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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)

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錯綜3-2-⑩:殺意の境界線

和は明らかに迷惑そうな顔を浮かべたが、人の好い叔母がさりげなく援護射撃をしてくれた。


「それがいいわ。じゃあ、お部屋にお茶と紫園さんが持ってきてくれたクッキーを持っていくから、ふたりでお話していらっしゃい。その間に叔母さん、ごちそう作るからね」

「で、でも部屋、散らかってるし……」

「そんなの、全然気にしないよ」

「何言ってるの、和ちゃんが部屋を散らかしてたことなんて、ないじゃない」


 和の叔母の言葉に、寧々は心の中で拍手喝采を送った。これで、和と二人きりになれる。学校ではできないような話が、きっとできる。和は渋々と言った感じで、寧々を自分の部屋に案内した。


「やっぱり、想像してた通り」


和の部屋に入った瞬間、寧々はそうつぶやいた。室内は整然としていて、余計なものが一つもない。本棚には参考書が並び、マンガや雑貨類は皆無。まるで感情の痕跡がないような空間だった。


「想像って?」

「きっと、こんな感じだろうなって。あんまり女の子っぽくなくて、シンプル。和って、お人形とか飾ってるイメージないもん」

「あなただって、そんな雰囲気ないわよ」

「あら、でも私の部屋にはあるのよ。お人形」

そう、寧々の部屋には、ずっと置かれたままの古い人形がある。

「そうなんだ」

「でも、本当は私のじゃないんだけどね……死んだ妹のなの」

「死んだ……?」

「うん、妹は……私が殺したんだ」


寧々は静かに、そしてじっと和の反応を見つめた。「殺した」という言葉に、和がどう反応するかを知りたかったのだ。


「な、何言ってるの?悪い冗談……」

「本当だよ」

「そんなわけ……」


明らかに和は動揺していた。その反応は、和自身の経験に基づくものなのか、それとも単なる驚きなのか、まだ寧々には判断がつかなかった。


「だよね~、嘘に決まってるじゃん」


寧々はおどけたように笑った。けれど、自分の放った言葉が胸に突き刺さる感覚があった。胸が苦しい、そう、妹は寧々が殺したも同然なのだ。あの時、隠れん坊をしていた最中に、眠ってしまわなければ、妹を助けられたかもしれない。そんな思いがあの日からずっと消えない。


「でも、妹が死んだのは本当。まだ小さいときにね」

「そう……なの」


やっぱり分からない。もっと直球で聞いた方がいいか。でも、そんなことをしたら警戒されるだけ。でも殺人の話なんて、いつ言ったってどうせ警戒される。それならーー。


「和は、ない?」

「……何が?」

「人を殺したこと」


寧々は和の顔をじっと見つめ、無言のまま笑った。和は寧々を探るように見る。寧々は口の橋をあげて二ッと笑って頷く。もし、和があの男を殺していたとしても、誰にも言わない、何も変わらない。そういう思い込めた表情のつもりであった。


「な、何言ってるの……そんなの普通、ないでしょ。あったら今、こうして学校になんて通えてないじゃない」


そう答える和の表情はあまり変わらない。やはり心が読めない。和は、自分を守る術を知っている。寧々と同じように。これはきっと何かあるはずだ、とますます思ってしまう。


「ま、そりゃそうだよね。でも、完全犯罪ができたら……ありかもよ」

「完全犯罪?一体、何言ってるの?」


和の目が鋭くなる。探るような視線が、寧々を射抜く。


「何って?」

「何か意味があって、そんなこと聞いてるの?それとも小説の話でもしてる?」


明らかに警戒している。でもそれこそが、和の心に潜んでいる何かなのだ。寧々は、それをほぐすように明るい声で笑った。


「やだなあ、和。なんでそんな怖い顔してるの。なんにも深い意味なんてないって。ただ、ちょっと聞いてみただけ」


和は寧々の返答に少し、イラついた表情になった。揶揄われているとでも思ったのだろう。全くの嘘ではない。寧々は本気で、完全犯罪を考えたことがある。あの男を、この世から葬るために。


「私、ミステリー好きなんだよね。サスペンスドラマとか観てるとさ、もうハラハラしっぱなし。“これじゃバレるよ~”とか、“ああ、詰めが甘い”って突っ込んじゃうくらい。だから、完全犯罪とか、ちょっと興味あるんだ」

「サスペンスドラマって……」


和はそう呟き、しばし黙った。そして、ふいに寧々をじっと見つめ、静かに口を開いた。


「私……人を殺そうとしたことならあるよ」


余りにも普通に話す和。でもその一言に、ドクン、と心臓の鳴る音が聞こえる。予想外の反応だ。和もまだ、寧々の心情を図っているのだろう。


「どうやって?」


寧々は声を殺すように問いかけた。次に和なんていうのか。すると和は、両手で何かを握るような仕草を見せた。


「こうして、包丁を握って……」


そして、そのまま両手を突き出す。一瞬、その手に本当に包丁が握られているかのように見えた。


「刺し殺そうとしたんだ……すごいね!」


寧々はわざと明るく言った。


「すごいって……人を殺そうとしたって言ってるのよ。わかってる?」

お読みいただきありがとうございます。

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