8王宮の薬師と会う
私はよりによって王宮の薬師に任命された。それもアルベルト殿下の担当に。
一体どうする気なんだろうと構えてしまう。
もし、アルベルト殿下が私に気づいたら?
お母様を殺した憎い女の娘の私が彼を助けて彼の薬を調合するなんて知ったら殺されるかも知れない。
いやいや、弱気になってはだめだ。こんなチャンスはもう二度と訪れないかもしれない。王宮に出入り出来ておまけに薬物倉庫にも出入り自由。薬師の権限で過去の薬草の購入記録や誰がどんな薬を作ったかも調べられる。
あの日王妃に医師からどんな指示が出ていたのか。お母様がどんな薬草を使ったのか。何か一つでも手掛かりになる事が分かるかもしれない。
お母様の無念を思えばこれくらい我慢できるはずだ。
とは言ったもののどうすればいいのだろう。恐かった。
取りあえずロイトン・キャベル先生から薬師のみんなに紹介をされた。
その部屋には4人の薬師と思われる人がいた。一人は中年の女性、髪色も目もは私と同じ。一人は目つきの鋭い黒髪の男。一人は金髪に青い瞳。かなり高位貴族の令嬢っぽい。もう1人は赤茶色の髪に緑色の瞳。優しそうな顔。
「急きょ、今日からしばらくの間ここで働く事になったアナだ。皆、忙しいだろうが色々教えてやってほしい。アナ、こちらの女性はヴェス・キャベル。もうわかると思うがうちの親族だ。こいつはレオン。平民だが優秀だ。彼女はアマンダ・ガクセン侯爵令嬢。そしてもう一人メアリー・ヒュートン伯爵令嬢だ」
私は「アナと言います。不慣れでご迷惑をお掛けすると思いますがどうぞよろしくお願いします」と挨拶をした。
「まあ、ロイトン先生いきなりなんですの。ですがこの方平民ではありません?王宮薬師は貴族と言う決まりがあるんですよ」
アマンダ様が一番に声を上げた。
「ああ、だが、彼女は殿下を助けた。だからほんのしばらくの間、彼女には殿下専属の薬師として働いてもらう。他の事は許可しない。これならいいだろう?彼女の力が必要なんだ。とにかくここの部屋を使う許可を与えたから、いいな」
「もう、余計な事をするんだから!」
「へぇ、ロイトン先生意外と強気。まあ、キャベル家の人だもんな。キケル先生もあまり口うるさく言えないんだろうし、あっ、俺はレオン。よろしくな」
「レオン様よろしくお願いします」
「ああ、アナ、頼むから様はやめてくれ。レオンでいい」
「わかりましたレオンさん」
「おお」
レオンさんは気さくな返事を返した。
レオンさんは平民と聞いたがどうしてここで働けているんだろう?きっと優秀なんだろう。それにしても口調がくだけすぎ。キケル先生って宮廷医長だったはず。きっと口うるさいんだろう。でも、ロイトン先生の方が爵位は上だし王妃のご実家だから。
私はすっと息を吸った。ロイトン先生は信じてもいいのだろうか?
