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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第四章 混沌(こんとん)

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混沌1-2-⑥:不平等ー重なる負の感情

 学校の同級生達を思い浮かべる。彼らは和とは全く異なる世界にいるように見える。普通に両親が揃い、普通に笑い、普通に日常を送っている。その背中に、どのような重荷があるというのだろうか。少なくとも、和のそれとは質も重さも違うように思えてしまう。


 それとも、彼らにもこれから試練が待ち受けているのだろうか。人には本当に平等に(もたら)されるのだろうか。既に十分背負っていると感じている和にも、まだ何かが降り掛かるのだろうか。


 和はいつも、そんなことを考えながら周囲の同年代の子供達を眺めてしまう。笑い声の中にいても、同じ場所に立っている気がしない。見えない境界線の外側から、彼らを観察しているような感覚が拭えなかった。


 そして、和は不平等だと感じる。誰かの不幸を願っている訳ではない。そんな感情は微塵もない。それでも、どうして自分だけがこんなに色々なものを背負わねばならないのかと考えてしまう。胸の内側が次第に狭まり、余裕が削られていくのが分かる。


 岳が死に、憂いは消えたのだと思っていた。漸く何も起こらない日々が訪れたのだと信じかけていた。それなのに、再びこんな出来事が降り掛かる。


 和はパソコンの画面に映る父の顔写真を改めて見詰める。「岡野保人」という名の殺人犯。この男と和の血は繋がっている。もしこの事実が周囲に知れ渡ったなら、学校の皆はどう思うだろうか。


 人殺しの子供と、進んで関わりたいと思う者がいるだろうか。これまで通りに声を掛けてくれるだろうか。もしかすると、誰も話し掛けて来なくなるかもしれない。浩太も、あの寧々も。


 特別に誰かと親しくなりたいと望んでいた訳ではない。人と深く関わっても碌な結果にならないと、ずっとそう思って生きてきた。それでも、完全に孤立する未来を想像した瞬間、胸の奥を冷たい風が吹き抜けた。望んでいなかったはずの繋がりを、失うかもしれないと考えただけで、心が軋む。


 そう言えば、浩太もまた重い過去を抱えている。母親が殺され、その祖父母が殺人と死体遺棄の罪で逮捕された。彼は被害者の家族であり、同時に加害者の家族でもあった。当時、報道は連日のようにその事件を取り上げ、世間は騒然としていた。


 浩太は、あの時期をどのようにやり過ごしたのだろうか。祖母を恨んだのだろうか。実の母親を殺されたのだ。恨まない筈がないと、理屈では思う。それでも、その加害者が血縁者であるという事実を、どのように受け止めたのか。


 今の浩太を見ている限り、過去にあのような事件を経験したとは到底思えない。事情を知らぬ者であれば、彼の背後にそんな過去があるとは気付かないだろう。それ程までに自然体で、肩に力が入っていない。どうすればあのように生きられるのかと、和は考える。


 和にとっては、たった一度の出来事が人生の全てを変えてしまったように感じられた。あの秘密を守る為に、常に周囲を警戒しながら生きてきた。今も変わらない。誰にも知られたくない。その恐怖は、父が殺人犯であるという事実以上に、和自身にとって隠し通さねばならない核心である。


 この秘密は、きっと一生抱えていくのだろう。口に出すことも出来ず、消すことも出来ず、心の奥底に沈めたまま。


 世の中には、和と同じような目に遭った者がいる筈だ。彼女達はどのようにその事実と向き合い、どのように折り合いを付けてきたのだろうか。時間が解決するのか、それとも自ら答えを見付け出すのか。和には未だ、その術が分からない。


 身体の内側に刻まれた忌まわしい足跡は、消える気配を見せない。ふとした瞬間に思い出し、胸を締め付ける。押し潰されそうになることもある。忘れてしまえたら、どれ程楽になるだろう。何度もそう考えた。記憶ごと削ぎ落とせたなら、別の人生を歩めるのではないかと幻想を抱いたこともある。


 だが、それは決して消えない。過去は書き換えられず、血もまた消えない。和はその現実を、否応なく抱えたまま生きていくしかないのだと、改めて思い知らされていた。

お読みいただきありがとうございます。

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