錯綜2-3-⑩:静寂を破る告白――笑顔の裏に潜む闇
そうしてその日曜日はすぐにやって来た。
「和ちゃん、そろそろ紫園さんが来る時間じゃない? 駅まで迎えに行ってあげたら?」
叔母は朝から買い出しに出かけ、寧々を迎えるための献立の準備に追われている。
和は、どうしてこういう展開になってしまったのか納得できないまま、駅へと向かった。ちょうど駅に着いたところで、寧々が改札口から出てくるのが見えた。
「わ、迎えに来てくれたの?」
「この時間の電車で来るって言ってたでしょう。叔母さんが、迎えに行ってあげればって」
「ありがとう、助かった。和の書いた地図で何とかなるかと思ったけど、まだ日本の道には自信なくて。駅に着いたら、和の家に電話しようかと思ってたんだ。私、この駅で降りるの初めてだし」
「そう。なら、良かった」
「ねえ、和ってどうして携帯持ってないの? 叔母さんがダメって言ってるの?」
「叔母さんはそんなこと言わないよ。むしろ、持ってほしいみたい。でも、私には必要ないから」
「でもさ、携帯があった方が絶対に楽だよ。今日だって、出る前にメールとかできたし」
「私、そういうふうに連絡取り合う子いないから。高校卒業してからでもいいと思ってる」
「ふーん……私はスマホが欲しいんだけどなあ」
「スマホ?」
「うん、最近、結構まわりの子も持ち始めてるでしょ? やっぱり便利みたいだし。今日だってスマホがあれば、ナビで和んちに行けたもん」
「なんか、機械に頼ってばかりだと、脳の働きが鈍くなる気がするわ」
「和ってさ、なんか昭和の人みたい。今どきの高校生のセリフじゃないよ」
「そう?」
人と関わりたくないという気持ちが、そういう言動をさせているのかもしれない。
「でも、和だってパソコンは使うでしょ? スマホなんて、小型のパソコンみたいなもんだよ。便利なものは使えばいいのに」
「便利ならね。でも、私にとって携帯は、特に便利だとは思えない」
「ふーん……使ってみれば便利さがわかると思うけど。まあ、いいや、人それぞれだしね」
「着いたわよ」
話しているうちに、家に着いた。
「わ、なんかちょっと緊張してきちゃった」
「紫園さんが緊張?」
どうもその言葉は、寧々には似合わないような気がした。
「だって、日本に帰ってきて、人の家にお呼ばれするの初めてなんだもの。アメリカじゃホームパーティーとかしょっちゅうあったけど」
和はその言葉には答えず、玄関の扉を開けた。すると、叔母がすぐに出てくる。
「いらっしゃい。よく来てくれたわね」
「こんにちは。今日はお招きいただいてありがとうございます。これ、私が焼いたクッキーなんですけど」
寧々はそう言って、ぶら下げていた紙袋を差し出した。
「まあ、手作りなの? ありがとう」
叔母は嬉しそうにそれを受け取った。
「じゃあ、お夕飯までまだ時間あるから、お茶でも淹れるわね」
「ありがとうございます」
寧々が案外きちんと挨拶していることに、和は少なからず感心した。それに、手作りのクッキーだなんて、彼女の普段のイメージからは想像もつかない。
「お菓子なんて作るの?」
リビングのソファに腰かけながら、和は尋ねた。
「うん、家にひとりでいると、日曜とか暇なんだよね。それに、死んだ母がそういうの得意で、レシピノート作ってたから、それ見てアメリカにいた頃からよく作ってたの」
「へえ~なんか意外」
「案外、楽しいんだよ。向こうじゃ他の家に行ってみんなで作ったりもしてたけど、こっちではそういう友達まだいないし」
「紫園さんって、誰とでも仲がいいじゃない」
「“誰とでも仲がいい”ってのは、つまり“特に誰かと親しいわけじゃない”ってことだよ」
寧々は笑顔でそう言ったが、その表情はどこか笑っていないように見えた。
「ねえねえ、和の部屋が見たい」
「は?」
部屋に案内するつもりは、初めから全くなかった。
「それがいいわ。じゃあ、お部屋にお茶と紫園さんが持ってきてくれたクッキーを持っていくから、ふたりでお話していらっしゃい。その間に叔母さん、ごちそう作るからね」
叔母が、寧々の言葉に応じるように笑顔で言った。
「で、でも部屋、散らかっているし…」
「そんなの、全然気にしないよ」
「何言ってるの、和ちゃんが部屋を散らかしてたことなんて、ないじゃない」
(へ?)
思わず叔母の顔を見る。寧々はパアッと笑顔を浮かべる。叔母のその一言で、もう断れなくなった。どんどん寧々のペースにはめられていくような気がする。和は仕方なく自分の部屋に向かう。
「やっぱり、想像してた通り」
部屋の中を見回して、寧々はつぶやいた。
「想像って?」
「きっと、こんな感じだろうなって。あんまり女の子っぽくなくて、シンプル。和って、お人形とか飾ってるイメージないもん」
「あなただって、そんな雰囲気ないわよ」
「あら、でも私の部屋にはあるのよ。お人形」
「そうなんだ」
それも、ちょっと意外な一面だ。人って本当に分からない。
「でも、本当は私のじゃないんだけどね……」
寧々は少し声を落として言った。
「死んだ妹のなの」
「死んだ……?」
「うん、妹は……私が殺したんだ」
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