大丈夫です。始めてください」
「決まったか?」
「はい。これでいきます」
俺は手元のトランプを持ち上げた。慶楽はそれを確認すると、静かに頷いた。
「分かった。それなら、次元の水たまりに心気を染み込ませてくれ。難しく考える必要はない。お前がそれを自分の象徴として選んだことを意識すればいい」
「具体的には、どうすれば?」
「まずは物品を水たまりに触れさせる。そのうえで、自分が何を表現したいのかを考える。心気の扱い方が分からなくても、最初は問題ない。逆世界との共鳴が起きれば、物品のほうが反応するはずだ」
「……分かりました」
俺はトランプの箱を両手で持ち直した。
『良い選択だ』
頭の中で、アヒルフェの声がした。
『ようやく決断したか。無駄な迷いに時間を費やす必要はなかったな』
「お前のために選んだわけじゃないからな」
『ほう?』
「俺が役立たずになりたくないからだよ。慶楽先輩も銅崎先輩も弥源治も、たぶんそれなりに使える能力を持ってるんだろ。俺だけ何もできないとか、そんなの絶対に嫌だからな」
『ふむ』
「それに、俺はサポート役とか、チームの精神的支柱とか、そういうのをやりたいわけじゃない。いや、そういう役割が悪いとは言わないけど、俺がそれだけになるのは嫌だ。戦闘になったら後ろで応援して、みんなが傷ついたら励まして、危なくなったら逃げるだけの人間なんて、絶対に嫌だからな」
『……お前は本当に、くだらないことにこだわる』
「くだらなくないだろ」
『まあいい。少なくとも、お前が自分の無力さを嫌っていることは理解した。ならば、その選択に後悔しないよう努めることだ』
「言われなくても分かってるよ」
口ではそう返したが、少しだけ気持ちが落ち着いた。自分が何を望んでいるのか、ようやくはっきりした気がする。強くなりたい。面白い能力が欲しい。誰かの後ろに隠れるだけではなく、自分の力で何かを成し遂げたい。単純だが、今の俺にはそれで十分だった。
俺は慶楽が持っていた透明な容器を受け取り、洗面台のほうへ移動した。そこには大きな鏡があり、普段なら自分の顔や髪型を確認するために使うものだ。白い洗面台には、古い水垢が薄く残っている。蛇口の根元には小さな錆があり、鏡の端には拭き残しのような曇りがあった。学校の設備としては、まあ普通だろう。
ただ、今はその鏡の前に、普通ではないものが置かれている。
「ここに置けばいいんですか?」
「そうだ。鏡の前に容器を置いてくれ」
言われたとおりに、俺は容器を洗面台の上に置いた。黒っぽい液体が、容器の中でゆっくり揺れている。鏡には洗面台と容器が映っているはずなのに、その中身だけは、やはり普通の水のようには見えなかった。表面には、あの存在しない空が浮かんでいる。
「では、トランプを出してくれ」
俺は箱を開けた。
中からカードの束を取り出す。新品なので、カード同士が少しだけくっついている。指で端を揃えると、紙が擦れる乾いた音がした。スペードのエースが一番上にあった。黒い剣のような模様が中央に描かれている。カードゲームなら強い役に使えるし、何かの象徴としても分かりやすい。最初の一枚がこれだったのは、ちょっとした幸運かもしれない。
「それを、次元の水たまりに触れさせてみろ」
俺はカードの束を持ったまま、ゆっくりと容器に近づけた。
『躊躇するな』
「分かってる」
『ならば、さっさとやれ』
「少し黙ってろって」
俺は息を止めるようにして、カードの束を黒い表面へと近づけた。
そして、触れた。
その瞬間、指先に奇妙な感触が伝わった。
水に触れたわけではない。油でもない。もっと柔らかく、粘り気のあるものだった。例えるなら、ゼリーとジェルを混ぜたような感触だろうか。カードの端が表面に沈み込むと、黒い物質がゆっくりと広がり、紙の隙間へ入り込んでいく。液体が染み込むというより、薄い膜がカード全体を包み込んでいるようだった。
「うわ……」
思わず声が出た。
