墓参(ボサン)・1〜レオナルド視点〜
お待たせしました。
レオナルド視点のその後です。……難産だった。
メルラとニコルの幼い恋を描き切ってから、レオナルド視点を書き出したら、レオナルドが物凄く甘い考えのお坊ちゃんだったもので、どうやって現実を見せ始めれば良いのか悩みまくりました。
寒い日々が徐々に緩んでくる。そんな季節のある晴れた日の午前。スリレイ子爵家の領地にある墓地に佇む8人の人影があった。黒の衣服で故人を悼んでいるのは明白であり。俺の目はその8人の中で一番若い女性に惹きつけられて、離れなかった。
彼女の名は、メルラ・レレン。伯爵令嬢であり、俺が未熟だった所為で傷付けた女性であり、俺の初恋も屈託なく笑って応援してくれた人であり、有名な小説家であり、その墓の主の婚約者であり、未だ彼を愛し続ける一途な女性だった。
そして、2度目に俺が恋した人で、俺を友人以上の存在としてその目に映さない人。
「あの墓が?」
「そうだ。……ニコル・スリレイ。私の学友であるスリレイ子爵の三男で、メルちゃんの婚約者だった」
俺の真向かいに座る父が悲しみを滲ませた声で、静かに告げてきた。俺と父上は、その墓が見える位置に止まっている馬車の窓から、そっと覗いている。
ニコル・スリレイ。僅か9歳でこの世を去ったメルラ・レレンの婚約者で、今日はその命日だった。
俺が父に今度は嘘偽りなく、彼女と婚約したい、と申し出た事がきっかけだった。父は困ったような表情で嘆息した。そこで俺は彼女との婚約話についての真実を聞かされた。
「メルちゃんにそろそろ他の相手を考えたい、とクレイグが言い出したのが始まりだった」
クレイグと言うのは、スリレイ子爵の名前で、父とスリレイ子爵とレレン伯爵は学園の先輩後輩の間柄だったそうだ。父が2人の後輩で、身分差関係無しに可愛がられたという。卒業後も交流を深めていた3人。当然、父も彼女と亡き婚約者との婚約を知っていたという。
「当時の2人は本当に仲良くてな。だからこそ、メルちゃんがニコルを喪ってあんなに意気消沈する姿を見れば、こちらも胸が痛んだもんさ」
父の痛ましそうな表情は、息子である俺とてあまり見ない。それだけ彼女の悲しみは凄まじいものだったのだろう。
「それでも、こう言ってはなんだが。当時はクレイグも……メルちゃんの父であるテレンスも、そのうち落ち着くと思っていた。ニコルが亡くなって10日程経った頃だったか。クレイグがメルちゃんの悲痛ぶりに声をかけて、前を向けなかったメルちゃんがようやく前を向いた時。それまで持っていたドレスやワンピースを全部捨てて、黒一色のドレスかワンピースを着るようになった」
その中にはきっと気に入っていたドレスだってあっただろう。それでも彼女はそれらを捨てたのだと父が言う。
「それが1年経ち3年に差し掛かる頃、テレンスとクレイグでメルちゃんに、もっと違う色のドレスを着ても良いんじゃないか、と提案した。その時にメルちゃんは言ったそうだよ。私はニコの婚約者ですから、と。12歳を迎える少女が言う事じゃない。それだけメルちゃんにとってニコルは存在が大きかったと思う。それでもまだ周囲はメルちゃんの心情を図り切れていなかった。……デビュタントを迎えれば、変わるだろう、と」
結果は俺でさえ知っている。
「メルちゃんは自分からデビュタントのドレスを選びたい、と言うからテレンスは任せたらしい。ようやく娘がニコルの事を思い出にした、と。ところが、出来上がったドレスはグレー。黒はさすがに相応しくないと知っているから、と。クレイグがそれを知って、もうニコルの事は思い出に、と話したそうだが。その時にメルちゃんは言ったそうだ。ニコルは今も私の心の中に居ます、と」
そんな事を言われてしまえば無理に気持ちを押し殺せ、などと言えるような者は誰も居なかった。どれだけ甘いと言おうが。
父から改めて彼女の事を聞かされると、如何に一途に思っているのか、よく分かる。
「だけどなぁ。デビュタントを迎えるという事は、結婚適齢期を迎えたということ。このままではメルちゃんの婚期が遠退くだけ。そんな時、私と久々に会ったクレイグが、私の話を聞いて言い出した」
お前の息子に婚約者が居ないなら、メルちゃんはどうだろう?
