錯綜3-2-⑨:それぞれが抱える過去
食堂で目についたパンを急いで購入し、教室に駆け戻ると、和は弁当箱を開けたまま、箸をつけずに座っていた。その姿を見て、ちょっと嬉しくなった。
「よかった! 待っててくれたんだ」
食堂の売店まで往復走ったせいで息が切れるまま、寧々は和の前に座り込んだ。
「ね、和のお弁当って、お母さんが作ってるの?いいな~」
和に母親がいないことは寧々も知っている。でも、それを和は寧々がそれを知っているとは思っていないはずだ。和はどう答えるのだろう。
「叔母が作ってるの。養女になってるから戸籍上は母親だけど、本当の母はもういないわ」
「いないって?」
「私が中学に上がった年に死んだの」
和は淡々と答えた。別に隠す様子もない。まあ、いないのは事実だし、隠す必要もない。寧々はわざととぼけた返事をする。
「えっ、そうなの? 全然知らなかった。和ったら、何も言わないんだもん」
「そんなこと、わざわざ言いふらすものじゃないでしょう」
「うん、そうだけど……え、じゃあ和もうちとおんなじ? あ、違うか。養女ってことはお父さんは?」
「父は、私が小さい頃に母と離婚して、それっきり。どこにいるのかも分からない」
「そっか……ああ、だからだ」
「だからって?」
「私が和に親近感を覚えるのは、きっと似ているからだよ。私たち二人とも、お母さんがいないから」
本当は、似ているのはそんな表面的なことじゃない。二人とも、同じ男に人生を狂わされた。寧々は、和もまた「あの男」の犠牲者だと思っている。
「そんなの関係ないと思うけど。言わなければ分からなかったことだし。世の中に母親のいない高校生なんて山ほどいると思うよ。みんなが似ているわけじゃない」
「そりゃそうかもだけど、言わなくても、どこか通じるものがあるように思うんだ、和とは」
「意味不明……」
「あ、でも和には叔母さんがいてよかったね。一人は寂しいもん」
ふと、いつも家で1人で食事をしている自分の姿が浮かぶ。もうとっくに慣れてしまったが……。
「一人って……紫園さんには、お父さんがいるでしょう?」
「いるけど……仕事でほとんど家にいないから。朝ごはんも晩ごはんも、いつも一人。だから学校で食べるお昼がいちばん楽しい。みんながいるから」
それは本当の気持ちだった。賑やかな場所にいると、気が紛れる。自分が一人じゃないと思える。寧々は、常に「輪の中」にいたいのだ。光の中にいたい。そうしないと、あの事件の日の記憶に、すぐに引きずり戻されそうになるから。
「そうなんだ……お父さんと一緒にごはん食べられるといいのにね」
和のその言葉は、意外だった。そん風に言ってくるとはまるで思っていなかった。予想外の言葉に少し心が温かくなる
「 和がそんなこと言ってくれるなんて!やっぱり和って、優しい!」
「わ、私は別に……」
でも父はきっと、もう寧々とは一緒に過ごしてはくれない、そう思っている。
(私だけが…‥生き残ってしまったから)
父とは本当は縁もゆかりもない私だけが生き残った。父にとってはきっと耐え難いことなのだ。それに――もしかして、父はもう、母と妹を殺した犯人に見当をつけているのではないか?そう思うことがある。だからこそ、寧々を避けているのではないかと。
「でもダメなんだ。お父さんは、私と一緒にいたくないの……」
「え?」
「な〜んでもない。さ、早く食べよっ! あ、これちょうだいね!」
そう言って、寧々は和の弁当から卵焼きをひとつつまんだ。無意識に本音が漏れかけたことを、慌ててごまかすように。
「ちょっと!」
ここにいる和は、きっと「本当の和」ではない。サッカーをしていた、明るい女の子が、きっと本来の姿だろう。何かがあって、それでも一生懸命踏ん張っている。和は、もしかすると寧々よりも、ずっと強いのかもしれない。
そんな和から、翌日、思いがけない誘いを受けた。和の家に遊びに来ないか、と。
願ってもないチャンスだった。和のことをもっと知る。和の「本音」に近づける。そう思った。当然二つ返事OKした。
そしてその次の日曜日、寧々は和の家を訪問した。和の叔父と叔母は、穏やかで優しそうな人たちだった。寧々が訪ねると、和の叔母がにこやかに迎えてくれた。どうやら和は、これまで友達を家に招いたことがないらしい。そんな和が、どうして自分を誘ってくれたのか、正直、寧々にも分からない。きっとウザがられてると思っていたのだから。でも和の叔母に会ったときに、何となくこの人が呼んでくれたのかな、と感じた。
「ねぇねぇ、和の部屋が見たい!」
リビングに通されて、少し経ってから、寧々は遠慮なくそう申し出た。
「は?」
お読みいただきありがとうございます。
いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