気持ち悪い、というほどではない。けれど、明らかに普通の水ではない感触だった。カードの束を少し持ち上げようとすると、表面が糸を引くように伸びた。黒い膜がカードにまとわりつき、しばらくしてからゆっくりと切れる。指先には何も残っていないのに、触れた感覚だけが妙にはっきりと残っていた。
「そのまま、しばらく意識を向けてみろ」
慶楽の声に従い、俺はカードを持ったまま目を閉じた。
自分を表すもの。
トランプ。
俺がこれを選んだ理由。
格好いいから。いろいろな使い方ができそうだから。カードを使う魔法使いになりたいから。遠距離から攻撃したいから。自分だけの能力が欲しいから。
そんな考えが、頭の中を順番に流れていった。
それらが本当に俺の内面を表しているのかは分からない。もしかすると、もっと深い理由があるのかもしれない。でも、今の俺にとってはこれが答えだった。
俺は、トランプを選んだ。
そして、これを使って戦いたいと思っている。
誰かの真似でも、ゲームのキャラクターの模倣でもいい。最初はそういうものから始まったとしても、いつか自分だけの能力にできればいい。
そう考えているうちに、カードの束がほんの少しだけ熱を帯びたような気がした。
目を開ける。
見た目には、特に変化がない。黒い膜も消えていて、カードは元のままだった。表面が濡れているわけでもないし、色が変わったわけでもない。普通のトランプにしか見えない。
「……これで終わりですか?」
「ひとまずはな」
慶楽が容器を確認した。
「心気が染み込んだはずだ。これでお前の通行証ができた。逆世界に入ったあと、どんな形で表れるかを確認しよう」
「本当にこれだけでいいんですね」
「最初はな。能力を使いこなすためには、これから経験を積む必要がある」
俺はカードの束を箱に戻し、鞄にしまった。
何かが起きることを期待していたのに、実際には何も起きなかった。もっと派手に光ったり、カードが宙に浮いたり、黒い模様が浮かび上がったりするのかと思っていた。そういう演出はないらしい。まあ、現実なのだから当然かもしれない。ゲームのチュートリアルのように、画面いっぱいに文字が表示されるわけでもない。
「さて、準備はできたな」
慶楽が言った。
「これから俺たちが先に入る。お前はそのあとについてこい」
「先に?」
「初めて入る人間は、どんな反応をするか分からない。気分が悪くなったり、転倒したり、場合によっては吐いたりする。俺たちが先に入っておけば、何かあったときにすぐ対応できる」
「……吐く可能性、そんなに高いんですか?」
「初回なら、かなり高いと思っていい」
「それ、さっきも聞きましたけど」
「念のためだ」
慶楽は少しだけ俺の身体を眺めた。
「それと、一つ確認しておきたい。お前は普段、ちゃんと食事をしているか?」
「食事ですか?」
「ああ。食べる量や、栄養の偏りについてだ。運動はしているか?」
突然、健康診断のような質問になった。
「えっと……普通だと思います。母さんが料理してくれるので、食事はちゃんと食べてますよ。野菜も肉も魚も出てきますし」
「量は?」
「まあ、普通くらいです」
「甘いものや塩分の多いものはよく食べるか?」
「いや、そんなに食べないです。そもそも、何かをたくさん食べたいっていう気持ちがあまりないので」
「食欲がないのか?」
「ないわけじゃないですけど、特に好きなものがあるわけでもないというか……。お腹が空いたら食べるし、出されたものは普通に食べます」
慶楽は俺の顔を見たあと、少しだけ視線を下げた。身体全体を確認するような目だった。
「見たところ、あまり運動はしていないようだな」
「……してないですね」
「やはりか」
「いや、でも、学校には通ってますよ」
「学校に通うことと、運動することは別だろう」
「それはそうですけど」
「普段、どのくらい歩く?」
「家から学校までの道くらいです。あとは校内を移動するくらいで……」
「体育の授業は?」
「あります」
「それ以外は?」
「特にないです」
