錯綜2-2-⑤:風を切る瞬間とみんなの笑顔
「次のホームルームは、このアンケートの結果をもとにクラスの演目を決めましょう」
アンケートの集計が終わると、和はそう言い残して教室を後にした。その背中を、浩太はどこか呆けたような表情で見送っていた。
(余計なことを言ってしまった……)
廊下に出た瞬間、和は後悔の念に襲われた。なぜ、あんなことを口にしてしまったのか。人と深く関わることをずっと避けてきたはずなのに。あれではまるで、自分から心の内を晒しに行ったようなものだ。浩太が気になるのは、昔一緒にサッカーをしていたからだろうか。あるいは、彼にも"消せない過去"があるからか。同類、だからなのか。
何も悪いことをしていないのに、理不尽に降りかかってくる災い。どれだけ抗っても消せない、心に刻まれた忌まわしい痕。どんなに願っても、決して消えないシミのような過去。いつ心は軽くなるのだろう。いつ、その呪縛から解き放たれるのか。そんな日は、たぶん一生来ない。――そんな日々を、浩太も生きている。自分と同じように。いや……違う。浩太は、和のようには汚れていない。そう思ってしまう自分が、少し哀しかった。
二学期は予想以上に忙しかった。体育祭を皮切りに、学園祭、その合間に中間試験。そして学園祭が終われば、すぐに期末試験。
この学校は行事にも本気で取り組む。手抜きなど許されない。「行事を理由に学業をおろそかにする者は、社会でも通用しない」と担任は言った。勉強を理由に行事への参加を拒むことは、校則違反にも等しいとさえ。それでも誰も文句を言わない。みんな、そういう学校である事を承知で入学してきたのだ。
浩太とは、あの後も特別な会話はなかった。日々の雑務に追われていく中、彼が案外しっかりと委員長の仕事をこなしていることに、和は少し驚かされた。
かつては元気が取り柄のやんちゃな男の子。今では、その面影すら見えない。それは――やはり、あの事件の影響もあるのかもしれない。そしてそんな今の浩太を少し頼もしく感じてしまった。
体育祭の準備は大変だったが、思いのほか楽しかった。皆で一つのことに向かって頑張る――そんな感覚は、サッカーをやっていた頃以来だった。嫌な記憶を、ほんのひとときだけでも忘れられる。そんな時間だった。
和はリレーのアンカーに選ばれていた。体育の授業で百メートル走のタイムがクラスで一番だったからだ。サッカーをやめて以来、授業以外で運動することはほとんどなかった。それでも、選ばれて少し嬉しかった。走ることは好きだ。勝ち負けにはこだわらないつもりだったのに、不思議と「勝ちたい」という気持ちが湧いてくる。そう言えば元々負けず嫌いだった、そんなことを考えて思わず苦笑した。
だが当日、バトンを受け取ったとき、クラスは七チーム中四位。一人目は二位で走り終えたが、二人目で三位、三人目で四位にまで落ちた。バトンを受ける直前、三人目の子が「ごめん」と小さく唇を動かしたのが見えた。
「任せて!」
和はバトンを受け取り、思わずそう口にした。絶対に負けない。誰にも追いつかせない。そんな思いが体の中を駆け抜ける。しなやかで軽やかなその走りは、見る者の目を釘付けにする。あっという間に後続を突き放し、一人、二人と抜いていく。身体に当たる風が心地よく、心の鎖まで解けるようだった。
あと一人。目の前の選手を抜けば――
しかし、ゴールまであと一歩のところで追いつけなかった。わずか0コンマ数秒差で、二位。悔しさがこみ上げ、思わず唇を噛み、膝に手をついてうずくまった。サッカーで負けたときと同じだ。胸の奥が熱くなる。悔しさと、それでもどこか、懐かしい高揚感が入り混じる。そんな和のもとに、クラスメイトたちが走り寄ってきた。
「すごいよ、深見さん!」
「ほんと、カッコよかった!」
(……え?)
気がつけば、みんなの輪の中にいた。
「な、何?」
「すっごく格好良かった!」
「格好……良い?」
勝てなかったのに――そんな思いが胸を占めている。
「でも……」
「惜しかったね。あと少しで追いつけたのに」
「そうそう、あと一メートルあれば絶対勝ってた!」
「でも、四位から二位に上がったんだよ? すごいよ!」
「深見さんのおかげだね!」
そして皆が拍手した。クラスメイトたちの笑顔に、和は戸惑いながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。この感覚――いつから忘れていたのだろう。サッカーの試合後に感じていた、あの何とも言えない充実感。
そして、走っている間は、全てを忘れていた。
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