すごく身体に力が入っていた。だっていきなり王宮に来て、私はディアナだってばれないようにしてるわけだし、ここは恐いって気持ちが先だっている。
「あの、私はメアリー・ヒュートンです。どうぞよろしく」
柔らかな口調がした。
「あっ、初めまして。あのアナと言います。ご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」
「こちらこそ、私もまだ薬師になって半年で不慣れな事が多くって一緒に頑張りましょう」
彼女は貴族だけど平民だからと言って頭ごなしに軽蔑はしないらしい。
問題はアマンダ様らしい。ここではかなり力を持ているみたいだし、ガクセン侯爵と言えばガイアスの手下のガクセン財務局長。こんな所までガイアスの力が‥何だか王宮の縮図を見たみたいだ。気が重い。
「アナ、わからない事は何でも聞いて。それから薬草に勝手に触れない事。必要な時は私に言って、いいわね」
ヴェス様がそう言った。
ヴェス様とロイトン先生は目くばせしてお互い頷き合うとロイトン先生は言った。
「アナ、明日は殿下の診察についてもらう。それまでに殿下の薬を作っておいてくれ。今晩の分もだ」
「殿下の薬ですか?処方はどのように?」
「殿下の容体を見ただろう?今の殿下に必要なものを処方してくれ。君ならわかっているはずだ」
「容体は見ましたが、でも処方は医師の指示のはずです」
これ以上アルベルト殿下に何かあったらどうするんです?私は責任取れません。と心の中で言う。
「もう、わかってる。だろう?」
「あっ、でも‥処方は先生の指示のはずです」
「いや、君に任せる。じゃ、頼んだ」
ロイトン先生はさっとヴェス様と目くばせをすると出て行った。
阿吽の呼吸?二人は親戚と言っていたからか。
ヴェス様がそっと近づいて言った。
「とりあえず案内するから、今日は場所を覚える事から始めましょう」
私は返事も出来ずにさっきのやり取りが気になっていた。言い方が仕草が何だか母に似ていた。
魔力が暴走して落ち込んで、でも、母は取りあえずおやつにでもしましょうかって平気な顔で私を食堂に連れて行ってくれた。身体中が熱くなってそれでもやった事が恐くって身体の芯は凍えるほど冷えていて、そんな私の手をぎゅっと握ってくれて目くばせで大丈夫だと頷いてくれた。
「はい」
やっと小さな声で答えた。
「もう、ロイトン先生ったらいきなりで驚いたでしょう?それで今まではどこで働いていたの?」
ヴェス様は私の手をそっと握ってくれてもう片方の手で手の甲をそっとさすってくれる。
「救護院で‥看護係をしていましたが薬師の資格を取ってそれで働いていました」
「まあ、勉強熱心なのね」
「いえ、病気の人の助けになりたくて」
「偉いわ。ここの人たちって個性的な人が多いの。アマンダは自信家で勝気。でも、薬師の腕は確かなの。レオンは口が悪いけど的確で合理的よ。メアリーは癒しかしら。まだ半年で半人前だけど一生懸命なところに癒されるのよ。あなたは頑張り屋さんね。この手すごく努力してるってわかるもの」
握られた手は日々の生活でかさかさになっている。薬の調合やシーツを洗ったり病人の世話でお世辞にもきれいな手とは言えない。すごく荒れていた。
私はさっと手を引っ込めた。今の私は平民。貴族の人と対等ではいられない。
「すみません。気が付かなくて‥私、失礼を」
「いいの。これからはここで働く仲間でしょ。そんな事気にしないで」
それからヴェス様は薬棚を案内してくれて薬草の保管室にも連れて行ってくれた。
調合室にはたくさんの薬瓶や薬草があって戸棚にはたくさんの書物が入っていた。
それにしてもヴェス様って魔法が使えるみたい。手が触れた時彼女が何かの魔力を纏っている事に気づいた。
魔法が使えるものは相手に触れた時魔法を使っているとわかるものらしい。だから彼女は魔力があるって事だ。キャベル公爵家の縁せきなら王族の血が入っているのかもしれない。
でも、かなり魔力が多いと思う。まるでお母様みたい。そう言えば顔つきもお母様に似ていた。
何だかヴェス様と一緒に仕事できるのが楽しみになって来た。
コニアはすごく心配してたけど、ここは意外と安心出来る場所なのかもしれないと思った。
色々な薬草の香り。すり鉢をする音や鍋を煮たてて薬草を煮だす匂い。瓶が触れ合う音やそれを見つめる真剣な眼差し。
薬師としての仕事をする姿は私と同じだと思った。
それにしてもアルベルト殿下の薬を作るだなんて。
ロイトン先生医師ったら仕事して下さい。
私、キャベル先生の事をロイトン先生って言ってる。でも、みんなロイトン先生って呼んでるんだからいいわよね。