「部活動は?」
「入ってません」
慶楽は短く息を吐いた。
「つまり、日常的な運動習慣はほとんどないということだな」
「……はい」
何だか、急に自分の生活を説明させられている気分になった。しかも、相手は同じ学校の先輩である。別に怒られているわけではないのに、少しだけ居心地が悪い。
実際、俺は運動が好きではない。体育の授業は最低限こなすが、それ以上のことをするつもりはなかった。放課後に部活動へ参加するより、家に帰って漫画を読んだり、ゲームをしたり、動画を見たりするほうがずっといい。休日だって、わざわざ外へ出る理由がなければ家にいる。
運動らしい運動と言えば、学校から家まで歩くことくらいだろう。しかも、それだって通学のために仕方なく歩いているだけだ。
「まあ、今後は少し考えたほうがいい」
慶楽は淡々と言った。
「逆世界では、身体能力や体力がそのまま生存率に関わる。能力があれば何とかなるというわけでもない。お前の場合、まずは最低限の体力をつけるところから始めたほうがいいだろう」
「そうですね……。体育の授業はあるし、もしかしたら部活にも入るかもしれません」
「部活に?」
「いや、担任がクラス全員に何かしらの活動をさせようとしているみたいで。たぶん、そのうち何かに入ることになると思います」
「それはいいことだ。だが、授業や部活動だけに頼らず、普段から身体を動かすようにしたほうがいい」
「分かりました」
正直、あまり乗り気ではなかった。
運動をしろと言われても、何をすればいいのか分からない。走るのか、筋トレをするのか、散歩でもすればいいのか。そもそも、俺は今まで体力を必要とする生活をしてこなかった。ゲームの中ならスタミナゲージが減っても回復アイテムを使えばいいが、現実の身体にはそんな便利なものはない。
ただ、逆世界に入る以上、体力が必要になるのは理解できる。前回の経験を思い出せば、歩くだけでも相当疲れた。あの場所で何時間も動き回ることになったら、俺の体力ではかなり厳しいだろう。
「では、そろそろ始めよう」
慶楽が鏡の前へ移動した。
「荷川取は少し後ろに下がっていてくれ。まずは俺たちが入口を開く」
「分かりました」
俺は洗面台から少し離れ、三人の邪魔にならない位置に立った。
慶楽、銅崎、弥源治の順に、鏡の前へ並ぶ。三人の影が床に落ちていた。蛍光灯の光を受けて、足元に濃い灰色の輪郭ができている。特別なものではない。俺の影も同じように床に伸びていた。
慶楽は右手の人差し指を鏡へ向けた。
「よく見ておけ。これが影落としの手順だ」
彼は鏡の表面に指を近づけ、三本の縦線を引くように動かした。実際に鏡へ何かを描いているわけではない。指先は表面に触れていないようにも見える。それでも、そこには確かに何かの痕跡が残ったような気がした。続けて、三本の線を横に一本の線で結ぶ。最後に、指先で鏡を軽く叩いた。
コツン。
小さな音がした。
それだけだった。
大きな光が走るわけでも、鏡が割れるわけでもない。何かの紋章が浮かび上がるわけでもなかった。少なくとも、俺にはそう見えた。
慶楽は自分の足元を見下ろした。
床に伸びた影が、動かなくなっていた。
いや、正確には、慶楽自身が動いているのに影だけが動いていない。身体の向きを変えても、腕を下ろしても、影は最初の姿勢のまま床に貼りついている。まるで、そこだけ時間が止まってしまったようだった。
「……え?」
俺が声を漏らす間に、慶楽は一歩後ろへ下がった。
そして、そのまま自分の影へ倒れ込んだ。
普通なら、床に背中を打ちつけるはずだった。
だが、そうはならなかった。
慶楽の身体は、影の表面に触れた瞬間、黒い水の中へ沈むように消えてしまった。足先からではなく、身体全体が一度に影へ吸い込まれたように見えた。床には何も残らない。影も、まるで最初から何事もなかったかのように元の形へ戻っていた。
「……」
俺は口を開けたまま固まった。
今のは何だ。
どうやって消えた?
