19話・抱いてナツ
それからのシャルは積極的だった。隙さえあればわたしとナツの間に入り込もうとする。誰の目から見てシャルがナツに好意を抱いているのは丸分かりで、なんだかんだ理由をつけてナツの世話を焼きたがる。
しかも彼女の行動を増長させているのは、あのガイムが、何かしら彼女にアドバイスをしているように思えてならない。それを鵜呑みにしたのかどうか分からないけどある日の食事では、ナツに向けてスプーンを差し出してきた。
彼女曰く、チョコであるわたしの世話を焼いていては、ナツが自分の食事が出来ないだろうと。
そういうあなたはどうなの? と、突っ込みたくなるけど、それをナツは皆の度肝をぬく行動で上手く回避した。
ナツはパンを手に取ると、端を口に咥えてわたしに突きつけてきた。一緒に食べようという意味だと受け取ってどんどん食べていくと、最後にナツと唇がぶつかった。ナツの唇をぺろりと舐めると、彼は高揚した顔でわたしを見ていた。視線を感じてそれを手繰ればシャルと目が合った。彼女はいそいそと逃げるように席に着く。
調子に乗ったナツは、今度はスープの中の具をわたしに向けて差し出して来る。恥ずかしかったけど、大好きなハムだったから夢中になって食べていたら周囲から、
「あてられますね。ほどほどにお願いしますよ。ナツ」
「ほんと。チョコちゃんが可愛いのは分かるけど」
と、呆れた様な声が上がっていた。バカップルだよなぁ。と、ファラルやオウロから失笑を買ってしまった。
これでシャルが諦めれば良かったのだけど、なかなか彼女は懲りなかった。今度は部屋に相談事があるとやってきて、ナツがそろそろ就寝時間になるからと追い出さなかったらいつまでもいたに違いない。名残り惜しそうな顔をして、シャルが出て行くとナツがため息をついていた。
「ナツ」
「どうした? アロアナ?」
ベッドの中で元の姿になれたわたしは、不安を覚えてナツの背中にしがみついた。
「なんだか心配なの。あなたが取られそうで……」
「心配することはないさ。俺の心はきみにある」
「それでも心配。今のわたしにはあなたを引き止める術がないのだもの」
「アロアナ」
どうしてなのかな? ハッピーエンドまでは程遠いような気がする。ふたりの想いは通じているというのに。
「心配なんていらないよ。魔王討伐の旅に出ていた間も、毎晩きみのことばかり考えてた」
「いまは?」
「昼間はチョコ、夜はきみかな」
涙ぐむと頼りがいのある腕に体を引き寄せられた。そんな彼ともっと確かな繫がりが欲しくなった。
「抱いて。ナツ」
「良いのか?」
ここ数日で考えていた事が口からこぼれ出た。気恥ずかしく思われて答える代わりに彼の唇を奪えばもう一度確認された。
「本当にいいのか?」
後悔はしないか? と、聞かれる。呪いを受けたわたしの身を案じてくれているらしかった。でも迷いはない。ナツに抱かれることで聖なる力は奪われてしまうかもしれないけれど、もともとナツが魔王討伐から帰還すればわたし達は今頃、挙式を挙げていたはずなのだ。それがまだ実行されていなかっただけの話。
「……なるべく優しくする」
「好きよ。ナツ」
ナツは覚悟を決めたようでわたしに覆い被さって来た。昨晩よりも多くのキスが肌に振ってきた。ナツの「好きだよ」と、いう想いが含まれたキスは優しくて、わたしの体を蕩かしてしまいそうだ。ナツのキスは気持ちよかった。
もっともっといっぱいして。
そうお願いしたのがいけなかったのか? 彼の頭がわたしの体の中でもっとも盛り上がっている部分に触れ、甘い吐息を漏らしたと思ったら、生温かな滴が落ちたような気がした。そこから伝わってくる鉄臭いような匂いで察した。
「ナツ、大丈夫?」
慌てて鼻を片手で覆い、わたしから離れるナツ。それを追いかけるように起き上がると、彼は「汚れるよ」と、気遣いの言葉をくれた。
「気にしないで。あなたの鼻の方が心配よ。見せて」
「大丈夫だよ。これは生理的現象? みたいなものだから」
あはは。彼の口から乾いた笑いのようなものが出ていた。どうしたのかな? ナツの鼻に手を翳すと血は止まったけれど、ナツは「情けない」と、わたしには分からないことを呟いていた。
「なあ、アロアナ」
「なあに? ナツ」
しばらくしてナツは言った。
「きみの気持ちは嬉しいけど、こういうのは……シャルの件が済んでからにしないか?」
「わたしのこと、嫌になった?」
「いいや。そんなことはないよ。好きだよ」
「ならどうして?」
もしかしたらナツは、自分から抱いてだなんて言い出したわたしに、はしたないものを感じて嫌になったのかもしれないと思った。
「いまは時期じゃないと思うんだ。まだ、王さま達の誤解も解いてない事だしね。焦ることはないと思う」
ナツはわたしより年上のせいか落ち着いていた。わたしの胸の内には燻るものがあったのだけど。
「さあ、寝よう」
彼は先にベッドに横たわる。その隣に身を寄せたら彼の腕が腰に回ってきた。
「本当はしたくて堪らないんだ。アロアナからはいい匂いがしてくるから」
「あ……」
頭の上にキスが落とされる。彼は抱いてはくれなかったけれど、わたしの不満が霧散してしまうような言葉をくれた。
「きみを大事に思っている。誰よりもね。だからこんなことしたくなるのはアロアナだけだよ」
「ナツ……」
お互い見つめあい、顔を寄せ合って気が付いたら深く唇を交し合っていた。




