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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-5-⑩:揺らぎの先にあった確信

「それに、朱音にはもう一つ問題が残っていました」

「もう一つ?」

「朱音は元々、男性が苦手でした。それがあの出来事で、増々男性と触れ合う事が出来なくなってしまったのです」

「え?」


鳴海は息を呑む。そこに至って、結婚という選択の重みがさらに増す。


「それが、朱音が結婚を拒んだ大きな理由でもありました。ですが、その事は接していれば大体察しがつきました。私としては、それ程問題にはしていなかったのです。時間をかけて少しずつ解していくべき事だと考えていましたし、もし一生無理だったとしても構わないと、本気で思っていました。夫婦の形は一つではありませんから」


公洋の声音に誇張はなく、静かな決意だけが滲んでいる。鳴海は漸く理解した。朱音がこの人を選んだ理由を。これ程までに包み込むような愛を向けられて、抗い続ける事など出来なかったのだろう。


「だからこそ、今は生まれてくる子供の事だけを考えようと決めました。不安を完全に払拭する事は出来ません。それでも、新しい命は確実に生まれようとしている。何より大事なのは、その事実だと自分に言い聞かせました」


公洋は苦笑する。


「大きな事を言いましたが、内心では私も怯えていました。実際にその子を見た時、自分がどう感じるのか全く想像が出来なかったのです。受け入れられなかったらどうしようと、そんな思いが頭を過ぎりました」


そこまで言って公洋は一瞬、言葉を切る。その表情からは苦悩が伺える。


「ですが、生まれた瞬間に全て吹き飛びました。朱音の腕に抱かれた赤ん坊は、それはもう可愛くて仕方がなかった。朱音の子だと思っただけで胸が満たされました。それだけで十分だったのです。可愛くて、愛おしくて堪らなかった。朱音も同じでした。あの子を見つめる目は、迷いの欠片もありませんでした」


公洋は目を細める。その表情は当時の光景をそのまま映しているかのようだ。


「私達の決断は間違いではなかった。この命を葬らなくて良かったと、心の底から思いました。何度も揺らいだ覚悟でしたが、あの瞬間に全て報われた気がしました」


鳴海の脳裏に寧々の顔が浮かぶ。あの子は、疑いようもなく愛されて生まれて来たのだ。その事実が胸に温かく広がる。


「私達は娘の誕生を心から喜びました。本当にこの選択をして良かったと、何度も顔を見合わせては頷き合いました。朱音の心も徐々に解れていきました。時間は掛かりましたが、少しずつ距離を縮めていったのです」


公洋は穏やかに続ける。


「あの……朱音のご両親は寧々ちゃんの出生に関してはご存知なのですか?」

「……話していません。結婚を申し込んだとき、朱音のお腹の子は私の子だと言いました」

「ご両親はその言葉を信じたのですか?」

「最初に話したときは、とても信じられない、という顔をしておられた。でも事実として朱音のお腹には赤ちゃんがいたので、信じざるを得ない、といったところだったでしょう」

「そうですか……」

「ですが、お義母さんは気づいておられたかもしれません。でも口に出されることはなかった」


娘が乱暴されたなんて、母親としては決して口にしたくない言葉だ。そしてその事実を娘が隠し通そうとしているのならば、母親もまたそれに従った。娘を守るために。それは大いにあり得ることだ。


「結婚して一年が過ぎた頃には、朱音も私が身体に触れる事に怯えなくなっていました。本当に僅かな変化から始まりました。指が触れるだけでも緊張していたのが、やがて肩に軽く手を置けるようになった。最初はそれだけの事にも敏感に反応していましたが、次第に呼吸が乱れなくなり、視線を逸らさなくなっていったのです」


その過程を思い出すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「二年が過ぎた頃でした。朱音は、とても自然な流れの中で私を受け入れてくれました。無理をしている様子はありませんでした。怯えもなく、ただ静かに、確かに。あの時、私は改めて夫婦になれたのだと実感しました」


鳴海は胸の奥が熱くなるのを感じる。時間を掛け、傷を抱えたまま、それでも一歩ずつ進んだ二人。そうやって深い絆を築いていったのだろう。なのに……。

お読みいただきありがとうございます。

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