床に穴が開いたわけでもない。鏡の向こうへ移動したわけでもない。慶楽は確かに自分の影へ倒れ込み、そのまま消えた。あまりにも自然で、あまりにも現実離れしていた。
続いて、銅崎が同じ手順を行った。
鏡に三本の縦線を引き、横線で結び、指先で軽く叩く。彼女の影も動かなくなり、そのまま後ろへ倒れ込む。やはり、身体は影の中へ吸い込まれて消えた。
最後に弥源治が缶詰を片手に持ったまま、同じことをした。
「じゃ、先に行ってるね」
軽い調子でそう言って、彼も影へ倒れ込んだ。
三人が消えたあと、トイレの中は急に静かになった。
俺はしばらく鏡を見つめていた。
鏡には、洗面台と、古びた壁と、俺自身の姿が映っている。そこには何も異常がない。三人が消えた痕跡もなければ、入口が開いたような様子もない。
ただ、床には俺の影が残っていた。
「……これをやるのか」
『そういうことだろう』
アヒルフェが答えた。
「お前も、あれが入口だと思う?」
『人間が使う方法としては、そうなのだろうな』
「人間が使う方法?」
『私は最初から逆世界に存在していたわけではない。人間のように入口を通って移動した経験はない。お前の身体に入り込んだときも、通常の手順を踏んだわけではないからな』
「じゃあ、今までどうやって……」
『私は最初からあちら側にいた。お前たちが言う入口など、私には必要なかったということだ』
なるほど。
確かに、アヒルフェは人間ではない。逆世界の住人というより、もっと特殊な存在なのだろう。だから、人間がどうやって出入りしているのかを知らなくても不思議ではない。
『しかし、これで人間が突然あちら側に現れる理由も説明できる。影を通じて移動しているのなら、外から見れば、何の前触れもなく姿を消したように見えるだろう』
「……そういうことか」
俺は自分の影を見た。
ただの影だ。
光があるからできる、当たり前のもの。普段は気にすることもないし、特別な意味を持つものでもない。けれど、今はそこが異世界への入口になる。
そう考えると、急に自分の影が不気味に見えてきた。
俺はゆっくりと鏡の前へ近づいた。洗面台の上には、次元の水たまりが残っている。表面には、相変わらず存在しない空が映っていた。
「……やるしかないか」
『そうだ。早くしろ』
「分かってるって」
俺は慶楽たちと同じように、鏡の前に立った。
指先を持ち上げ、鏡の表面へ近づける。三本の縦線。横線で結ぶ。そして、最後に小さく叩く。
コツン。
思っていたよりも、弱い音だった。
本当にこれでいいのだろうか。慶楽たちと同じ手順を踏んだはずなのに、何かを間違えたような気がする。鏡には何も変化がないし、特別な感覚もない。
俺は少しだけ首を傾げた。
そのとき、床にある自分の影が目に入った。
影は、確かにそこにあった。
だが、俺が身体を動かしても、影は動かない。
「……おお」
思わず声が出た。
本当に止まっている。
腕を上げても、影の腕は上がらない。顔を傾けても、影は最初の姿勢のままだ。まるで、俺だけが時間の流れから外れてしまったようだった。
妙に面白い。
いや、面白いというより、奇妙だった。
普段なら、自分の影が自分と同じ動きをしていることに疑問を持たない。けれど、こうして動かなくなると、急に別の存在のように見えてくる。床に貼りついた黒い人型。輪郭は俺と同じなのに、何も反応しない。
それが、これから俺を別の世界へ連れていく。
「……よし」
俺は少しだけ距離を取った。
慶楽たちは、後ろへ倒れ込むようにして影へ入っていった。なら、俺も同じようにすればいいのだろう。問題は、どういう感覚で飛び込めばいいのか分からないことだった。
水に潜るようなものなのか。
それとも、床に開いた穴へ落ちるようなものなのか。
次元の水たまりの感触を思い出す。あの黒い物質は、確かに水というよりゼリーに近かった。なら、影も同じように柔らかいのかもしれない。そう考えると、少しだけ抵抗がある。床に顔から突っ込むのは、普通に痛そうだ。
『何をしている』
「いや、どうやって入ろうか考えてる」
『先ほど三人が見せただろう。後ろへ倒れればいい』
「それは分かってるけど、感覚の問題だよ」
『感覚など、入ってから理解すればいい』
「お前は本当に説明が雑だな」
『必要な説明は終わっている。これ以上は、お前の臆病さを補うための時間だ』
「……うるさい」
俺は一度、深呼吸した。
そして、両手で口元を覆うようにした。
何となく、水に潜るときの動作を思い出したからだ。鼻や口から水が入らないようにする、あの感じ。もちろん、実際には水ではないし、呼吸を止める必要もないのだろう。それでも、何も準備せずに飛び込むよりは、気持ちが落ち着いた。
