そのニ
天狼神社のシンボルは文字通りニホンオオカミ、と観光パンフレットなどにはザックリ説明されているが、正確に言えば神である。
ザックリついでに。
真耶さんがチヤホヤされる理由のひとつは、神の力を借りることが出来るからだし、それってどういうこと? という疑問をザックリではなくバッサリ切った上で話を進めると、神の力を借りるには形から入る、つまり神を模した姿にならねばならない。
といった事情があるとは言え、ねえ。
サテライトスタジオに、オオカミの動くぬいぐるみ。なんともシュールな光景だと思う。
——
犬とオオカミは種としては紙一重のようなものらしく、真耶さんご着用のこのぬいぐるみも初見ではだいたい犬だと思われる。真耶さんはオオカミだということにこだわりを持っているようだが、DJの立場から言わせてもらえば、どっちでも良い。
このスタジオは機材が古い。メインのマイクロフォンは未だに四角い弁当箱のようなマイクで、向かい合って座ると良い感じにお互いの声を拾うセッティングになっている。
ところが真耶さんと来たら、オオカミのぬいぐるみを着ている上に、オオカミの口を基準にしてマイクとの距離を合わせるものだから、声が拾いにくい。
「もっと近づいてってば!」
トークの合間にカフを下げて真耶さんにもっと前に座るよう促す。
「う、うん……」
真耶さんは、かすかに聞こえる声で返事をすると、もじもじしながら腰を前にずらす。するとオオカミの口がマイクを喰らわんかのような図になってしまうけれど、これくらいが丁度良い。
「ボソボソしゃべらないで下さいね?」
「分かってるってばあ……」
しかも油断すると、真耶さんの声がどんどん小さくなってゆく事もある。ぬいぐるみの中だと声はこもっちゃうんだから、きちんと釘を刺しておかなきゃ。
真耶さんにとって、オオカミの姿に変身することは神に仕える者の義務でもあり、それと引き換えに賜った権利でもある。だからお祭りなど、神社の行事はもちろん、日常生活においても、この姿になりたい時になっても良いし、どんどんなった方が良い。
「子どもに受けがいいんだよ、このカッコ」
とは常日頃の真耶さんの弁。そりゃあ、全身もふもふのオオカミ(実際の見た目はほぼ犬)なんつったら、子どものパートは鷲掴みだろうて。
そんなわけで、環境保全や交通安全などを啓発するチラシ配りのボランティアをする時、真耶さんは大抵このオオカミ姿で出動する。実際、子どもたちのみならず老若男女に受けが良く、チラシの減り方も速いし、そこに付いているQRコードからのアクセス数も多くなるのだから戦略的には正しい。
でもその理由なら、スタジオの中では脱いでしまっても構わない。それなのにオオカミの姿を崩さないもうひとつの答えをわたしは知っている。
でもついつい、マイクオフにして真耶さんを言葉で突っついてしまう。
「どうして、オンエア中も脱がないんですか?」
答えは決まっている。
「だって……、恥ずかしいんだもん」
——
真耶さんはとにかく恥ずかしがり屋だし、あがり症。だから顔を見られた状態でしゃべるのに相当の抵抗があるのは分かる。でも全身をぬいぐるみに覆われた人間って、かえって目立っちゃう気もするのだけど、
「顔を見られるのが恥ずかしい」
というのが、彼女の言い分。
この装束は要するに着ぐるみだし、基本的には顔を出さないタイプなんだけど、角度によっては半開きの大きな口のその奥に、真耶さん自身の顔が見え隠れする。
あと、人が着るタイプのぬいぐるみでは、首から上を別のパーツにすることも多い。でも真耶さんが着ているのは頭から足先までの一体型。頭だけでも出してくれれば音量調整もしやすいのだけど構造上の理由で無理。
もちろん可能だったとして、真耶さんが素顔を表すわけないけど。
天狼神社は二つの異なる由来をもつ神様への信仰が合わさって出来たというのが有力な説である。
日本神話に登場するコノハナサクヤビメと、土着の信仰と考えられる動物神としてのニホンオオカミ。この二者を奉っていたから、社の名前は天狼神社、村の名前は木之花村。
どちらの神様も、コノハナが属する、火山活動とそれによる噴出物とに悩まされた山上の高原に住む人々がすがりつきたい存在であったことは想像に難くない。
しかして、由来の異なるこの二柱への信仰を合体させるにあたって、真神とか天狼と呼ばれた神が、もとはコノハナサクヤビメの眷属だったという事になった、と、現代的解釈をもってすれば言うことが出来る。
そのうえで、使いとされていたオオカミが神に昇格し、天狼神社の主な祭神となる。コノハナサクヤビメを祀る神社は全国に存在し、その信仰のされ方も少しずつ違う。神道において、神はその眷属として様々な動物を神使として仕えさせるが、オオカミとコノハナサクヤビメという変わった組み合わせはそんな理由による。
もっとも、天狼神社では神使が神となったのだから、何者かが代わりをせねばならない、すなわち、天狼の神使が居なければならない。
というわけで白羽の矢が立ったのが、
「人間の少女」
だった。




