錯綜2-1-⑥:嵐が過ぎ去っても……
恐怖が身を包む。岳の腕が和の両手首を持って押さえつける。和は渾身の力でもがいてその場から逃げようとしたが、所詮まだ小学校を卒業したばかりの女の子、大の大人の男の力に敵うわけもない。
「正直になって良いんだよ、おまえだって本当はこうなる事を望んでいたのだろう」
そう言いながら岳は和の身体の上に覆い被さりその服の中に手を入れてくる。
「嫌っ!やめて!」
もがく和の口を片手で塞ぎ和に馬乗りになってその服をはぎ取っていく。目はギラギラしてまるで獣のような顔で――引き裂かれた服の下から露になった膨らみ始めたばかりの和の胸を、嬉々とした顔で唾を呑むようにして見下ろしている岳の顔がすぐ上にある。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)
嫌悪のあまり吐きそうになるが、口は岳の掌でしっかり押さえつけられ声も出せない。
「和…ああ、この日を俺はずっと待っていたんだ」
岳は上擦った声で和の耳元で囁きながらその唇を和の身体に這わす。和は口を塞いでいる岳の手に噛みつく。
「わ、何をしやがるんだ、このガキ!」
岳は思わず離した手で和の頬を思いきり打ち付けた。痛みで頭の芯がくらくらした。岳はそのまま露になった和の胸を捻り上げる様に掴み、涎を垂らしそうな顔で和の様子を見ている。恐怖と嫌悪が頂点に達する。
「いやっ!」
どんなに泣き叫んでも暴れても岳は臆する事もなく自分の欲望を遂げる為の手を緩めない。岳の耳には和の叫びはまるで届いていないかのように興奮している。気持ち悪さに全身が凍り付く。
「お楽しみはこれからだ……」
恍惚とした表情の上気した顔の岳が和の上に覆いかぶさった。
「いやあぁぁぁぁ!」
身を引き裂かれるような痛みと恐怖――気づけば、和は意識を失っていた。そして……目を覚ましたときには、全てが終わっていた。
和は床の上に、裸のまま仰向けに倒れていた。何が起こったのか、すぐには理解できない。ただ、体の奥に残る鋭い痛みだけが、これが夢ではないという現実を突きつけていた。足元には引き裂かれた和の衣服が散らばっている。そしてビールの空き缶が散乱している。岳は大の字になって寝転び、いびきをかいていた。
(何が起こったの……)
知識としてはすでに知っている。でもそれが自分に身に起こったとは信じられない、いや、信じたくない。
ゆっくりと身体を起こす。開いた両脚の間と床に、点々と赤黒い血が散っている。和は茫然と、それらを見つめた。頭が働かない。思考が止まっている。無意識のまま、部屋に散らばった衣服を拾い集め、和は風呂場へと向かった。
シャワーの栓をひねる。冷たい水が頭から勢いよく降り注ぎ、全身を刺すような寒さで包む。だがすぐに、水はぬるくなりお湯に変わる。やがて温かさが身体を覆いはじめた。その瞬間――襲われた事実が、現実として容赦なくのしかかってきた。がくがくと震えだした身体を、和は両腕で抱え込むようにして膝を折った。
(なんで……!)
涙が嗚咽と共に込み上げる。岳の汚らしい手が触れた自分の身体が、どこまでも穢れているように感じられた。石鹸を掴み、狂ったように擦り始める。
(とれない……とれない……!)
何度洗っても、どんなに力を込めても、その汚れが落ちる気がしない。和は、何かに取り憑かれたように、ひたすら身体を洗い続けた。どれくらいの時間が過ぎたのか、分からない。長かったような、短かったような――ようやく風呂場を出て、そのままさっきのシャツの羽織る。
敗れたシャツを見て、また自分の身に起こった現実が頭の中を横切る。岳はまだ床の上で大の字のまま、高鼾をかいていた。満足げなその顔、その姿を見た瞬間、怒りが沸点を超えた。
和はふらふらと台所へ向かい、包丁を手に取った。
(こんなやつ……死ねばいい)
包丁を握る手に力を込める。そして、岳の横に立つと、躊躇なく包丁を振り上げた。しかし、その瞬間、まるで気配を悟ったかのように、岳が目を覚ました。自分に向かってくる包丁の切っ先を目にし、咄嗟に身をよじる。包丁は岳の腕をかすめ、シャツを裂き、見る見る間に赤く滲んでいく。
「な、何しやがる、このガキがっ!」
起き上がった岳は腕から流れる血を見下ろしながら、怒声を浴びせた。
「死ね!お前なんか……死んでしまえ!」
和は怯まず、包丁を両手で構え直すと、再び岳に向かって突進する。
「や、やめろ!」
岳は身をかわしながら逃げ回る。和は何度も、何度も、包丁を振りかざしながら岳に向かった。
(消えろ!こんな奴、消えていなくなれ!)
心の中で叫びながら、和は繰り返し、岳に包丁を振り上げる。刃先は時折、岳の腕や足、脇腹をかすめ、服を裂き、皮膚を切り裂いた。だが、どれも致命傷には至らないことは明らかだった。
「てめえ……いい加減にしろッ!」
「死ねッ!!」
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