「行くぞ……」
自分の影を見つめる。
そして、後ろへ身体を投げ出した。
次の瞬間、視界が黒くなった。
本当に、一瞬だった。
何も見えない。
上下も左右も分からない。
自分がどこにいるのかさえ分からない。
そして、身体の感覚が一気におかしくなった。
落ちている。
そう思った。
だが、同時に、身体が浮かび上がっているような感覚もあった。胃が持ち上がり、頭の中が揺れる。血液も、内臓も、骨も、身体の中にあるすべてのものが一斉に頭のほうへ移動してしまったようだった。
いや、実際にはそんなことは起きていないのだろう。
けれど、そう感じるほどに強烈だった。
身体が落ちる。
次の瞬間、浮かぶ。
落ちると思ったら、上へ引っ張られる。
重力が一度反転し、また元に戻る。そんな感覚が何度も繰り返されているようだった。しかも、時間の感覚までおかしい。ほんの一秒なのか、何分も経っているのか分からない。
「っ……!」
声を出そうとしたが、うまく出なかった。
身体の内側がぐちゃぐちゃになっているような気がする。目を閉じているのか開けているのかも分からない。自分の身体がどこまで続いているのかさえ曖昧だった。
そして、次の瞬間。
俺は床に立っていた。
「……え?」
視界が戻った。
身体は、何事もなかったかのように直立している。両足はしっかり床についていて、転んでもいない。手も足も、ちゃんと自分の意思で動かせる。
だが、周囲の景色は明らかに変わっていた。
暗い。
まず、それが最初の印象だった。
俺がいたトイレと同じような形をしている。洗面台があり、鏡があり、壁にはタイルが貼られている。しかし、そのすべてが妙に古びていた。白かったはずの壁は灰色に変色し、タイルの隙間には黒い染みが広がっている。蛍光灯は薄暗く、光が届いているはずなのに、部屋の隅は闇に沈んでいた。
鏡も違う。
そこに映っているのは、俺の姿ではなく、暗く歪んだ空間だった。鏡の表面には細い亀裂のような模様が走り、奥のほうには何か黒いものが揺れている。
床は湿っているように見えた。実際に水があるのか、それとも表面がそう見えるだけなのかは分からない。壁の端には、黒い線が何本も伸びていた。配線のようにも見えるし、木の根のようにも見える。天井からは、何かの影が垂れ下がっている。
ここは、さっきまでいたトイレと同じ場所なのだろう。
だが、同じ場所であって、同じ場所ではない。
「……入れた」
俺は小さく呟いた。
目の前には、慶楽、銅崎、弥源治の三人が立っていた。彼らは俺と同じように、先ほどと変わらない姿をしている。制服もそのままだし、髪型も、持ち物も、見た目には何も変わっていない。
「おお……」
俺は周囲を見回した。
ついに来た。
本当に来てしまった。
これが逆世界なのか。
もっと派手な景色を想像していた。異世界といえば、巨大な城や空に浮かぶ島、奇妙な生物が歩き回る草原、あるいは夜の街にネオンが輝く幻想的な世界。そういうものを思い浮かべていたのだが、最初に目にしたのは、古びた学校のトイレだった。
ただ、普通のトイレではない。
同じ構造なのに、空気が違う。壁の汚れ方も、床の色も、鏡の奥に見える景色も、すべてが不自然だった。何より、ここにいるだけで、何かに見られているような感覚がある。
「……すごい」
俺は思わず、そう言った。
「ここが逆世界……」
「そうだ。ようこそ」
慶楽が答えた。
「初めての感想は?」
「いや、思っていたより暗いですね」
「場所による。ここはまだ入口に近い場所だからな」
「そうなんですか?」
「ああ。外へ出れば、もっと違う景色が見られる」
「へえ……」
俺はもう一度、周囲を見回した。
そして、ようやく一つの疑問が浮かんだ。
「……あれ?」
「どうした?」
「みんな、服装はそのままなんですね」
制服。靴。鞄。持ち物。何も変わっていない。俺も同じだ。逆世界に入ったら、もっと何か変化が起きると思っていた。たとえば、ゲームの装備画面のように、専用の服装や武器が自動的に現れるとか。あるいは、身体が別の姿に変わるとか。
しかし、そんなことは起きていない。
そのことを尋ねようとした瞬間、身体の奥から、奇妙な感覚が込み上げてきた。
「……あ」
胃が、ひっくり返った。
正確には、そう感じた。
頭の中が揺れ、視界が一瞬だけ歪む。さっきまで立っていた床が、急に斜めになったように見えた。身体の中心がどこにあるのか分からない。胃の奥から、何かがせり上がってくる。
「うっ……」
「おっと」
弥源治が素早く動いた。
