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この社会(システム)、バグだらけにつきAIが最適化します  作者: 冷やし中華はじめました


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12/15

押し寄せる負荷

 地平線が、土煙で霞んでいた。  軍隊ではない。それは、足を引きずり、虚ろな目をした人間の波だった。  城壁の監視塔から警鐘が乱打される。


「……開けてくれ! 頼む、パンを!」 「アクス様が救ってくれると聞いたんだ!」 「子供だけでも!」


 城門ポートの前は、阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化していた。その数、およそ三千。近隣の紛争地帯から流れてきた戦災難民たちだ。  彼らが押し寄せる圧力は、都市というサーバーを物理的に押し潰そうとしていた。


 評議室の空気は凍りついていた。  テーブルの上には、去ったはずのイグナティウス枢機卿からの親書が置かれている。  上質な羊皮紙に、美しい筆記体でこう記されていた。


『親愛なる監査補殿。  先日の論争における貴殿の言葉――「効率こそが多くの命を救う」という主張に、私は深く感銘を受けた。  よって、戦火に追われたこの哀れな子羊たちの行く末を、貴殿のその素晴らしい「システム」に託すこととした。  神の愛と、貴殿の計算が、彼らを飢えさせないことを祈っている』


 一見すれば、信頼による委託。  だが、その実態は「処理不能なゴミデータの押し付け」だ。  ヴォルフが吐き捨てるように言う。 「食わせ者め。三千人も入れれば、治安は崩壊する。紛れ込んだスパイが放火すれば終わりだ。門を閉ざせ(ポート遮断)」


 ミラも青ざめて首を振る。 「無理よ。三千人? 今の備蓄食料じゃ、一週間も持たない。彼らを入れれば、元からいる市民まで道連れに餓死するわ(リソース枯渇)」


 拒絶すれば、門の前で三千人が死ぬ。その光景は「アクスは冷血な悪魔だ」という絶好のプロパガンダになり、周辺諸国に討伐の大義名分を与えるだろう。  受け入れれば内部崩壊。拒絶すれば外部侵攻。  枢機卿が仕掛けたのは、倫理と物理の二重拘束ダブルバインドだった。


 アクスは城壁から、眼下の群衆を見下ろした。 [解析]対象=難民3000名。ステータス=飢餓、疲労。 [エラー]処理能力超過。


 だが、アクスの視界には、別のデータも映っていた。  彼らには手がある。足がある。 「……ヴォルフ様、ミラさん。定義を変更します」  アクスは振り返った。 「彼らは『ただ飯食らい(負荷)』ではありません。『未稼働の演算リソース(労働力)』です。即時対応策を実行します」


***


 城門が、重い音を立てて開いた。  どっと雪崩れ込もうとする群衆を、ヴォルフ率いる兵士たちが槍の壁で押し留める。  その前に、アクスが立った。拡声の魔道具を手に、淡々と告げる。


「入城を許可します。ただし、条件があります」  群衆が静まり返る。 「当都市は、あなたたちに施しはしません」  絶望のざわめきが広がる。「見捨てるのか!」という怒号。 「代わりに、『仕事』と『対価』を提供します。働かざる者、食うべからず。――ただし、働く意志のある者は、決して飢えさせません」


 アクスが提示したのは、慈善事業ではなく、冷徹な「契約」だった。


第一フェーズ:オートスケーリング(拡張)  アクスは彼らを城壁の外、荒れ地へと誘導した。 「住む家はありません。今からあなたたちが作るのです」  用意されたのは、製材所から運ばれた規格化された木材。「ツーバイフォー工法」により、マニュアル通りに釘を打てば、素人でも半日で簡易住宅ユニットハウスが建つ。  自分たちの寝床を確保するため、男たちは目の色を変えて木材を運んだ。


第二フェーズ:カロリー効率の最大化(歩留まり改善)  ミラがアクスに詰め寄る。「家は建つでしょうけど、今日食べるパンがないのよ! どうするの!?」 「あります。パンの『仕様スペック』を変えます」  アクスは製粉所の工程を強制変更させた。  これまで上流階級向けに、小麦の表皮ふすまを取り除いて「白いパン」を作っていたが、アクスはこれを禁止した。 「表皮ごと挽きなさい。『全粒粉』です。白いパンを作るために捨てていた表皮を混ぜれば、同じ麦の量でも粉の量は1.4倍になります(歩留まり向上)」 「でも、そんな黒いパン、ボソボソして不味いわよ」 「それが狙いです」アクスは即答する。「白いパンは柔らかく、すぐに消化されてまた腹が減る。対して、繊維質の多い黒パンは硬く、消化に時間がかかります」  アクスはデータを提示した。 「腹持ちがいい(血糖値スパイクの抑制)。つまり、一日三食必要だった空腹感を、二食で満たすことができる。物理的な『増量』と、生理的な『消費抑制』。この二重の効果で、食料消費速度を半分に落とせます」


