003
あぁ、おかしな夢を見たな。
長らく寝ていたのか、床擦れを起こしたように臀部に痺れを起こしていた。少し腰を浮かせて、お尻を摩する。
外を見ると、既に陽が沈みかけていた。
もともと古くて、厚いカーテンに締め切られた埃臭い教室は、眠るように暗く沈んでいる。
昨日は長く寝た割には、疲れが溜まっていた。おそらく、普段使わない頭を稼働させて考え事をしていたせいだろう。眠りも浅く、朝も凉花にしては相当早く目覚めた為、こんなところで熟睡、そして変な夢を見てしまったのだろう。
それにしたって、こんな所でも眠れるなんて……将来、家がなくても困らないかな。そんな間抜けな事を大きな欠伸を一つ。授業はとっくに終わってるだろう。となると、真冬は既に……
「あの、こうなって会うと、少し恥ずかしいわね」
そうそう、こんな感じで頬を赤らめるのだろう。
「手紙が入ってた時は本当に吃驚したよぉ」
あー、そうだね。宮守はこんな反応だ。ちょっと困ったように照れながら笑うんだ。
「それで、話なんだけど……」
「うん、雪ちゃんは決めたんだよね」
「ええ」
ん? なんだ?
「私、五十鈴の事が好きよ」
待って、これって!?
ようやく凉花は気付く。これが現実であると。
しかしながらまだ夢の中では? そんな期待とも言い難い現実逃避に現を抜かすが、どう考えてもこの思考の透明さ、目の前の視界の鮮明さには抗えない。
「うん」
笑顔をから一転、今までに見た事のないような真剣な表情で宮守は頷く。
「それは、今でも変わらない」
しん、と教室が、学校が、世界が、静まる。
幾分の静寂が過ぎ、真冬は「でも」と続ける。
「一人、どうしても気になる人がどうしても、どうやってもいつも隣にいる」
そこまで聞くと、宮守は顔を少し綻ばせた。
「良かったよ」
「え?」
「雪ちゃんが、正直になってくれて安心した」
何がなんだか分からない凉花は、目を皿にして、耳を傾けて二人の会話を聴き入った。
「お泊まりの夜、キスする直前で告白された時は吃驚したよ」
は?
「本当にそれは……申し訳なかったわ」
なにそれ聞いてない。
「ううん、違うよ。告白された事より、雪ちゃんは凉花ちゃんの事が好きだと思ってたからさ」
「……あの時は、まだ自分の気持ちが上手く整理できてなかったていうか。五十鈴には本当に失礼な事をしたわ。ごめんなさい」
目を伏せる真冬に、宮守ははにかみながら首を横に振る。
「ううん、大丈夫だから」
「……五十鈴のおかげで、勇気を持てたわ」
そして、凉花は耳を疑う一言を真冬は宣言する。
「私、凉花の事が好き」
凉花は毛穴という毛穴が開き、瞳孔が伸縮する。心臓は胸から飛び出しそうな程、躍動するし、手足の震えが止まらなかった。
「応援するから、雪ちゃんのこと」
ぎゅっと宮守は真冬を小さな身体で抱く。
小さな声で「ありがとう」と呟いた真冬は、照れくさそうにしながらも、その表情はどこか嬉しさを噛み締めていた。
「……今日はどうする? どこか遊び行こっか?」
「うーん、そうね。私はこのあと反省文提出しに行くし、帰りは凉花の家に寄ってみようかしら。なんだか心配だわ」
「そっか。うん、わかった。凉花ちゃんによろしく言っておいてね! また明日ね、雪ちゃん!」
「ええ、また明日」
軽く手を振って、五十鈴は出ていく。
真冬は宮守を見送ると、一つ息を吐いた。
先ほどとは打って変わって、静まり返る教室。
吐息さえも聞こえてしまう、その空間。
気配さえも、簡単に見抜かれてしまいそうで、凉花はぐっと息を止める。
「……凉花のことが、好き」
確かめるように、真冬はぽつりと漏らした。
不意にフラッシュバックする、あの時の、真冬が宮守に告白を決意した時の、初めて真冬と相見えた時の記憶。
その記憶をなぞる様に、真冬は凉花が潜伏するバリケードに近付いてくる。
待て、待て待て!!!!!
なんだか嫌な予感がする!!!!
夢に出た椅子や机が、ほくそ笑んでいる気がする!!!
全てがスローに見えた。
乱雑に積まれた机に腰掛ける、真冬。
待ってましたと言わんばかりに崩れるバリケード。
凉花を押し出すように倒れた椅子。
飛び出す、凉花。
驚く、真冬。
大きな物音に慌てて引き返してきた、宮守。
少女達の時間が動き出すまで、あと0秒。
この後に何が起きたか、それは教室にいた者しか知りえない。
最後まで読んで頂きありがとうございました。本来、2部or3部構成の予定でしたが、区切りのいい1部でとりあえず完結という事にします。
もう少しこのお話の続きを読んでみたいと思ってくださる物好きな方は活動報告を見て下さると有り難いです。
最後のシーンは、百合は当事者の秘密ということで。果たして凉花は雪女と百合の花を咲かせたのでしょうか?
重ね重ねになりますが、ここまで書き続けられたのはお気に入り、感想、評価を下さった皆様のおかげであります。今までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。また御縁がありましたら、宜しく御願い致します。
花井花子でした。




