女子小学生璃里音がわからされる
「ガブリエル?♥」
全然怯まない女子小学生である。
「アブラハムの宗教の大天使だけど、また名前だけ大層なざぁこじゃないの?♥」
「ガ、ガ、ガ、ガブリエル様」
対称的に、跪いたのはリピカだった。
「申し訳ありません。わたくし、初めてだった上にとてもよい思いをしてしまったためつい虜に」
「璃里音、やめておけ」傍らではアテナが警告した。「こいつに喧嘩を売るのは早い」
同意するのはカーリーだ。
「そうじゃな。四大女神に次ぐ実力者じゃ、わしも遠慮したい」
「はあ、何言っちゃってんの?♥」璃里音は腰に両手を当てて呆れる。「そこの三流オカルトで語られるアカシック・レコードの管理者リピカならともかく♥ あんた達は神で、しかも戦神でしょ♥ 一神教由来の元ネタでは神ですらない天使より下とは思えないけど♥」
言葉とは裏腹に、実のところJSは控えめながら震えていた。
彼女は賢い。世界各地の多神教を退け、三大宗教に名を連ねる元ネタの知名度は理解している。
有名どころが相応の実力を備え、現実の神話が強さに影響されるとすれば、ガブリエルとやらの力量も相当な可能性は高い。でなくとも、この世界に詳しく強い同行者たちが警告しているのだ。
「女神候補をここまで傲らせるとは嘆かわしい」
一方、当のガブリエルは頭を振って嘆いた。
「アテナには得意分野での勝負を譲られて勝利し、カーリーにはそのアテナの協力があってこその勝利。リピカは確かに雑魚ですが」
みんなに罵られて、一人縮こまる受付嬢であった。
「いろいろご存知みたいだけど、偉そうなこと言って本当はあたしの得意分野での勝負が怖いんじゃないの♥」
見てきたように道中を知ってるだけでただ者ではない。
どうにか、女子小学生は自分の領域に持ち込もうとする。相手の指摘は図星で、戦神たちに腕っぷしで勝てはしなかったろうとも自覚していたからだ。
「安い挑発ですわね」
秒で見破られた。
「アテナ、カーリー、二人掛かりで組み伏せなさい!」即座に切り替え、JSは命令する。「まだ、あたしを案内するっていう約束は終わってないわよ!」
「くっ。戦士に二言はないか、ダメ元だ!」
「あたいも、おまえに遅れをとる訳にはいかぬな!」
アテナとカーリーが全ての手に剣を出現させて斬りかかる。
「笑止」
ガブリエルはとてつもない素早さで全ての剣を振り払い粉砕、ラッパと巻物を持つ左右の手でそれぞれの女神に痛打をくらわす。
アテナとカーリーはぶっ飛び、廊下両脇の書棚におのおの突っ込んで壁ごと凹ませた。
唖然とする女子小学生に、真正面から肉薄する大天使。
「安心なさい。あなたの得意分野で勝負してあげますわ」
キスできそうな距離で宣告した彼女は、事実直後に唇を重ねた。
来た、見た、やった♥
数分後。床に崩れ着衣の乱れた璃里音を、ガブリエルは見下ろしていた。
「威張りちらかしてごめんなさい♥」今までの態度が嘘のように、いじけて項垂れているJSであった。「わたしがよわよわの雑魚でした♥」
♥が付いてるせいでふざけて見えるが、決して演技ではなった。
いわゆる、わからされたのである。
「これが本当の戦いですのよ」
ガブリエルは容赦なかった。
「で、でも♥」どうにか顔を上げて、メスガキは問う。「あなた確か、伝令の女神って♥ それがどうしてこんな強さとテクニックを?♥」
大天使は己の頭を指先で突ついて教授する。
「この世界では、生前の傾向に応じて〝司る概念を操る能力〟が宿るのですわ。鍛練を重ねるほどにこのレベルは上がり、それによってできることの幅は広がる。あとは、あなたの頭ならわかるはずですけど」
「つ、つまり〝伝令〟という概念を操る♥」少女は、泣き声のわりに結構しゃべる。「性的快楽という情報の伝わり方を制御して、自分の快感を抑えてあたしだけにその量を増やしたり。力の伝達量を増大して戦女神の二人を簡単に倒せた、みたいな?♥」
「……そうですわね」
違和感を覚え、女神候補の顔を覗き込もうとした時には遅かった。
ニヤリと笑った少女に性愛を操られ、彼女を愛したガブリエルは言われるがままに、アテナとカーリー共々逃がしてしまったのだった。
我に返ったのは、一行の姿が見えなくなってからである。
「不覚、泣き真似とは」
城壁と一体化した案内所の内側門前で、彼女は見送りで手を振る格好をしていた。ちゃっかり、隣にはリピカも同じ姿勢でいる。
おそらく璃里音たちは視線の先、街中のどこかに逃げたのだろう。
「権天使たち!」
ガブリエルに呼ばれると、ふわふわな白い衣と帽子を纏った雪の精のような幼女たちが光と共に周囲へ降り立つ。ざっと十人ほど。
「璃里音を生け捕りにして」彼女たちへと、ガブリエルは命じるのだった。「わたしの前に連れてきなさいませ」
『はーい、ガブリエル様!』
権天使たちはそろって手を挙げて返事をし、次々と街中へと飛び立っていった。