 さらに、近隣の漁村から、売り物にならず捨てていた雑魚ざこを大量に買い付けた。  骨ごとすり潰し、ペースト状にしてスープに投入する。 「味は二の次です。必要なのは熱量エネルギーと、満腹中枢への信号です」


 アクスは、大鍋の中で煮える灰色のつみれを見つめ、密かにログを更新した。 [備考]魚肉のペースト化(すり身)。現在は単なる栄養塊だが、焼く、揚げる、乾物にするなど拡張性は高い。  この「すり身」が、やがて難民たちの知恵と混ざり合い、色とりどりの魚料理として食卓を彩ることになるのは、まだ少し先の話だ。


第三フェーズ:先物による緊急調達ファイナンス  それでも足りない分は、「金融」で解決する。  アクスはミラに一枚の契約書を渡した。 「彼らに荒れ地を開墾させます。土壌分析によれば、三ヶ月後には大量の麦が収穫できる。この『未来の麦』を担保に、他都市の商会から『家畜用の安い麦』を緊急輸入してください」 「先物取引……! 収穫前に売るの?」 「はい。彼らの労働力を信用クレジットに変えて、今日の食料を買うのです」


***


 数日後。  難民居住区の片隅で、不穏な空気が流れていた。  枢機卿が紛れ込ませた扇動者が、男たちを集めて囁いていたのだ。 「騙されるな。あのアクスって奴は、俺たちを奴隷にする気だ。黒いパンに、魚臭いスープ……こんなの家畜の餌だぞ!」 「で、でも、腹は膨れるし……」 「今夜、本物の食料倉庫を襲おうぜ。白いパンが食えるぞ!」


 扇動者が松明を掲げようとした、その時だった。  バシッ!  石が飛んできて、扇動者の額に当たった。


 立っていたのは、難民の少女エレナだった。泥だらけの手には、配給された黒く硬いパンが握られている。 「……ふざけんな」  エレナは睨みつけた。 「奴隷? 冗談じゃない。あたしは今日、自分で屋根を葺いた。自分で稼いだ札で、このパンを買ったんだ!」  彼女は黒パンを掲げた。 「このパンは硬い。だから、噛みしめる時間がたっぷりある。……生きてるって味がするんだよ!」


 彼女の叫びが、周囲の男たちの目を覚まさせた。  自分たちで作った家。労働の対価として得た、腹持ちの良い食事。それは「施し」では得られない、「尊厳」という名の報酬だった。 「そうだ……ここは俺たちが建てた街だ!」 「壊すなら、てめえが出て行け!」


 扇動者は、ヴォルフが出る幕もなく、難民たち自身によって取り押さえられた。  システムは、構成員ユーザーが「自分のものだ」と認識オーナーシップを持った時、最も強固なセキュリティを得る。


***


 一ヶ月後。  城壁の外には、整然とした新しい街区が広がっていた。  ミラは新しい帳簿を見て、信じられないという顔をした。 「……嘘みたい。全粒粉のおかげで消費量が抑えられたし、開墾された畑の資産価値が、輸入した食料費を上回ってる。これ、黒字よ」  難民(負荷)は、都市を成長させるエンジン(動力)に変換されていた。


 アクスは執務室で、枢機卿への返書をしたためた。 『リソース(人材)の提供に感謝する。お陰で当都市の演算能力(GDP)は30%向上した。追加の送客も歓迎する』


 ヴォルフが横から覗き込み、苦笑する。 「皮肉な奴だ。あの枢機卿が読んだら、泡を吹いて倒れるぞ」 「事実です。システムは、負荷をかけるほど強く進化アンチフラジャイルしなければなりませんから」


 窓の外では、エレナたちが新しい畑で種を撒いている。  Win-Win。  都市は安価な労働力と未来の食料を得て、難民は命と居場所を得た。感情論ではなく、利害の一致こそが、持続可能な救済を作る。


 だが。  アクスでさえ、検知できないバグがあった。  活気あふれる居住区の路地裏。一人の男が、激しく咳き込んでいた。 「ゴホッ、ゴホッ……! ……なんだ、寒気が止まらねえ……」


 彼が吐き出した痰は、黒く濁っていた。  衛生環境の激変。人口の密集。そして、遠方からの人の移動。  それは、システムを根底から破壊する「見えざるバグ(ウイルス)」にとって、最高の培養環境(培地)だった。


[警告]異常データを検知できませんでした。 (……まだ、誰も気づいていない)

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