1婚約は白紙に戻されました
私はディアナ・オールデル。アルドラーゼ国のオールデル公爵家の娘。母は隣国ブガリア国の王女でアルドラーゼ国の宰相をしている父とは恋愛結婚だった。夫婦仲は良く家族で幸せに暮らしていた。
母の育ったブガリア国では魔力を持つものがいた。母は王族で魔力が多く薬草にも詳しくアルドラーゼ国では宮廷で薬師をしていた。
私も10歳で魔力がある事がわかった。最初に魔力が現れた時私は驚いて魔力が暴発した。そのせいで使用人が階段から落ちてけがをした。そのせいで私は魔力を暴走させる令嬢と言われるようになった。
だから魔力は人前で使うことはしなくなった。母は私に魔力の使い方を教えてくれた。私の魔力の種類は治癒魔法、他にも質の良い回復薬も作れるようになった。
15歳の時にはアルベルト殿下の婚約者に選ばれた。この頃はまだ魔力を持っていることに不快を示す者はいなかった。
アルベルト殿下は唯一の国王の子でアルドラーゼ国の太陽。全ての貴族令嬢の憧れの的だった。
そんなアルベルト殿下との婚約が決まり私は天にも登るような気持ちだった。
それでも気を引き締めこれまで以上に驕らず殿下の婚約者として相応しい行動を心掛けてきた。
だが私が18歳の時だった。
王妃が毒殺された。
宮廷に務めグレイス王妃の担当をしていた薬師の母が王妃に毒を盛ったと疑われ牢に囚われた。
ちょうどその頃ブガリア国とは国境沿いにあるリーブル川の利権をめぐって苛烈な争いが起きていた。ブガリア国はリーブル川の水を飲み水や作物の水源としているがアルドラーゼ国側は新たに見つかった金鉱脈がリーブル川に流れ込んでいる事がわかり川を堰き止めて金の回収をし始めた。これによって川の水量が減りおまけに川がひどく濁ってしまいブガリア国から抗議を受けた。
それでもアルドラーゼ国側は聞く耳を持たなかった。そしてある時、国境付近で魔獣は現れ被害が出た。それも一度や二度ではなく何十回もの人間が魔獣の襲われて怪我をして苦しんだ。
ずっと魔獣はブガリア国側に多くいて川を挟んだアルドラーゼ国には滅多に被害が出ていなかったので人々はブガリア国が魔力を使って魔獣をアルドラーゼ国側に寄越したに違いないと噂が流れた。
すでに二つの国の関係は最悪なものになっていた為そんな証拠もない噂一つでブガリア国との仲は最悪なものになり母は余計疑いを掛けられた。
そんなこともあってか魔力を持っていること事態が嫌悪されるようになった。
この国は医療は教会と王宮が運営している。医師の資格は厳しい試験に受かった者に与えられ宮廷医と一般の医師に分かれる。但し宮廷医は貴族出身で教会の救護院や街の診療所に来る医師は平民出身の者がほとんどでその決定権は宮廷医長が持っていると言っても良かった。
薬師の資格もきちんと試験に受かった者が出来る仕事だが薬師は民間の商会や地方にも必要とされている為試験に受かれば誰でも薬師になれた。
だが宮廷医の下で働く薬師は貴族出身の者が多かった。
王妃の薬は宮廷医の支持に従い薬師が薬を調合して薬を投与したり看病を担当する。
母は医師の指示通りに薬を調合したはずだったが逆に魔力を持っている事で毒を盛る事くらい簡単にできると思われた。
母は無実を訴えたがその訴えは取り上げられることはなかった。母は数日後に毒を飲んで自殺した。
私は母の亡骸を引き取りたいと言ったが聞き入れられなかった。
そしてすぐに父が公金を不正利用した罪を疑われ宰相の役職を懐妊されオールデル公爵家の当主の座を辞した。
父は決して不正をしたわけではなかった。母の祖国のブガリア国の災害に公金を使った事に不興を買ったらしい。
