【44】ちゃんと言おう?
※後半でローゼス達が面を外す部分を加筆修正してます。
「正面に見えておりますあちらの建物が、カイルゼン陛下の御所、皇王殿でございます。
カイルゼン皇王陛下が両殿下のお越しを心待ちにされておりますので……」
何か言いかけたフェルス神官長の傍に、案内役の神官が静かに近づき小声で耳打ちした。
「従者の方が体調がよろしくないそうで。
両殿下が皇王陛下に謁見されている間、従者の方々にはご用意した離宮にてお休みいただいてはいかがでしょう。
ここから先は神殿兵を数名護衛としてお付けいたしますゆえ」
神官長の提案に、メイベルは背後に控えているローゼスを振り返る。白銀の面で顔を隠した彼は、微かに首を横に振った。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございませんでした。
もう問題ございません、殿下」
応える声もしっかりとしているし、少し無理をさせることになるとしてもここで仲間と分断されてしまうのは避けたかった。
隣にいるアルフレッドに目配せし、メイベルは小さく頷いた。
「護衛の者も大丈夫のようだから、このまま皆で向かわせてもらうとしよう」
「承知いたしました。では、ご案内いたしましょう」
神官長を先頭に、アルフレッドとメイベル、その後ろに一行の三人が続き、その更に後を神官たちがぞろぞろとついて来る。
真っすぐ敷かれた石畳の先に見えるひと際大きな建築物────皇王殿は大神殿の半球状の大屋根よりは高さはない。だが外観を見る限り、敷地面積は大神殿よりもずっと広大なようだった。
「ベーゼでは魔法や魔道具の使用が制限されていると聞いたのだが、本当だろうか?」
前を歩くフェルス神官長に向け、アルフレッドがあくまでよくは知らないという態で問いかけた。
「はい。実は先代皇王陛下の時代の末、現皇王陛下への代替わりの頃に、魔力暴走を起こす民が頻発した時期がございまして」
「……魔力暴走?」
「神殿の調査で、魔力の扱いが拙い者による事故、と結論が出たのです。
そのため、魔力のある者は皆神殿に帰属して魔力の扱いを学ぶこと、そして一般の民の魔法使用については神殿管理下に置くことになりました。同様に、魔力を使って動かす道具の類も、神殿の方で管理することに。
すべては、民を守るための措置でございます」
「なるほど。魔力を持つ者は皆、神殿に仕えているとも聞いたのだが、そういった理由だったのだね」
「左様でございます。信徒の内、一定以上の魔力を保有する者は神殿に上がり、シャルト神の導きにより魔力の扱いの他様々なことを学びます」
「癒しの魔法だね。我らフェアノスティにはない魔法だ、シャルト神の御業は素晴らしい。
ところで、僕自身も魔法使いなのだが、やはり魔法の使用は控えた方がいいのかな?」
「アルフレッド殿下におかれましては、大変高名な魔法使いであられると伺っております。
万が一にも魔力の暴走などということはございませんでしょうから、そこはお気兼ねなく。
ああでも、大規模な破壊魔法の類などは困りますよ?」
「ははは、まさか。愛する者に所縁ある国でそんな無体はしないよ。
それに、僕自身の魔力保有量もさほどではない。王族でかつ高魔力保持者に多い黒髪だというんで噂が独り歩きしているだけだ」
「ほほ、御謙遜を……」
「いやいやいや」
なんだか薄ら寒くなるような会話をメイベルはまあ嘘は言っていないかと聞き流す。
(魔力循環型だから保有魔力量自体は多くないってのも嘘じゃないしねぇ)
歩きながら左右に視線をやれば、石畳の両脇に等間隔に立っている警備の神殿兵が目に入った。彼らは、マテオ達ベーゼ市街を警邏していた神域外の神殿兵に比べ、格段に立派な装備品を身に着けているように見えた。
(神域の中と外は、いろんな意味で隔てられているのね)
