愛しい君
「...お呼びでしょうか、陛下」
リアムが膝をつきお辞儀をすると、広間の玉座に座るルイスは従者たちを人払いして言った。
「二人きりになったから堅苦しいのはやめてくれ、リアム」
リアムは立ち上がって言った。
「...サラ王女との見合いのことか?ちゃんと逃げずに会いに行ったぞ」
「聞いたよ。ちゃんと会ってくれたんだな。なかなか美人だろ?まあ、だいぶお転婆なんだが...そんなところもカワイイ」
ルイスがニヤニヤ笑いながら言うので、リアムはため息をついた。
「あのな...最初から言った通り、俺には身分が釣り合わない。だから見合いなんて--」
リアムが言いかけたとき、ルイスが遮るように言った。
「実は見合いではないんだ。サラは年明けに隣国へ輿入りすることが決まっている。...絶対に言わないでくれと頼まれたんだが、今回はサラがどうしてもお前に会いたいと頼んできて..."見合い"として強制的な場にしないと会ってくれないと思ったんだ」
「は?」
リアムは先日のサラの告白を思い出した。真っ直ぐに気持ちを伝えてくれた彼女の目がどこか切なくて儚げだったのが気になっていたのだ。
「騙すようなことをして、すまない...。サラが君と会って話せたことをすごく喜んでいたから、お礼を言いたかったんだ」
ルイスがリアムに頭を下げる。一国の王が首を垂れるなど、家臣が見たら発狂するだろう。
「...いや、礼を言われるようなことはしていない」
リアムはサラの顔を思い出して胸がギュッとなるのを感じた。
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騎士団が非番の日で、リアムは昔お世話になった孤児院へ来ていた。
フェリーチェ孤児院。ここは彼が孤児院を転々とするなかで最後に行き着いた場所だった。教会の中にある小さな小屋で、修道女のマザーが多くの孤児たちの面倒をみていた。
魔力の制御がうまくできず、周囲の人々を傷つけてしまって笑えなくなったリアムに、マザーが騎士団へと推薦状を書いてくれたのだ。
リアムの訪問に気づいたマザーは顔を綻ばせた。
「まぁ、リアムじゃない。久しぶりね。元気だった?」
リアムは両手に抱えた紙袋をマザーに差し出す。中には果物や野菜がたくさん詰まっていた。
「あぁ、しばらく来れなくてすまない。これ、子どもたちに」
「あ!リアム兄ちゃん!!」
リアムに気づいた子どもたちが一斉に飛びかかった。
子どもの一人がウキウキしながら言う。
「今日はリアム兄ちゃんも来てくれたから、たくさん遊べるね!」
「兄ちゃんも...?他に誰か来てるのか?」
リアムが顔を上げると、草むらの中で数人の子どもたちと鬼ごっこをしている女性を見つけた。
あれはまさかーー
「...サッ!?」
リアムは出かかった彼女の名前を咄嗟に押し込んだ。目の前で楽しそうに遊んでいたのは、紛れもないサラ王女だったのだ。
リアムに気づいた王女は驚いて、彼のもとへ駆け寄った。彼女はリアムに顔を近づけてこっそり言った。
「ここでは私のことはミラとお呼びください。身分のことは伏せていますので...」
リアムは頷くと、信じられないという顔で彼女を見た。王族がろくな護衛もつけずにこんな所まで...どういうことだ?と混乱していた。
マザーがやって来てリアムに言った。
「あら、二人は初めてお会いするのかしら。こちらはミラさん。子爵家のご令嬢で、よくうちの孤児院に寄付をしてくださるの。子どもたちともたくさん遊んでくれて、仲良しなのよね」
マザーの言葉に照れるサラを見て、リアムは初めてを装うように言った。
「リアム・ハワードです。はじめまして...」
「はじめまして...」
そう言って二人は握手をした。リアムは握った彼女の手が小さくて柔らかくて、少し力を入れたら壊れてしまいそうな感覚だったのですぐに手を離した。
子どもたちとひとしきり遊んだあと、二人はベンチに座ってひと休みしていた。
「...先日は、すみませんでした。突然あんなことを言って、逃げてしまって...」
サラが顔を赤ながら言った。
「いや、大丈夫です」
リアムもつられて赤くなる。
「忘れてくださいね、リアム様を困らせたくないんです......」
サラは気まずそうに次の話題を探しているようだった。リアムがサラに尋ねる。
「サ...ミラ様はどうしてこんな所に?外出してもよろしいのですか?」
「実は...いつもこっそり抜け出して来てるんです。こうして子どもたちと一緒に過ごすと、また明日も公務を頑張ろうって気持ちになれるんです」
穏やかに笑うサラを見て、リアムは言った。
「...俺もです。ここは俺が育った孤児院なんです。幼い頃に両親を亡くしてから、ずっと孤児院を転々として...でも、最後に俺を受け入れてくれて」
「リアム様の大切な場所なんですね...。私もフェリーチェ孤児院が大好きです。マザーも子どもたちも温かくて...リアム様は子どもたちからすごく慕われていますものね。みんな騎士団でのリアム様のご活躍をうれしそうに話してくれます」
「...ふ、そうかな」
「あ!今笑いました!」
目を丸くしたサラがリアムの顔を覗き込んだ。
リアムは顔を片手で覆いながら言う。
「......笑ってません」
「笑いました!絶対笑いました!」
うれしそうに笑うサラに、リアムは照れていた。
その光景を見た数人の子どもたちが、遊びを中断してやって来た。
「ねえねえ、ミラお姉ちゃんはリアム兄ちゃんのこと好きなの?」
「ふぇ!?」サラの声が裏返る。
リアムが咄嗟に否定しようとすると、サラが言った。
「...ええ。優しいリアム様が大好きよ」
照れながらも笑いながら答える彼女に、リアムはいつもの無表情が少し崩れたようだった。
子どもたちが驚いた顔をして騒ぐ。
「あ!!兄ちゃんが笑ってる!!初めて見た!!」
「みんなー!!リアム兄ちゃんが笑った!!」
その声を合図に子どもたちが二人に駆け寄った。
顔を赤くしているリアムに、サラは言った。
「やっぱり、あなたには笑ってほしいわ」
そんなサラを見つめて、リアムは自身に初めて生まれた"愛しい"という気持ちを感じていた。




