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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第四章 混沌(こんとん)

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混沌2-1-③:繋がり始める事件の糸―被害者の名が導く真実

「もしかして、木島君は信じてくれた?」

「うん」


浩太は短く答える。和は小さく頷いた。朝陽ならそうだろうと思った。今の浩太にとって、朝陽は掛け替えのない友人だ。あの底抜けに明るい性格が、浩太を救った部分もあるのだろう。浩太の隣に自然に立ち続けている姿を見ていれば、それはよく分かる。和には、そんな存在はいなかった。


「その……お父さんが捕まったのって、いつ?最近の話?」


浩太は少し躊躇いながら尋ねる。


「二週間くらい前。テレビのニュースで見たの」


和は淡々と答えた。


「顔写真も出ていたけど、こんな人だったっけ?って感じで」

「そういうものなの?」


浩太は少し意外そうな顔をする。


「長い事会っていないと、そんなものなんじゃないの?小学校一年の時に両親が離婚して、お母さんはお父さんの写真とか全部捨てたから、顔だって覚えてなかったし」


和は肩を竦めるように言った。


「深見さんは、お父さんが本当に犯人だと思っているの?」

「……分からないわ」


和は暫く沈黙してから答えた。


「ずっと会っていなかったし、それに前の事もあるし。絶対にしていないなんて思えないの。正直、どんな人だったかって記憶も薄いわ」


和は静かに言葉を続ける。


「多分、お父さんが殺したっていう人。前の傷害事件の被害者と同じ相手だと思う。看護師だってニュースで言っていたし」

「看護師?」


浩太の脳裏に、ある顔が浮かんだ。


 三芳梗子――あの女の顔を、浩太ははっきりと覚えている。三芳梗子を殺した犯人が捕まったというニュースを見たのも、確か二週間ほど前の事だった。浩太の胸の奥に小さなざわめきが生まれた。


「それって、まさか……」

「何?」

「殺された看護師って、三芳梗子……?」

「え?」


和は思わず声を漏らした。浩太の口からその名前が出てくるとは思っていなかった。勿論、ニュースでは被害者の名前も報道されている。だから知っていても不思議ではない。事件はつい最近の出来事で、世間の記憶にもまだ新しい。


 それでも和は違和感を覚えた。浩太は、被害者の職業を聞いただけで迷いなく名前を口にしたのだ。単にニュースを見て覚えているというより、もっと直接的な記憶のように聞こえた。事件なんて毎日起こっている。その中の事件が、何の根拠もなく、すっと出てくるのが和にはあまりにも不自然に思える。


「随分とはっきり覚えているのね」


和は浩太の表情を窺うように言う。


「本当に?本当に深見さんのお父さんが殺した相手って三芳梗子なの?」


浩太の声には動揺が滲んでいた。三芳梗子を殺した人間が、和の父親だった――。その事実を浩太は俄かには信じられなかった。こんなにも身近な所に、あの事件に関わる人物がいるなど想像もしていなかった。こんな偶然ってあるのか。まるで、どこかで絡み合っていた糸が突然目の前で結び直されたような感覚だった。


「ニュースでそう言っていたから、多分そうだと思うけど……」


和は少し曖昧に答える。


「本当に殺したのかどうかは、私にはまだ分からない」

「あ、そ、そうだよね」


浩太は慌てて頷いた。


「逮捕されたって言っても、まだそうだとは決めつけられないもんね」

「でも逮捕されたって事は、警察が犯人だと断定した、ってことよね?」


和は冷静に言った。


「そんな曖昧な理由で逮捕なんてされないと思うし」

「そうかも知れないけど……」


浩太は言葉を濁した。祖母だって無実の罪で逮捕されたのだ。実際に世の中には、そういう事が起こり得る。だから和の父親だって同じ可能性がないとは言えないと浩太は思う。だが今の浩太の頭を占めているのは、その事ではなかった。三芳梗子という名前が、こんな形で目の前に現れた事への驚きだった。


「何かあるの?」


和は浩太の様子を見ながら尋ねた。浩太の反応は明らかに普通ではない。まさかとは思うが、浩太はこの事件に何か関係しているのだろうか――そんな考えが一瞬、和の頭を掠めた。


「被害者の三芳梗子を知っている」


浩太は和の目を真っ直ぐ見て言った。


「え……?」

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