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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜2-3-⑩:静寂を破る告白――笑顔の裏に潜む闇

そうしてその日曜日はすぐにやって来た。


「和ちゃん、そろそろ紫園さんが来る時間じゃない? 駅まで迎えに行ってあげたら?」


叔母は朝から買い出しに出かけ、寧々を迎えるための献立の準備に追われている。

 和は、どうしてこういう展開になってしまったのか納得できないまま、駅へと向かった。ちょうど駅に着いたところで、寧々が改札口から出てくるのが見えた。


「わ、迎えに来てくれたの?」

「この時間の電車で来るって言ってたでしょう。叔母さんが、迎えに行ってあげればって」

「ありがとう、助かった。和の書いた地図で何とかなるかと思ったけど、まだ日本の道には自信なくて。駅に着いたら、和の家に電話しようかと思ってたんだ。私、この駅で降りるの初めてだし」

「そう。なら、良かった」

「ねえ、和ってどうして携帯持ってないの? 叔母さんがダメって言ってるの?」

「叔母さんはそんなこと言わないよ。むしろ、持ってほしいみたい。でも、私には必要ないから」

「でもさ、携帯があった方が絶対に楽だよ。今日だって、出る前にメールとかできたし」

「私、そういうふうに連絡取り合う子いないから。高校卒業してからでもいいと思ってる」

「ふーん……私はスマホが欲しいんだけどなあ」

「スマホ?」

「うん、最近、結構まわりの子も持ち始めてるでしょ? やっぱり便利みたいだし。今日だってスマホがあれば、ナビで和んちに行けたもん」

「なんか、機械に頼ってばかりだと、脳の働きが鈍くなる気がするわ」

「和ってさ、なんか昭和の人みたい。今どきの高校生のセリフじゃないよ」

「そう?」


人と関わりたくないという気持ちが、そういう言動をさせているのかもしれない。


「でも、和だってパソコンは使うでしょ? スマホなんて、小型のパソコンみたいなもんだよ。便利なものは使えばいいのに」

「便利ならね。でも、私にとって携帯は、特に便利だとは思えない」

「ふーん……使ってみれば便利さがわかると思うけど。まあ、いいや、人それぞれだしね」

「着いたわよ」


話しているうちに、家に着いた。


「わ、なんかちょっと緊張してきちゃった」

「紫園さんが緊張?」


どうもその言葉は、寧々には似合わないような気がした。


「だって、日本に帰ってきて、人の家にお呼ばれするの初めてなんだもの。アメリカじゃホームパーティーとかしょっちゅうあったけど」


和はその言葉には答えず、玄関の扉を開けた。すると、叔母がすぐに出てくる。


「いらっしゃい。よく来てくれたわね」

「こんにちは。今日はお招きいただいてありがとうございます。これ、私が焼いたクッキーなんですけど」


寧々はそう言って、ぶら下げていた紙袋を差し出した。


「まあ、手作りなの? ありがとう」


叔母は嬉しそうにそれを受け取った。


「じゃあ、お夕飯までまだ時間あるから、お茶でも淹れるわね」

「ありがとうございます」


寧々が案外きちんと挨拶していることに、和は少なからず感心した。それに、手作りのクッキーだなんて、彼女の普段のイメージからは想像もつかない。


「お菓子なんて作るの?」


リビングのソファに腰かけながら、和は尋ねた。


「うん、家にひとりでいると、日曜とか暇なんだよね。それに、死んだ母がそういうの得意で、レシピノート作ってたから、それ見てアメリカにいた頃からよく作ってたの」

「へえ~なんか意外」

「案外、楽しいんだよ。向こうじゃ他の家に行ってみんなで作ったりもしてたけど、こっちではそういう友達まだいないし」

「紫園さんって、誰とでも仲がいいじゃない」

「“誰とでも仲がいい”ってのは、つまり“特に誰かと親しいわけじゃない”ってことだよ」

寧々は笑顔でそう言ったが、その表情はどこか笑っていないように見えた。

「ねえねえ、和の部屋が見たい」

「は?」


部屋に案内するつもりは、初めから全くなかった。


「それがいいわ。じゃあ、お部屋にお茶と紫園さんが持ってきてくれたクッキーを持っていくから、ふたりでお話していらっしゃい。その間に叔母さん、ごちそう作るからね」


叔母が、寧々の言葉に応じるように笑顔で言った。


「で、でも部屋、散らかっているし…」

「そんなの、全然気にしないよ」

「何言ってるの、和ちゃんが部屋を散らかしてたことなんて、ないじゃない」


(へ?)


思わず叔母の顔を見る。寧々はパアッと笑顔を浮かべる。叔母のその一言で、もう断れなくなった。どんどん寧々のペースにはめられていくような気がする。和は仕方なく自分の部屋に向かう。


「やっぱり、想像してた通り」


部屋の中を見回して、寧々はつぶやいた。


「想像って?」

「きっと、こんな感じだろうなって。あんまり女の子っぽくなくて、シンプル。和って、お人形とか飾ってるイメージないもん」

「あなただって、そんな雰囲気ないわよ」

「あら、でも私の部屋にはあるのよ。お人形」

「そうなんだ」


それも、ちょっと意外な一面だ。人って本当に分からない。


「でも、本当は私のじゃないんだけどね……」


寧々は少し声を落として言った。


「死んだ妹のなの」

「死んだ……?」

「うん、妹は……私が殺したんだ」

お読みいただきありがとうございます。

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