錯綜2-3-⑤:馴れ馴れしい転入生
「もちろん、和に会いたかったからだよ。じゃないと、ゆっくり話せないでしょ」
「話?」
そもそも「和」と呼ばれること自体、和には妙な違和感があった。同年代の誰にも、そんなふうに呼ばれたことなどなかったのに。
「明日から私もこの電車にしようかな。空いてて快適だし。それに、そしたら毎朝和と一緒に学校に行けるでしょ?」
「え?」
それは、正直、面倒だと思った。朝からこのテンションに付き合わされるのは億劫だ。それに今までだって、特に親しく話したつもりもない。急に擦り寄って来られても困惑しかない。それに「興味」って、いったい何だ?不意に警戒心が芽生える。
「あ、今、面倒だって思ったでしょ?」
「べ、別に、そんなこと……」
「ぜ〜ったい思った。私、そういうの分かるんだよね」
そう言って寧々はニヤッと笑う。何を考えているのかさっぱり分からない。
「ねえ、和ってどうしていつも一人なの?」
「どうしてって、別に……特に理由はないわ」
「そう? 日本の女の子って、いつも誰かと一緒ってイメージあるじゃない? 移動する時とか、トイレまで一緒に行こうってさ。あれ、変だよね。トイレ行くタイミングなんてみんな違うでしょう?」
「まあ、でも休み時間に行くからじゃない」
「でも和は違うじゃん。いつも一人で行動してる。誰ともつるまない。私、そういうの好き」
「……好き?」
こんなふうに、面と向かって言われたのは初めてだ。
「うん、なんかカッコいいじゃん。日本にも、こういう子いるんだって感じ」
「人と関わるのが苦手なだけよ。格好いいわけじゃない」
「ふ〜ん。どうして苦手なの?」
「どうしてって……理由なんかないわ。ただ、そういう性質なだけ」
「そうなの?なんか違う気がするけど」
「違う?」
「和って、本当はもっと明るい女の子だと思うんだ。無理してる気がする」
「無理なんかしてない。私はもともとこんなよ」
「そうかなあ」
寧々は和をまっすぐに見つめ、首をかしげた。その目が心の奥まで見透かしてくるようで、和は思わず視線を逸らす。
「決めた!私、やっぱり明日からこの電車に乗る!」
その言葉を聞いた瞬間、和は明日からもっと早い電車に乗ろうかと本気で考えた。
「あ、今“違う電車にしようかな”って思ったでしょ?」
「べ、別に……」
「ダメだよ。そんなことしても、そうしたら私もその電車に変えるからね」
「どうしてそこまでするの?」
「言ったじゃん、私、和に興味あるの」
その一言に、和は深くため息をついた。
「あ、そうだ。私のことは“寧々”って呼んでよ。クラスのみんなもそう呼んでるし。“紫園さん”って他人行儀だもん」
「だって、そもそも他人でしょう?」
「他人だけど、クラスメイトじゃん」
「私、そういうの苦手なの」
誰とも仲良くなりたいなんて思っていない。こんなふうに、興味本位で近づいてこられるのも、迷惑でしかない。そう思っていたのに、寧々は宣言どおり翌日も和と同じ電車に乗ってきた。特に話すこともないのに、寧々はやたらと話しかけてくる。昨日の出来事、テレビの話題、何気ないことを、楽しそうに。和は適当に相槌を打つだけだったが、それを気にしている様子もない。
なぜこんなに自分に懐いてくるのか分からない。特別な話題もない。ただ、和という「距離を置く存在」に興味があるだけなのか。それとも、何かを知っていて近づいているのか。寧々が小学校からアメリカにいたというのが本当なら、何も知っているはずなどないのに。浩太のように、昔あっていた記憶も何もない。
「ねえ、和って、浩太のこと好きなの?」
その不意の問いに、和は目を見開いた。
「な、何言ってるの。そんなわけ……上條くんはただのクラスメイトよ」
「そう?でも和って、時々浩太のこと見てるよね?」
「……見てる?」
言われてみれば、確かに心当たりがある。無意識に、浩太の姿を目で追っていた。
でも、それは決して特別な“好き”という感情ではない。
「それは、そういう意味じゃないわ」
「じゃあ、どういう意味?」
「別に、意識して見ていたわけじゃない。たまたまよ」
「無意識?って、それこそ好きってことじゃない?」
寧々は妙に浮かれたような口調で言う。これ以上何か勘繰られたくない。和は、何か尤もらしい言い訳をしなければと思うのだが、適当な言葉が見つからない。論理的な説明は得意なはずなのに、饒舌な寧々を前にすると、下手なことを言えば負けてしまいそうな気がした。
「違うから!好きとか、そんなんじゃないから」
「隠さなくていいよ〜。百人一首にもあるじゃん。しのぶれど色に出にけり我が恋は……あれ、続きなんだっけ?」
「ものや思ふと人の問ふまで。平兼盛」
「そうそう!それそれ!」
「だから違うってば。そんなんじゃないのよ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、上條くんに興味があっただけよ」
「興味って何? それって“好き”っていうのと、どう違うの? 好きの始まりって、興味からだよ?」
「何それ。誰がそんなこと言ったの?」
「私。だって私、和のこと好きだもん。だから興味あるの。それと一緒じゃない?」
全然、一緒じゃない。それに、寧々がどうして自分を“好き”だというのかも分からない。優しくした覚えもない。転入生だからといって、特別に気を遣ったわけでもない。
お読みいただきありがとうございます。
いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。
こちらの作品に度々登場します「譲原真理子・藍田瑞樹・柏木杏奈」と言う人物は私の書いています「羅刹の囁き」という作品の主要登場人物となります。
Amazonkindleで電子書籍として販売しています。kindleumlimitedに入られてる方は無料で読めます。
Amazonで「麗未生」で検索して頂けれ私の作品が出てきます。
お時間ある方はお立ち寄りくださいませ。
今後ともよろしくお願いします。