そう考えていた時、ふと手に伝わる感触に違和感を覚え、メイベルはアルフレッドの横顔を窺い見た。視線に気づいた彼が、目を細めて微笑む。
「なぁに、メル?」
綺麗な作り笑いにメイベルが無言でにっこりと微笑み返したところで、両脇に神殿兵の立った重厚な扉の前でフェルス神官長の足が止まった。
目配せされた神殿兵が扉を開ける。中へと案内されると、応接室のような場所だと分かった。
「こちらにて、しばしお休みになってお待ちください。
お出迎えの準備が整いましたら、謁見の間へご案内申し上げます。
さあ殿下方にお茶を」
壁際に控えていた側仕え役と思しき女性神官が湯茶の支度を整え始めたのを、アルフレッドが手で制して止めた。
「歓待に感謝する。だがこのとおり、侍女を連れて参ったのでな。
何か手を借りたいときはこちらから声をかけるよ」
神官長の顔にはうっすらと困惑が、側仕え役の女性神官たちの顔にはありありと不満が現れていたが、他国からの貴賓にそう言われたのでは引き下がるしかない。
「……畏まりました。
シャルティアが誇る甘味と茶葉をご用意いたしました。お待ちの間、どうぞご賞味くださいませ」
「ありがとう」
「では、しばしの間、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」
神官長他、使用人達をすべて退出させて五人だけになった部屋の中で、メイベル達はそれぞれの思いと緊張を長い溜め息をついて吐き出した。
「接待を断って半ば追い出すように人払いをしたからな。結構あからさまに睨まれたね」
「……監視付きでお茶飲んでも寛いだ気分にはなれないもんね」
「まぁね。さてと、とりあえず防音結界を張ろうか。あと、何か魔道具が仕掛けられてないかも調べてみないと……」
室内をくるりと見回しながら手首の腕輪を外そうとするアルフレッドの手をメイベルが止め、同時に彼の口をもう一方の手でそっと押さえた。
近づいた距離とさらりと唇に触れる指の感触に、アルフレッドが驚いて少し目を瞠った。
「メル……?」
メイベルは腕輪を押さえていた手を離し、しぃ、と自分の唇に当てて静かにするように伝えると、アルフレッドと、他の三人も続いて頷いた。
それから、手に持っていた貴婦人仕様の小さな手提げ鞄の口を緩め、中から蓋に蝶のレリーフの彫られた木の小箱を取り出した。それを見たローゼスがメイベルがしようとしていることを察し、無言のままヴィーゴとサリシャを促してメイベルの傍に集めた。
五人が一か所に固まったところでメイベルが箱に嵌め込まれた小さな魔晶石に触れて魔道具を起動すると、魔道具を持つメイベルを中心に赤く光る輪が空中に出現した。魔道具に流す魔力を変化させながら赤い輪が五人全員を囲う大きさになるように調整する。
「皆さん、私がいいと言うまで絶対に赤い輪から出ないでくださいね。特にローゼス」
「……わかっております」
「よし。『探して』、蝶子さん」
メイベルが命じると、彼女の手の中にある小箱からレリーフそっくりの赤い蝶が次々に飛び立ち、部屋の中へと羽ばたいて行く。ひらり、ひらりと赤い蝶が舞う幻想的な光景に、サリシャとヴィーゴから感嘆の声が上がった。
「これは、探査魔法?」
聞こえた小さな呟きに見上げれば、隣にいたアルフレッドもその青い瞳をきらきらと輝かせていた。
「綺麗だね」
「気に入ってもらえたならよかったよ」
初めてアシュリーの魔法を見せてもらった時の村の子供のように無邪気な表情を見せる彼に、メイベルがふふっと笑った。
そうする間も、赤い蝶達は次々に舞い上がり飛んでいく。そしてあるものは壁際まで飛んだ後メイベルの手元へと戻って消え、あるものは調度品や扉や天井に羽を休めて留まった。
宙を舞っている蝶がいなくなった時点でメイベルはアルフレッドに小声で「どう?」と意見を求めた。