彼は近くに置いてあった小さなゴミ箱を、俺の足元へ滑らせた。
「はい、これ使って」
「え、ちょっ……」
言い終わる前に、口の中に酸っぱいものが込み上げた。
俺は反射的にゴミ箱へ顔を向けた。
そして、吐いた。
「う、げほっ……!」
胃の中にあったものが、一気に出てくる。朝食べたものの味が、嫌なほどはっきりと分かった。喉が焼けるように痛い。目の端に涙が浮かび、鼻の奥まで酸っぱい感覚が広がる。自分でも驚くほど、身体が勝手に反応していた。
「大丈夫だ。無理に動くな」
慶楽がすぐに近づき、俺の頭を支えてくれた。
片手で髪が邪魔にならないように押さえ、もう片方の手で背中を支えている。俺は何度か咳き込みながら、胃の中身を吐き出した。吐くたびに身体が震え、足元に力が入らなくなる。
最悪だ。
本当に最悪だった。
せっかく初めて逆世界に来たというのに、最初にやったことが嘔吐である。格好いい登場どころか、完全に台無しだ。ゲームなら、初回ログイン直後に画面の前で吐いているようなものだろう。そんな主人公、見たことがない。
「……もう、無理」
最後に少しだけ胃液が出て、ようやく吐き気が落ち着いた。
俺はその場にしゃがみ込んだまま、しばらく呼吸を整えた。目の前がぐらぐらする。身体が重い。頭の中には、まだ重力が反転したときの感覚が残っていた。
「大丈夫か?」
慶楽が尋ねた。
「……たぶん」
「無理をするな。初回なら仕方がない」
「すみません……」
「謝る必要はない。俺も最初は吐いた」
「え?」
慶楽の言葉に、少しだけ驚いた。
「慶楽先輩も?」
「ああ。初めて入ったときは、しばらくまともに立てなかった。銅崎も同じだ」
「私も吐いたよ」
銅崎が静かに言った。
「初めてのときは、身体が急激に変化したように感じるから。重力や空気の感覚が一度に変わって、平衡感覚が追いつかないんだと思う。私たちも最初は何が起きているのか分からなかった」
「……そうなんですか」
「だから、君だけじゃない。少し休めば落ち着くよ」
そう言われると、少しだけ安心した。
自分だけが異常な反応をしたわけではないらしい。もちろん、吐いたこと自体は恥ずかしいが、慶楽も銅崎も同じ経験をしているなら、そこまで気にする必要はないのかもしれない。
俺は弥源治から渡された紙で口元を拭き、もう一度深呼吸した。
それから、ようやく先ほどの疑問を思い出した。
「……あの、先輩たち」
「何だ?」
「服装が変わってないのは、どうしてですか? 逆世界に入ったら、姿とか装備とか、何か変わると思ってたんですけど」
慶楽は少しだけ考えるような顔をした。
「ああ。そのことか。ここが特殊な場所だからだ」
「特殊?」
「ここは逆世界の始点に近い場所だ。もっと正確に言えば、逆世界が生まれたときの原型に最も近い領域だと、俺たちは考えている」
「生まれたときの原型……?」
「そうだ。ここは現実世界との構造的な一致率が非常に高い。俺たちの調査では、九十九・九パーセントほど同じだと推測している」
「九十九・九パーセント?」
「もちろん、正確な測定をしたわけじゃない。俺たちが確認できた範囲での話だ。壁の位置や設備、通路の構造などは、現実世界の白樺学園とほとんど同じになっている。違うのは、そこに重なっている幻想的な要素や、空間の状態だ」
俺は周囲を見回した。
確かに、トイレの構造は元の場所と似ている。洗面台の位置も、鏡の大きさも、個室の配置も同じだ。違うのは、壁の汚れや、床の色、鏡の奥に見える景色、そして空気の重さだった。
「だから、ここでは身体が現実世界の状態を維持している。お前の認識が現実世界のままでも、大きな矛盾が起きにくい。逆世界の別の領域へ移動すれば、もっとはっきりした変化が現れるだろう」
「じゃあ、ここから出たら服装とかも変わるんですか?」
「可能性はある。少なくとも、逆世界では人間の自己認識が外見や装備に反映されることがある。お前が選んだ物品も、その一部になるはずだ」
「……なるほど」
俺は自分の服を見下ろした。
制服はいつもどおりだ。シャツの襟も、ネクタイも、ズボンも変わっていない。靴もそのまま。鞄もある。さっきまで現実世界で着ていたものが、そのままこちらに持ち込まれている。
ただ、今いる場所は現実世界ではない。
その事実が、少しずつ実感として身体に染み込んでくる。
「それで、どうしてそんなことが分かったんですか?」
俺は慶楽に尋ねた。
「ここが逆世界の始点に近いとか、九十九・九パーセント同じとか。誰かに教えてもらったんですか?」
「いや」
慶楽は首を横に振った。
「誰かに教わったわけじゃない。俺たちで調べた結果だ」
