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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜3-2-⑧:もしや、和もあの男の……

「うん、そんな感じに見える」

「まさか。それはないと思うけど。君の勘違いじゃない?」

「そうかなあ。何か他の子に向ける目と、浩太に向けるそれは違うように感じるけどな」


そう首を捻ったところで昼休みが終わるチャイムが鳴ったので、3人は一緒に教室に戻った。


 帰宅後。部屋の鏡に映る自分の顔を、寧々はじっと見つめた。


(やっぱり、和の方が母に似ている。……他人なのに)


自分は、父には勿論、母にもあまり似ていない、とずっと思っていた。


(私がもっと母に似ていれば、父の態度も変わっていたかもしれない)


そんなことを何度思ったか知れない。


 優斗の言葉が脳裏に蘇る。「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」、あれは間違っていた。馬は和ではなく、和の母だったのだと思う。母に似ている和に岳は最初から目をつけていたのだ。だが相手は小学生。近づくにはその母親の方が適任だったのだろう。


 山下岳はコーチを辞めた後、狙いすましたように和の家に入り込んだ。だが、和の母が亡くなったとき、彼はもうそこにはいなかった。何かあったということか。


 母親の自殺。そして、和の変貌。何かがあった。和親子に、母親が死を選ぶほどの何か。そして、湧き上がるもう一つの疑念。それは母に対しても抱いていた疑問、でも寧々はそれを認めるのが怖い。それは自分自身さえも否定してしまうような事だから。


 しかしもし、寧々が思っていることが事実であったなら、それが和の身の上にも起こったとしたらあの男を殺したのはもしかしたら和なのかも知れない。そんな思いが沸く。


(そういえば……)


ふと、昼間の朝陽と浩太の様子が蘇った。


 寧々が今日、自分の母のことを話したときの浩太と朝陽の反応、あれはやはり奇妙に感じた。確かに「母親がっ殺された」なんて平然と言われたら、戸惑うのは当然だけど、何かそれだけじゃない感じがした。何かが引っかかった。朝陽はやけにムキになり、浩太は沈黙した。簡単に口にしていい言葉でないことは十分に承知している。


 寧々自身にも、なぜあんなことを言ってしまうのか分からない。普通、人には知られたくないことなのに、自分から話してしまう。しかも、何でもないような顔で。それは冗談ではなく、無意識の告白だ。でも、あの二人の反応はやはり何か、引っ掛かった。単に驚いた、という以上のものがあった。

そう言えば、幸田にも母親がいない。


(まさか、浩太の母親も変死したとか……?)


と、考えて首を横に振った。さすがにそれはないだろう。こんなに身近にそんなことが重なったら、世の中事件だらけだ。


 でも和は、浩太に「興味がある」と言っていた。恋、ではないとしたら他に何があるのか。彼の存在そのものが、何かを呼び起こすのだろうか。


 寧々は夜、パソコンを開いて「上條」という姓で検索してみた。だが、出てくるのは有名人の名前ばかりで、浩太に繋がるような情報はなかった。念のため「上條浩太」でも調べたが、分からなかった。まあ、本人が何か問題を起こしていたら、普通に高校生をしているわけがない。


 考え過ぎだ。自分の過去と、和のことでナーバスになっているのかもしれない、とは言っても、考えが堂々巡りして、その夜はなかなか寝付けなかった。結局、寧々はほとんど眠れず、翌朝は大寝坊。大急ぎで支度したが、朝食も弁当も作る暇はなく、和の同じ電車にも乗れず、チャイムと同時に教室に駆け込む始末だった。


 寧々は今日は昼休みには、和と一緒にご飯を食べようと決めていた。和は、クラスで孤立しているわけではない。学級委員としての責任も果たしているし、成績も学年トップ。誰もが一目置いている存在だ。だがそれでも、昼食はいつも一人で、自分の席で静かに食べていた。


 時折、窓の外に視線を向けては、話しかけるなという空気を纏っている。寧々は不思議に思い、クラスメイトに尋ねてみた。なぜ、和は誰とも一緒に食べないのか。なぜ、誰も和を誘わないのか。


 聞けば、最初の頃は誰かが誘ったこともあったらしい。けれど和は、「一人で食べるのが好き」と言って、輪の中に入ろうとしなかったという。それがいつしか当たり前の風景になり、今では誰も不思議に思わない。仲間外れというより、近寄りがたいのだ、非の打ちどころがなさすぎて。


 昼休みのチャイムが鳴ると、和はいつものように1人で弁当を広げる。寧々はそんな和に近づく。


「わ、和のお弁当、美味しそう!」


弁当を覗き込んだ寧々を和が「え?」と言う顔で見る。


「私、今日は作る時間なくて、食堂で何か買ってくるから」

「いつも自分で作ってるの?」

「当然!買って戻ってくるまで食べるの待っててよ」

「待っててって……」

「いっつも思ってたんだ、和が一人で食べてるから。絶対、誰かと一緒に食べた方が美味しいよ。だから、待ってて。ね?」


寧々の言葉に和は目を丸くしている。そのまま和の返事を聞かずに寧々は教室を飛び出した。今まで一緒に食べたことは一度もない。約束をしたわけでもない。だから、和には待つ義理はない。でも、きっと待っていてくれる。……そう思った

お読みいただきありがとうございます。

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