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シンデレラ・リアリズム  作者: Aschenputtel
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エピローグ.揺るぎない貴女

舞踏会の夜から数日が経ち、神聖ローマ帝国の小国には穏やかな日差しが戻っていました。ヘルガはいつものように襤褸を纏い、井戸端で山のような洗濯物を力強く洗っていましたが、突如として屋敷の門前に、王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車が滑り込んできました。

馬車の周囲では、血相を変えたエレオノールと、王室の役人が激しい押し問答を繰り広げていました。


「この屋敷にいる貴族の子女は三人だ。主であるフリードリヒ子爵にも王都で確認を取ってあるから、間違い無い」


「いいえ、そんなはずはございませんわ。当家の娘は、マリエルとパメラの二人だけでございます」


エレオノールが必死に否定すると、着飾った義姉たちも焦った様子でそれに追随しました。


「そうですわ。あの夜、わたくしとパメラが殿下と楽しく語らい……あまりの楽しさに、そのガラスの靴をうっかり忘れてしまったのですわ」


「いいえお姉様、お姉様のガラスの靴は綺麗な青色でしたでしょう? そちらの赤みを帯びたものは、わたしの靴でしてよ。殿下、わたしこそがあの夜の令嬢ですわ」


二人の醜い言い争いを聞きかねたように、馬車の扉が開き、王子ルートヴィヒが姿を現しました。数日前の疲弊した様子とは異なり、その深い瞳には執念の炎が灯っています。ルートヴィヒは盛大なため息をつくと、冷ややかに言い放ちました。


「僕が探している令嬢は、僕と同じ高さの視線を持つほどに身長が高かった。貴女方は明らかに僕より頭一つ分は低いではないか」


「まあ、殿下ったら。楽しい舞踏会の最中でしたもの。好意を持つ令嬢が、実際よりも大きく気高く見えてしまうのも不思議ではありませんことよ」


マリエルが媚びを売るように微笑みましたが、ルートヴィヒの視線は氷のように冷たいままでした。


「貴女方も、国中の他の令嬢たちと同じような見え透いた嘘を言うのだな。……いいだろう、この靴が本当に貴女の物であると言うのなら、今ここで履いて、あの夜のように舞ってみせてくれ」


ルートヴィヒが従者に命じて差し出させたのは、あの夜に回収され、王室の職人によって革紐が修復されたガラスの靴の右足でした。そしてもう片方は、普通の靴に頑丈な鉛の板を幾重にも貼り付け、ガラスの靴と全く同じ重さに調整した臨時の左足の靴でした。


「お安い御用ですわ」


意気揚々と右足のガラスの靴に足を通したマリエルでしたが、その瞬間、彼女の顔から余裕が消え失せました。靴が、異常なまでに重いのです。歩き出そうとしたマリエルでしたが、数歩も進まないうちに自重と負荷に耐えきれずバランスを崩し、足首をおかしな方向にぐにゃりと曲げながら石畳の床へ転倒しました。


「痛いっ! ああ、足が、私の足が!」


涙を流して悲鳴を上げながら引き抜いた足の先は、硬いガラスの枠に圧迫されて爪が割れて血が滲み、ひねった足首はみるみるうちに赤く腫れ始めていました。


「いけませんわ、お姉様ったら。ご自分のサイズにも合わない他人の靴を無理に履いたりなんかするから」


パメラは転がった靴を冷酷に奪い取ると、自らも足を通しました。しかし、やはり靴は恐ろしいほどに重く、足が地面に縫い付けられたかのようです。元から鍛え上げられた筋肉がなければ、持ち上げることすら叶わない塊でした。パメラは意地になっていくつかステップを踏もうと試みましたが、数歩ほど無理にステップを踏んだ瞬間に激痛が走り、すぐに悲鳴を上げてその場にうずくまりました。

引き抜かれた彼女の足からは踵の皮が大きく剥け、無惨な靴擦れができていました。


「これで納得してくれたかな。あの夜の令嬢は、貴女方ではない。あり得ないんだ。それでも自分だと言い張るのなら、この特殊な靴をどこで買い、どこの職人が作ったのか、その名を言ってみるといい」


王太子の冷徹な宣告に、エレオノールと二人の娘は屈辱に震え、言葉を失って歯噛みするしかありませんでした。しかし、その静寂を破るように、屋敷の奥から凛とした声が響き渡りました。


「その靴は、私が作った物です。舞踏会以来ですね、ルートヴィヒ殿下」


一同が驚愕して振り返ると、庭のハシバミの木の下には、煤と灰を綺麗に洗い流し、夜空を散りばめた紺色の戦闘ドレスを厳かに纏ったヘルガが佇んでいました。その左足には、もう片方のガラスの靴が完璧に装着されています。

ヘルガは軸の全くぶれない、迷いの無い足取りで王子の元へと歩み寄りました。そして、地面に落ちていた右足のガラスの靴を軽々と拾い上げると、その場で右足へと装着し、完璧にして優雅な宮廷の礼を捧げました。


「私をお探しですか、殿下」


「ああ……貴女だったのか」


ルートヴィヒの顔に、この数日間で見せたことのないほどの狂喜と恍惚の表情が浮かびました。王子が震える手を差し出すと、ヘルガの白手袋に包まれた手がそっと重ねられました。その瞬間、ルートヴィヒの手に伝わってきたのは、あの舞踏会の夜と全く同じ、樹木のようにみっしりと鍛え上げられた力強い感触でした。


愛おしさのあまり、ルートヴィヒは彼女を我が物にと抱き寄せようとしました。しかし、ヘルガの肉体は大地に深く根を張った巨木のように微動だにせず、王子はびくともしない彼女の質量に圧倒されました。

ヘルガは苦笑しながら、自ら一歩歩み寄って王子の胸へと収まります。ルートヴィヒがその腰に手を回すと、ドレスの奥からはやはり、鋼のように硬く強靭な腰筋の躍動が伝わってきました。

すべては、あの歓喜と恐怖に満ちた夜のままでした。


「……何があろうとも決して揺るぎない、強い貴女を、僕の生涯の妻に迎えたいのだが、いいだろうか」


それまでの王太子の威厳はどこへやら、ルートヴィヒはまるで雨の中に打たれる子犬のように、不安と期待の入り混じった瞳でヘルガを見上げ、静かに告げました。

そんな王子の様子に、ヘルガはこれまでの過酷な忍耐の日々が全て報われたことを確信し、初夏の美しい花がほころぶような、この上なく眩しい笑顔を向けたのでした。

⭐︎リアリズムポイント⭐︎

原作ではガラス、もしくは金の靴を履くために、義姉たちはつま先を切り落としたり、踵を削ったりします。最後にはサンドリヨン贔屓の小鳥に目を抉られたり、散々な目に遭いました。

…バレた後のことを考えなかったのでしょうか?

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