「えっ、そうなんですか?」
「最初は仮説だった。現実世界と逆世界の構造がどれほど一致しているのか、何度も比較した。建物の位置や設備、通路の長さ、細かい傷や汚れまで確認して、少しずつ推測を積み重ねたんだ」
「……すごいですね」
「大したことじゃない。分からないことを調べただけだ」
銅崎が続けた。
「私たちだって、最初から何でも知っていたわけじゃないよ。分からないことばかりだったし、今でも間違っている部分は多いと思う。だから、君も私たちの説明を全部正しいと思わないでほしい。私たちは専門家でも研究者でもない。ただ、調べて、試して、間違えて、それを繰り返しているだけだから」
「なるほど……」
「それに、私たちが正しいと思っていることも、別の場所では通用しないかもしれない。逆世界は広いからね」
慶楽も頷いた。
「俺たちは天才でも何でもない。たまたま、今まで生き残ってきただけだ。知識も経験も、まだ足りない。だからこそ、これからお前にも協力してもらうことになる」
「俺も……ですか?」
「ああ。お前は新しく加わった仲間だ。お前が見たものや感じたことも、俺たちにとっては重要な情報になる。分からないことがあれば聞いてくれ。知っていることなら答えるし、知らないことなら一緒に調べる」
そう言われて、少しだけ気持ちが軽くなった。
俺は、慶楽たちがもっと何でも知っている人間だと思っていた。逆世界に何度も入っていて、魔法や怪物についても詳しくて、危険な場所でも冷静に行動できる。そんな、漫画やゲームに出てくる熟練の冒険者のような存在だと考えていたのだ。
でも、実際には違うらしい。
彼らも、分からないことを調べているだけの学生だ。知らないことがあり、間違えることもあり、危険に怯えることもある。そう考えると、少しだけ親近感が湧いた。
ただ、それでも俺よりはずっと経験がある。
今は、彼らの言葉を聞いて、教えてもらうしかないだろう。
「……あ」
俺は、ふと思い出した。
「そういえば、アヒルフェが言ってました」
「アヒルフェ?」
慶楽の表情がわずかに変わった。
「えっと……俺の頭の中にいる奴です。さっき説明してくれたことについて、正しいって」
「つまり、お前の中にいる存在が、俺たちの仮説を肯定したということか?」
「はい。ここが始点に近い場所だっていうのも、現実世界との一致率が高いっていうのも、合ってるって……」
言いながら、少しだけ声が弱くなった。
慶楽と銅崎が顔を見合わせる。
弥源治は、缶詰を持ったまま興味深そうに俺を見ていた。
「そのアヒルフェという存在は、逆世界について詳しいのか?」
「ええと……」
俺は答えようとした。
だが、その前に、身体の内側から別の声が響いた。
『余計なことを話すな』
「……え?」
『今のお前は、まともに立つことすら難しい状態だ。そんなときに余計な説明を始めれば、何を口走るか分からない。自分が何を知っているのか、何を知らないのか、どこまで話していいのか。その区別もつかなくなるだろう』
「いや、でも……」
『黙っていろ。私のことを話す必要はない』
その声は、いつもより少しだけ低かった。
俺は一瞬、返答に困った。
どうして急に止めたのだろう。アヒルフェの存在について、慶楽たちはすでに知っている。俺の中に別の意識がいることも、ある程度は説明しているはずだ。今さら隠す必要があるのか。
だが、こいつが何かを警戒しているのは分かった。
そして、今の俺には、わざわざ逆らう余裕もなかった。
「……いや、詳しいことは分からないです」
俺は慶楽たちに向き直った。
「俺が何かを聞いたときに、簡単なことを教えてくれるくらいで。逆世界のことを全部知っているわけじゃないみたいです。結局、俺たちが調べないと分からないことも多いと思います」
「そうか」
慶楽はそれ以上、追及しなかった。
「なら、必要なときに確認すればいい。お前自身が判断できないことまで、無理に説明する必要はない」
「はい」
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
そのあと、頭の中でアヒルフェに尋ねた。
「どうして止めたんだよ」
『今のお前は、まだまともな状態ではない』
「それは分かってるけど」
『吐いたばかりの人間が、余計なことを話すべきではないということだ。お前は自分が何を話そうとしていたのか、理解していない』
「そんなに危ないことを言おうとしてた?」
『危険かどうか以前に、必要がない。お前は彼らに私の正体を説明する義務などない。今は、与えられた情報を整理することだけ考えろ』
「……分かったよ」