父は無実を訴えたが病気のニコライ国王に変わって政務を請け負っている王弟のガイアス国王代理は一切取り合わなかった。
父はすっかり生気を失い領地に引き込んだ。
そして私はアルベルト殿下との婚約を白紙に戻された。婚約破棄でも解消でもない白紙。
それを言い渡されたのは殿下の執務室だった。隣には国王の弟のガイアス国王代理がいた。
「ディアナ、お前との婚約を白紙にする」
「アルベルト殿下。でも」
「お前もこれだけの事があればただで済むとは思っていなかったはずだ。婚約破棄でなく白紙にするだけありがたいと思え」
殿下は汚い物でも扱うかのように言葉を吐き捨てた。ほんの少し前まで殿下は口数こそ少ないが優しかった。そっと気遣ってくれた。好きな花を送ってくれた。贈られた夜会のドレスも美しかった。
だから私は彼を支えてきた。執務で彼の疲れを感じれば気づかれないように彼の身体を回復させて来た。剣の稽古で傷を作ればそっと治癒魔法を使った。プライドの高いアルベルトは人に頼るのが嫌いだったし魔力を使っていることを知られたくなかった。
それでも私は彼の事を信じていた。
なのに。
確かに確実ではないにしても疑いを掛けられただけで私はもう婚約者として相応しくないのだろう。だから、殿下にすまないとでも言葉を掛けられたら自分で婚約を辞退すると言うつもりだった。
でも、そうではなかった。だからつい言った。
「そんなに父や母のした事がはっきりしているなら破棄して下さって結構です。ですが母も父もそんな事をするとは思えません。それなのにいきなり白紙だなんて、まるで私は最初からいなかったみたいなんですね」
アルベルト殿下は私を睨んだ。
「ふん、魔力持ちが、お前や母親の言うことなど信じられると思うか?」
その傍でガイアス国王代理が口を開いた。
「あなたにとっても最善を選んだつもりです。破棄となればそれに伴う賠償もありうるんですよ。今のあなたにそんな余裕がおありかな」
ガイアス国王代理の人を見下すような冷たい眼差し。あれでも時には優しい目を向けてくれていたアルベルト殿下の訝しい顔。
私の心はすでに両親の事でギリギリまで追い詰められ壊れる一歩手前だと言うのに。
でも、母は王妃毒殺の疑いをかけられたのだ、それだけでもう私の立場はないくらい理解できていた。それなのにそんな忌まわしい物でも見るような目で私を見下している殿下を見て一気に気持ちが引いた。
「わかりました。お話はお受けします。殿下、私だって最初から婚約を続けられるなどと思ってはいませんでした。なのに。そのような言い方をなさらなくても良かった。私はそこまで図々しくはありません。失礼します」
一瞬、アルベルト殿下の顔が引き攣った。
そんな時父が流行り病で亡くなったと知らせが届いた。同封された手紙には流行り病は感染の危険があり遺体はまとめて処分されたと書かれていた。
私は母の最期も父の最期にも会えないまま遺体を埋葬する事さえも出来なかった。
すぐにオールデル公爵家は父の弟のリチャード叔父様が引き継ぐと屋敷にやって来た。
私は失意の底にいた。
叔父と叔母のナージャ、いとこのシャロン達は最初から我が物顔で屋敷を取り仕切り私を邪魔者として扱った。
叔父たちが屋敷に入って来ると今までの暮らしは一変した。食事を抜かれたり持ち物を勝手に使われたり嫌みを言われたりシャロンが私の持ち物を持ち出したと叔父に訴えれば逆に叔父から暴力を受けた。
そんな状態だったので私は叔父に逆らう気力もなくなっていた。
そんな中で私の味方は母の侍女だったコニアだけだった。コニアはいつも私を庇ってくれた。でも、コニアが悪く言われるのが嫌で私は殴られてもコニアに我慢させた。
コニアだけは守りたかった。




