錯綜2-3-⑥:無邪気?な好奇心が閉ざされた過去に迫る
「好きってさ、私のこと何も知らないじゃない」
「だから知りたいの。それに、誰かを好きになるって理屈じゃないでしょう? フィーリングっていうのかな、合うとか合わないとか、その人を知る前に分かっちゃうってことあるじゃない? ああ、この人とは合う、みたいな。直感的なもの。ね、分かるでしょう?」
「分からないわ。私はそんなもの、感じたことないもの」
和がそう言い放つと、寧々は目をぱちくりさせて和を見た。まるで、不思議な生き物でも見るような目だ。
「へえ、そうなんだ」
そう頷くと、寧々はニッと笑った。
「ますます和に興味湧いちゃった。それにね、私も浩太には興味があるんだ」
「え?」
「なんかさ、境遇似てるから」
その言葉に、和はドキッとして寧々の顔を見る。寧々は、自分と浩太の過去のことを知っているのか。その事を言ってるのだろうか、でも浩太の過去は公の事件だけど、和のことなど知るはずもない。
「境遇……?」
「うん。浩太んちもお母さんいないって聞いたから。うちもそうなの。父親と二人暮らし」
「あ……そうなの」
そういうことか、と少し胸をなでおろす。いちいち過剰に反応している自分に気づいて思わずため息を吐く。
「なに? なんかホッとした顔してるよ。あ、もしかして、私が浩太のこと好きかもとか思った?」
「そんなこと、思ってないわ」
「大丈夫、大丈夫。私のほうこそ、そんなんじゃないから。和の恋の邪魔はしないよ」
「だから、違うって言ってるでしょう!」
思わず大きな声を出してしまい、周囲の視線が一斉にこちらに向く。電車の中でこんな大声を出すなんて、初めてだった。寧々といると、どうにも調子が狂う。
「和、なんかムキになってるよ」
寧々は愉快そうに笑っていた。完全に寧々のペースに乗せられてしまっている。この先、毎朝こんなふうだったら……そう思うだけで気が重くなる。
それにしても、寧々は浩太ともう家庭環境の事を話すほど親しくなったのだろうか。寧々は彼のことを名前で呼んでいた。アメリカ帰りの寧々にとって、それは自然なことなのだろう。和の事も勝手に名前呼びしているくらいだから。誰に対しても名前で呼んでいるだけ。そう自分に言い聞かせても、胸の奥がチクリと痛んだ。その感情に気づき、和はふと寧々の言っていたことを思い出す。まさかと思いながらも、寧々に心の奥を覗かれてしまったような気がしてしまったが、すぐに否定する。そんなはずはない。
第一、和には誰かを好きになる資格などない。他の女の子のように恋なんてできない。和の過去を知れば、きっと誰も好きになどならない。ずっと、そう思っていた。この思いは何があっても消せない。和は、あの男に汚されたあの日から、どんな男性とも触れ合えない。フォークダンスで手が触れただけで、気持ちが悪くなる。
和が早朝の電車に乗るのは、他の生徒と顔を合わせたくないからだけではない。満員電車で見知らぬ男の身体に触れることが、耐えがたいのだ。それだけで吐きそうになる。あの男の残した爪痕は、あの男が死んでも消えない。和の身体に深く刻まれたままだ。こんな自分が、誰かを好きになるなんて、あり得ない。恋も夢も、和にはとうに縁のないものなのだ。和は、もう「普通の女の子」には戻れない。
「……和、和」
呼ばれて、顔を上げる。
「ほら、駅着くよ」
気づけば、電車はすでにホームに滑り込もうとしていた。和は慌てて出口に向かう。ホームに降り立つと、寧々が振り返った。
「どうかした? 和、なんか難しい顔してたよ」
「別に。どうもしていないわ」
和は視線を逸らすように歩き出す。寧々はその後を軽やかに追ってきた。話しかけてくる寧々に、和は曖昧に頷くだけで足早に歩く。寧々は、なぜ和に関心を持つのか。正直、煩わしいと思ってしまう。誰かと関われば関わるほど、和は「自分は他の人と違う」と思い知らされる。寧々のように無邪気になれない。和の心の鎧は、自分を守るためのものだ。それを、誰にも剥がされたくはない。
「和、和!」
何度目かの呼びかけに、仕方なく振り返ると、寧々が和の眼鏡を掴み取った。
「ほら、やっぱり!」
眼鏡を外された和の顔を見て、寧々は満足げに頷いた。
「ないほうがずっといい。和、とっても綺麗な顔してる」
「返して!」
「どうして眼鏡なんてしてるの? 和、目、悪くないよね?」
「返してったら!私が何を身に着けようと勝手でしょ!」
和は寧々の手から眼鏡を取り返して、勢いよくかけ直した。
「もう私に構わないで!」
そう言い捨て、さらに歩みを速める。後ろから寧々が何度も名を呼んだけれど、和はもう振り返らなかった。ズカズカと心の奥に踏み込もうとする寧々の気持ちは、計り知れない。いや、もしかすると何か、別の思惑があるのではないか。そう思わずにいられなかった。
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