父は、その時は未だ俺に好きな女性が居る事に確信を持っていたわけじゃなかった。だから、その誘惑に頷き、そして今回の件になった、とのことだった。
「その時にクレイグもテレンスも、お前がそんなに見合いを断るなら、もしかしたら好きな相手が居るのかもしれないから、それが分かった時点でこの話は無かった事にしよう。という事に話は決まった」
後は知っての通り。
「で。メルちゃんが、必死になってお前のために泥を被ってもあのメイドを妻にしてあげよう。って思って動いていた。ルインが初恋だろうからお前に敢えて言わなかったけど、クレイグもテレンスも怒ってるんだよね」
父が残念そうに溜め息をついた。
怒っている。……それは、ルインが逃げ出したから、だろう。
「ルインが逃げ出したから、ですよね?」
「そうだ。次期侯爵の妻という責任の重さに逃げ出した事。お前がルインを諦めるとか、せめてルインが身分差を考えて身を引いていたら……とは思うが、恋がままならないモノなのは知っている。だけどなぁ。叶えてあげよう、と奔走していたメルちゃんの気持ちを、事態が進んでからやっぱり重いので無理です。って逃げ出すなんて有り得ないだろう。メルちゃんの頑張りを踏み躙ったわけだし、協力してくれていたクレイグとテレンスも巫山戯るな、というのが本音だね」
そうだろう。
本当に俺は恋に浮かれて周りが見えていなかった。
「とりあえず、メルちゃんに会わせる事は出来るけれど、あの子を本当に手に入れたいなら、誠意を見せないと、ね。メルちゃんの中にいるニコルごと愛しているくらいじゃないと、ね」
父が苦笑しつつも、俺を焚きつける。
今の俺では、きっと彼女との婚約など到底出来やしない。
それでも今度の恋は諦めたくなかった。
墓参りが終わったのか、集団が動き出す。
「ああ終わったな。……どうする? 今、会いに行くか?」
「いえ、今日はやめておきます。それで、父上。彼女以外の人の事を教えて欲しいのですが」
特に、彼女の隣でそっとその肩を抱いている男の事を。
「メルちゃんの右側に居るのが、スリレイ子爵夫妻。その隣が子爵の長男夫妻と次男夫妻。メルちゃんの左側でメルちゃんを労っているのが、マクシム」
「マクシム?」
「イオット男爵の子息だが、正妻の子では無いから跡取りでは無い。第一子だけどね。ニコルとメルちゃんの1歳下で、ニコルの親友。だから小さな頃からメルちゃんと仲良し。マクシムがイオット男爵の跡取りだったら、間違いなく、彼がメルちゃんの新しい婚約者として勧められただろうね。テレンスは気にしていないんだが、息子達……メルちゃんの兄2人が、マクシムは跡取りじゃない事で渋っているそうだよ」
初めて知った情報に、グッと握った拳に力が入る。リクナルド殿下だけでない事にショックを受けていた。
一旦、ここでレオナルド視点は終わりです。後はリクナルド殿下視点とマクシム視点なんですけど。こちらもお待たせするかもしれない……。レオナルドに引っ張られちゃっていますので。レオナルド。君はなんでこんなにお坊ちゃんなんだよ……。
こんなレオナルドですが、リクナルドとマクシムが終わったら、また出てきます。
レオナルド視点を書くのが難産で、ついウッカリ新作短編書いてました……。
本作をお待ち頂いた方はヤキモキしていた事でしょう。
あ。どこかから新作なんて書いてないで、続きを書けって声が聞こえる気がする。ごめんなさい。
とりあえずリクナルドとマクシム視点も早めにお届け出来るよう頑張ります。……多分。
リクナルドとマクシム視点は遅くても来週中にはお届けしたいなぁ……。




