錯綜2-3-⑫:和と寧々の奇妙な共通点
「お父さん、今日もいないの?」
「うん。もう一ヶ月以上、顔も見てないかな。でも慣れてるから、全然平気」
「前に、お父さんはあなたと一緒にいたくないって言ってたけど……あれってどういう意味?」
「どういうって……そのまんまだよ。言葉通り」
「お父さんと上手くいってないの?」
「うーん、そういうわけじゃないと思う。でも仕方ないの。お父さんの気持ち、わかるから」
「気持ちって?」
「さっき、妹が死んだって言ったでしょ? 私が殺したわけじゃないけど、でも……私のせいで死んだの。だから、実際には“私が殺した”ようなもんなのよ」
一瞬、すごく暗い目になった。寧々も闇を抱えているということだろうか。
「お父さんにとっては、妹はかけがえのない娘だった。きっと、私がそばにいると、そのことを思い出して責めたくなっちゃうんだと思う。……本当はすごく優しい人なの。優しすぎるくらいにね」
そう言って笑った寧々の顔が、和にはどこか泣いているように見えた。
「あなたも、お父さんにとってはかけがえのない娘でしょう」
和の言葉に、寧々すぐに笑って帰した。でもそれはとても歪な笑顔に見えたでもそれはすぐに消え、いつもの寧々の顔になる。
「当たり前じゃない。変なこと聞かないでよ、和」
そのコロコロ変わる表情は、どこか心の不安定さを映し出しているようでもあった。
「そう……」
心に潜む葛藤と、必死に折り合いをつけている感じがする。普段の彼女からは想像できない内面が、少しだけ顔を覗かせていた。
「和は会いたい?」
「誰と?」
「お父さん」
「……お父さん?」
「どこかで、生きてるんでしょ」
「ああ……」
父のことなんて、考えたこともなかった。母にひどい男だと言われ続けてきたから、いつの間にかその存在ごと心から消えていた。生きているか死んでいるか、そんなことすら考えたこともなかった。
「考えたこと、なかった」
「考えないの? 自分の父親なのに?」
「父親がいたこと自体、忘れてた。私と母を裏切って、捨てた人だとしか思ってないから」
「ああ、そういうこと。なら、いらないか」
寧々はあっさりそう言った。その反応が少し不思議に思えた。やっぱりアメリカ生活が長かったせいか、日本の子と少し感覚が違う気がする。
「ねえ、和って、この家の養子なんだよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、叔父さんと叔母さんって、本当はお父さんとお母さんになるわけじゃない?」
「……そうだけど」
「なのにどうして、いまだに“叔父さん”“叔母さん”って呼んでるの? “お父さん”“お母さん”じゃダメなの?」
「ダメってわけじゃないけど……」
和自身も、そこは何度か考えたことがある。でも中学一年の時に母が亡くなって、今の家に引き取られた。それまでずっと“叔父さん”“叔母さん”と呼んでいたから、今さら呼び方を変えることに抵抗があったのだ。二人とも、無理に呼ばせようとはしなかった。それが、今に至る理由だった。
「呼んであげたら、喜ぶんじゃない?」
それもわかっている。子どもができなかった叔母は、幼い頃から和をとても可愛がってくれていた。「和ちゃんが私の娘だったらいいのに」。そう何度も言ってくれた。和だって、叔母が母親だったらと願ったことが何度もある。だから、もし「お母さん」と呼んでも嫌がらない、いや、きっと喜んでくれるだろう。
「……わかってるけど」
「まあ、そう簡単じゃないか。呼び方変えるのって、なんか照れくさいもんね」
寧々はそう言って、軽くウインクした。
「やっぱり、和とは仲良くなれそう」
「なにそれ?」
「だって、私たち似てるもん」
「どこが?」
「だってさ、二人とも“誰かを殺したい”って思ったことあるじゃん。……すごくない?」
「すごいって……」
「高校生でそんな共通点あるって、なかなかないよ? これってきっと、運命の巡り合わせなんだよ」
「私とあなたは、全然違う」
「違わないよ。二人とも同じ高校の、十七歳。同じクラスで、二人とも母親がいない。こんなに共通点があるのに、友達にならないほうが不自然でしょ?」
「……友達」
もうずいぶん長い間、そんな関係とは無縁だった。誰かと関わることが煩わしくて、距離を取ってきた。一人が当たり前になっていて、それが楽だとさえ思っている。何年も友達が欲しいとも、いなくて寂しいという思いもなかった。
「友達って、よくわからない。定義って何? 一緒に登校して、一緒にお弁当食べて、趣味を共有して……? そういうのって何が楽しいのか、私にはわからない」
「うーん……そう言われると難しいけど、友達ってそんな理屈じゃないよ。合うか合わないか、一緒にいて楽しいかどうかじゃない?」
「でも、わざわざ“これから友達になりましょう”なんて言って、友達になるの? そっちのほうがよっぽど不自然じゃない」
「なるほど。じゃ、自然に任せるってことで。……私たち、こうやってだんだん近づいてるでしょ? これって自然な流れってやつだよね。ねっ?」
返す言葉が見つからず、和は黙り込んでしまった。やはり寧々の方が一枚上手、と言うか言いくるめられている、そんな気がしてしまう。けれど、同時に、彼女に少しだけ興味が湧いた。寧々という人間には、何か隠されたものがある気がする。明るい仮面の下に、秘密を抱えているそんな気配が、ちらついている。それはどこか和と共通している。
けれど、それを感じている時点で、すでに寧々の術中に嵌っているのかもしれない。
もしかしたら、和の興味を引くために、あんな意味深なことを言っただけなのかもしれない。だいたい妹が殺されたなんてことも本当か噓か分かったもんじゃない。そこまで考えて、深読みしすぎている自分に気づき、和は思わず苦笑した。こんなふうに、誰かのことを深く考えるなんて、もう長いことなかったのに。
「なに? 何がおかしいの?」
「……なんでもない。ただ、すっかりあなたのペースに乗せられてるなって思ったのよ」
「ふふっ、でもまだまだ。和は手ごわいよ」
「手ごわいって、何よ」
「一筋縄じゃいかないってこと」
「それはこっちのセリフだけど?」
こんなふうに、自然に会話をしている自分のことが、どこか不思議に思えた。なのにほんの少し、楽しい気分にもなっていた。こんな気持ちになったのもまた、ずいぶんと久しぶりのことのような気がした。
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