『それに、私のことを説明するのは面倒だ』
「結局、それかよ」
『何か問題でも?』
「いや、別に」
本当に、勝手な奴だ。
それでも、今は助かったのかもしれない。俺はまだ頭がふらついているし、吐いたせいで口の中も気持ち悪い。こんな状態で複雑な説明を始めても、うまく話せるとは思えなかった。
俺はゴミ箱を少し脇へ寄せ、慶楽から渡された紙で口元をもう一度拭いた。それから、ゆっくりと立ち上がる。足元はまだ少し不安定だったが、先ほどよりはましになっている。
「もう大丈夫そうか?」
慶楽が尋ねた。
「はい。さっきよりは」
「無理はするな。必要なら、ここで少し休んでもいい」
「いえ、大丈夫です。せっかく来たので、先へ進みたいです」
「分かった。ただし、気分が悪くなったらすぐに言え。無理に動く必要はない」
「はい」
弥源治がゴミ箱を回収しながら、軽く笑った。
「まあ、初回で吐くのは珍しくないよ。俺たちも通った道だからさ。気にしなくていいって」
「……ありがとうございます」
「それに、ここから先のほうが面白いと思うよ」
「面白い?」
「うん。今いる場所は、まだ入口の周辺だからね。外へ出れば、もっと逆世界らしい景色が見られる。たぶん、君が想像しているものとは違うと思うけど」
その言葉に、俺の興味が少しだけ戻ってきた。
逆世界らしい景色。
今いる場所は、現実の学校を暗くして、少し不気味にしたような空間だ。確かに普通ではないが、まだ異世界という実感は薄い。もっと広い場所へ出れば、何かが変わるのだろうか。学校の外には、どんな景色が広がっているのか。人間以外の生き物がいるのか。建物はどうなっているのか。空はあるのか。現実世界の街並みが、どんな形に変わっているのか。
考え始めると、また好奇心が膨らんでいく。
「……分かりました」
俺は鞄を持ち直した。
身体はまだ少し重い。喉も痛いし、胃の奥には嫌な感覚が残っている。それでも、さっきよりは歩けそうだった。
慶楽は俺の様子を確認すると、出口のほうへ視線を向けた。
「それじゃあ、そろそろ移動しよう。ここから先は、現実世界とはかなり違う景色になる。何があっても、勝手に離れないこと。見慣れないものがあっても、むやみに触れないこと。分からないことがあれば、必ず俺たちに確認すること。いいな?」
「はい」
「特に、最初は周囲の変化に気を取られやすい。逆世界は、見た目だけで判断できる場所じゃない。美しいものが安全とは限らないし、恐ろしいものが必ず敵とも限らない」
「分かりました」
「それと、今のお前はまだ自分の能力を確認できていない。無理に使おうとするな。まずは自分の状態を把握することを優先しろ」
俺は頷いた。
慶楽、銅崎、弥源治の三人が、出口へ向かって歩き始める。俺は少し遅れて、その後ろについた。
歩きながら、もう一度だけ周囲を見回した。
暗い壁。歪んだ鏡。黒い染み。湿った床。天井から垂れ下がる影。現実世界と同じ形をしているのに、そこにあるものすべてが、どこか違う。何かを模倣しているようで、完全には再現できていない。そんな不自然さが、この場所にはあった。
俺は、今まで何度も漫画やゲームで異世界を見てきた。
剣と魔法の世界。魔物が跋扈するダンジョン。異形の怪物が支配する廃墟。人間の常識が通用しない場所。そこに足を踏み入れる主人公たちは、いつも何かを手に入れる。力だったり、仲間だったり、運命だったり。時には、元の世界へ戻れなくなることだってある。
俺は、そんな物語に憧れていた。
普通の生活に飽きていたし、自分の人生にも何か大きな出来事が欲しかった。誰もが知っているような特別な存在になりたかった。何かの物語の中心に立って、自分だけの役割を持ちたかった。
そして今、俺は本当にその一歩を踏み出している。
もちろん、これは漫画でもゲームでもない。死んだらやり直せるわけではないし、敵を倒せば経験値が手に入るわけでもない。危険な場所で失敗すれば、本当に傷つく。場合によっては、二度と戻れなくなるかもしれない。
それでも、俺はここにいる。
自分で選んだトランプを持ち、自分の意思で影に飛び込み、こうして逆世界の中を歩こうとしている。
まだ能力は分からない。どんな姿になるのかも分からない。これから何が起きるのかも分からない。
だけど、少なくとも今は、ここから先を見てみたいと思っていた。
「荷川取」
前を歩いていた慶楽が、振り返った。
「準備はいいか?」
俺は一度だけ、自分の手を握りしめた。
「はい。大丈夫です」
そう答えながら、心の中で思った。
これが、俺の初めての逆世界だ。
そして、たぶん。
ここから、何かが始まる。