蝶のいる場所それぞれをじっと見たアルフレッドが、その場所に仕掛けられている術式を読み解く。
「映像記録と収音、あとは内側から開かなくなる施錠魔法、か。あとは湯沸かしなんかの生活魔道具かな」
「探査漏れはある?」
「たぶんないよ」
「よかった。このまま魔道具の動きを一旦止めちゃったらここの人に文句言われたりするかな?」
「問題ないと思うよ。外国からの貴賓の部屋にこっそり仕掛けた諜報目的の魔道具が動かなくなったからって、表立って文句言ったりは出来ないでしょ?」
「それもそうか。それじゃ遠慮なく────『おやすみ』」
メイベルの停止命令により、張り付いた蝶たちが仕掛けられた魔道具の魔力を吸い上げる。動力源である魔力を失った魔道具たちはそのまま一時的に機能を停止したはずだ。
ほ、と息を吐き、メイベルは説明する。
「蝶たちは、魔力の流れがあったり魔素の集中している場所、つまり魔道具がある場所を探して示してくれているの」
「この赤い輪っかは?」
「赤い輪の内側は蝶達の探査の除外域。これの外に出てたらアルのピアスや腕輪にも蝶が止まってるはず」
「なるほど」
ローゼスに赤い輪から出るなとメイベルが注意したわけだ。ローゼスの身体には妖精からの魔力が満ちている。彼がもしも輪から出ていたら今頃全身に蝶がついていたことだろう。
「この部屋で現在稼働中、もしくは待機状態の魔道具があったのが、蝶が止まっているところってわけ」
「なるほど」
「じゃ、次は防音結界ね」
「結界なら、僕が……」
再び腕輪を外そうとしたアルフレッドにメイベルがにっこりと笑顔を向け、その手を握った。そしてもう一方の手で、ローゼスの手も摑まえる。メイベルはそのまま、腕輪の嵌ったままのアルフレッドとローゼスの手を引いて長椅子に座らせた。並んで座らされて居心地が悪そうな男二人を前に、メイベルは手提げ鞄の中を探って小さめの水筒を取り出すと、アルフレッドの方に手渡した。
「ローゼルムのお茶。とりあえず、アルはそれ飲んで休んでて。ローゼスもね」
「え……?」
「メイベル?」
驚いて見上げてくる彼らをメイベルはじっと見る。
「二人とも、体調悪いんでしょ?」
アルフレッドの手から、絹手袋をするりと抜き取りその指先に触れる。ここまでエスコートされているときから感じていたが、思った通り普段よりずっと冷えてしまっていた。一方で、額や首のあたりには汗が滲んで伝っている。
「このくらい……」
「平気じゃない」
アルフレッドの言葉に食い気味に告げながら、鞄からハンカチも取り出して彼の汗を拭った。
「ん……っ」
「ローゼスにもよく似たようなことを言うんだけどね。
アルはすぐ『このくらい平気』って言うけど、辛い時にはちゃんと辛いって、言おう?
無理しなきゃいけないときでないなら、尚更だよ」
「けど……」
「ここには確かに魔素の澱みはないようだけど、魔素もすごく少ないから。
いつもみたいに魔素循環で魔力を回復するのは難しいんじゃない?」
身体の内外の魔素を循環させることにより魔力を補填していくアルフレッドにとっては、魔素が少ないこの場所では体内魔力を消費する一方だ。
現在体内にある魔力は出来るだけ温存した方がいい。
「この先、アルじゃないとできないことは絶対ある。その時はちゃんと頼るから。
薬草店に張ってくれたみたいに繊細な結界魔法は無理だけど、防音結界くらいなら私の魔道具で何とかなる。ここは魔道具師メイベルちゃんに任せなさい」
メイベルの言いたいことを理解したのか、アルフレッドは「わかった」と大人しくと頷いた。それから眉尻を下げて可笑しそうに笑いながら言う。
「ほんと、魔力を無尽蔵に作り出してしまえる僕に魔法を使うなとか魔力を温存しろとか言ってくるのは、今までの僕の人生で君くらいのものだよ」
「そう?
