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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)

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錯綜2-3-⑦:私に関わらないでほしい……

寧々が授業中も何度も和の方を見てくる視線に気づいてはいたが、和はあえて目を合わせないようにしていた。これ以上、心の奥を覗かれたくなかった。昼休みになると、寧々は朝陽や浩太と何やら話していた。和は、寧々が自分のことを話しているのではないかと、勘ぐってしまう。かと言って、わざわざ確かめに行くこともできない。人の輪の中に自分から入るという行為を、もうずっとしていない。


 小学校の頃は、どうしてあんなに自然にそれができていたのだろう。今の和にはできない。昔の自分のように、誰の輪にもすんなり入っていける寧々が、少しだけ羨ましくもあった。けれど、もう戻れない。できないことばかりが、日々増えていく気がする。


 翌朝、電車に寧々の姿はなかった。きっと昨日、あんなふうに言ってしまったからだろう。そのことに、ホッとする気持ちと、どこか物足りなさのようなものが入り混じる。心とは不思議なものだ。自分の心なのに、思いは定まらない。


学校に着いて、生徒たちが登校してくる時間になっても、寧々は現れなかった。和はつい出入り口に視線を向けては、現れる生徒の顔を確認してしまう。そして、寧々ではないと知って少し落胆している自分に気づく。あれほど煩わしく思っていたはずなのに、いないと少しだけ寂しい。


「もしかして紫苑さんを待ってる?」

浩太が近づいてきて、和に尋ねた。

「別に……」

「そうなの? なんか仲が良いのかなって思ってた」

「特に仲が良いわけじゃないわ。ただのクラスメイトよ」

「昨日、紫園さんが『和を怒らせちゃったかも』って言ってたよ。何かあったの?」

「彼女から聞いてないの?」

「ううん。本人も、どうして怒らせたのか分からないって」

「……分からないって」

「いきなり怒っちゃったって、凹んでたよ」


それではまるで、和が感情の起伏も理解できない“面倒な子”のようではないか。


「紫園さんは遠慮がないからね。でも、きっと悪気はないんだと思うよ。外国暮らしが長かったから、日本的な感覚がちょっとずれてるだけ」


どこか、浩太が寧々を庇っているように聞こえる。


「上條君って、紫園さんのことよく分かってるのね」

「いや、そういうわけじゃ……ただ、頑張ってるなって思ってるだけ。うちの学校ってクラス持ち上がりでしょ? だから、二年から入ってくるのって気後れしそうなのに、彼女、すぐみんなに馴染んだじゃない? それって、仲良くなりたいって気持ちの表れだと思うし、彼女なりの努力なんだと思う」


浩太の言うことは正しい。理屈では納得できる。でも、なぜか腹が立つ。


「それってつまり、私がそういう努力をしていないって言いたいの?」

「え? いや、そんなつもりは……ただ」

「じゃあ、上條君がせいぜい紫園さんと仲良くしてあげればいいじゃない。私は、ああいう人は苦手だから」


その言葉を言い終わらない時に、廊下をバタバタと走る足音が聞こえ、寧々が息を切らしながら教室に飛び込んできた。同時に始業のチャイムが鳴った。


「セーフ!」


自分の席に突っ伏すように座ると、前の席の子が振り返って声をかける。


「どうしたの? 寧々がギリギリなんて珍しいじゃない」

「寝坊しちゃって。目覚ましセットし忘れたの」

「あらら」

「だから今日は朝ごはん抜き。お腹すいた〜!」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、担任が教室に入ってきた。皆が一斉に前を向く。


(寝坊……)


和は、昨日のことで寧々が気まずくなったのかと思っていたが、そうではなかったのだと、ほんの少し安堵する。昼休みになって、和は持参した弁当を広げていると寧々が和の元へやって来た。


「わ、和のお弁当、美味しそう!」


弁当を覗き込みながら寧々が声を上げる。


「私、今日は作る時間なくて、食堂で何か買ってくるから、それまで食べるの待ってて」

「待っててって……」


和はいつも、一人で食べている。


「いっつも思ってたんだ、和が一人で食べてるから。絶対、誰かと一緒に食べた方が美味しいよ。だから、待ってて。ね?」


そう言うと寧々は踵を返して、走り去ってしまった。


どうしよう——と、和は戸惑う。いつも一緒に食べているわけではないし、待つ必要もない。寧々の周囲にはいつも誰かがいる。和が待たなくても、昼食の相手には困らないだろう。けれど、先に食べてしまうのも、なんだか意地悪な気がした。迷っているうちに、寧々が戻ってきた。


「よかった!ちゃんと待っててくれた!」


嬉しそうに笑って、寧々は和の前に座る。朝と同じく、少し息を切らしていた。


「ね、和のお弁当って、お母さんが作ってるの? いいな〜」

「叔母が作ってるの。養女になってるから戸籍上は母親だけど、本当の母はもういないわ」

「いないって?」

「私が中学に上がった年に死んだの」

「えっ、そうなの? 全然知らなかった。和ったら、何にも言わないんだもの」

「そんなこと、わざわざ言いふらすものじゃないでしょう」

「うん、そうだけど……え、じゃあ和もうちとおんなじ? あ、違うか。養女ってことはお父さんは?」

「父は、私が小さい頃に母と離婚して、それっきり。どこにいるのかも分からない」

「そっか……ああ、だからだ」

お読みいただきありがとうございます。

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