じゃあ、アルにとって私は今までなかった珍しいタイプの友達だね」
「友達じゃなくて、婚約者でしょ? 僕の可愛いメル」
先ほどの作り笑いとは違い、自然な笑みを浮かべながらそんなことを言うアルフレッドに、メイベルは内心ちょっとドキリとしながらもハイハイと適当に返事をして誤魔化した。
「ローゼスも、バラけさせられそうになったから無理して一緒にここまできてもらっちゃったけど、なにか異変を感じたらすぐにちゃんと話して」
「……わかっていますよ、メイベル」
「うん」
納得してもらえたようで安心したメイベルは、空間庫になっている手提げの中を再度ごそごそと漁って別の道具を取り出した。丸い台座に乗った、猫の置物だ。
「それは?」
「『防音スタンプ 内緒のナイちゃん』」
「ないちゃ……なに?」
「スタンプ?」
怪訝そうに眉を顰めたアルフレッド達に、メイベルは使って見せた方が早いかと置物の台座部分の底をパカリと外した。
「ここに肉球印のハンコがついていまして」
置物を手にしたメイベルがとことこと部屋を歩き、部屋の四隅の壁と、念のため入り口ドアの所にも、底を外した台座部分に仕込んだハンコを押し付けていく。五か所に肉球の印が付いたところで、部屋のおよそ中央に位置する長椅子前の机の上に底をはめ直した猫の置物を鎮座させた。
「で、ナイちゃんを起動します────『内緒話のはじまりまじまり』」
『にゃーーん』
鳴き声と共に猫の両目がピカッと光り、同時に肉球印も黄緑色の光を発し始めた。
「これで、印で囲んだ空間内の防音結界の完成です!」
「おおー」
ローゼス以外の三人が感心して手を叩いた。
「これもメイベル殿の発明した魔道具か?」
「アルのみたいな繊細な結界操作までは再現できませんが、話を漏らさないようにする防音結界は商談の場の秘密保持のためにも有用だとかでたまに発注があるんです」
「さきほどの蝶の探査魔道具は?」
「『魔道具探査機 蝶子さん』です。
懇意にしている商会の方が以前、位置情報を知らせる“鈴”を荷物に紛れ込まされて盗賊に追跡され襲われたことがあったそうで。隊商の安全のため、不審な魔道具が紛れ込んでいないか簡単に走査できるものをと依頼されて開発しました」
「諜報部が欲しがりそうなものをたくさん持っていらっしゃるな」
「お褒めに預かり光栄です、サリシャさん」
「ネーミングセンスは独特だけど、メルの魔道具はどれも独創的で便利だよね」
「一言余計よ、アル」
念の為に扉には内側から簡単な施錠魔法も施す。ひとまず安心して会話ができる状態にはなったと、一同はあらためて息を吐き、護衛組二人もそれぞれ白銀の面を外し素顔を晒した。
そこで、ふっと真顔になったローゼスが、メイベルとアルフレッドの方に視線を向けた。
「ところで、貴方がた二人がさっきからずっと呼び合っている、聞き慣れない愛称はなんです?」
「……っとぉ、気づいちゃった?」
「気づいてましたよ、ええ。ずっと。
神官たちの前で問いただせなかっただけです」
「ぅっ」
「婚約者同士の、特別な愛称を決めたんだよ」
悪びれる様子もなく言ってのけたアルフレッドにローゼスの眉がぴくりと吊り上がった。
「あれよ、それっぽい雰囲気づくり?」
「雰囲気づくり、ね」
「うん……」
なんでこんな言い訳じみたことを言ってるんだろう、と思いながらも、メイベルはどうしてか背中をたらりと冷や汗が流れるのを感じた。
「可愛い愛称でしょ、アルとメル」
椅子から立ち上がった王弟殿下がするりとメイベルの手を取って口づける仕草をする。アルフレッドの挑発するような視線を受け、ローゼスの目がすっと細められる。が、はぁと溜息をついてから自分も立ち上がると、にっこりと笑顔を作った。
「そうですね、潜入作戦のためだけの、婚約者設定ですから、それらしく見えるに越したことはありませんね」
「本当にしちゃっても僕は構わないんだけど」
「御冗談が過ぎますよ、殿下」
ハハハ、フフフ、とどこか含みというか、トゲのある笑いを交わす男二人に悪寒が隠し切れなくなったメイベルは、すっとその場を離れてサリシャの方に寄っていった。
「せっかくだ、お茶の用意をしようか」
苦笑したサリシャが少し冷めてしまったポットに触れて火魔法で温めなおすと、ふわりと中の茶が香った。
蝶子さんの開発当初は赤い輪の除外域はなかったのですが、テスト起動したら傍にいたローゼスが蝶まみれになったため、探査範囲を調整できる除外域を設定可能に改造しました。




