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宗教上の理由  作者: 儀間朝啓
第一章
21/44

その一

 この作品には序章も存在しますが、前日譚のような位置付けで、第一章から読んでもストーリーが追えるように書いています。お時間の無い方は、ここからお読みくださっても良いかと思います。

コノハナに、春が来た。

 真白でふかふかの雪が、まだ村のあちらこちらに残っているけれど、来たと言ったら、来た。


 土曜日の朝。いつもより遅めに家を出て、わたしはバスに乗る。目的地は村のコミュニティラジオである、このはなFM。

 このはなFMは、村役場の支所こと通称「分署」の一階にスタジオを構え、番組のほとんどが、このサテライトスタジオからの生放送。そしてほとんどのDJが自ら音響卓を操作して、レコードやCDも自分で掛けるアメリカンスタイル。

 わたしの番組「板谷楓のスイートメイプルタイム」も、このスタイルを踏襲している。慣れないうちはアタフタするばかりだったが、放送の全てを自分がコントロールできるというのがだんだん楽しくなって来た。

 この醍醐味は、大きな放送局では得られない。


 平日のわたしは会社員として仕事しているので、ラジオDJは週末のボランティアとしてやっている。ボランティアDJはギャランティが無いかわりに自由度が高く、話したいことをほとんど話せる。

 レギュラー番組は金曜の夜だけど、土曜日もスタジオにいることが多い。週末も何だかんだで用事の入るDJが多いので、大抵わたしが当番を買って出ているのだ。それはマイクを通じて好き勝手に喋れる時間が増えるので、むしろ有り難いことでもある。


 話す内容はザックリとしか決めずにスタジオに入る。それで大丈夫なのかと問われれば案外平気なもので、話のタネはちょっと見渡せばあちらこちらに散らばってるし、なんなら勝手にこっちに転がり込んで来たりもする。

 話題に詰まるとすれば、それは話題のタネが尽きたのではなく、目の前にあるタネに気が付かないだけ。それを見失わないとか、すぐに見つけるとかいうスキルは、何年もDJやってるうちに伸びて来るもんだし、台本もなければスタッフもいない、自分だけが頼りという環境で長くやって来たから成長も早かったと感じる。

 もっとも、ここまでユルい放送局は日本中探しても多分ここだけだと思うけど。


 ユルいついでに、ゲストも実質呼び放題。一人でお喋りすることも出来るけど、会話のキャッチボールをする相手がいるほうが、楽しいし心強い。

 今日もゲストを呼ぶつもりでいる。まだオファーは掛けていないし、そとそも自分から前もって出演をお願いするだなんてことは久しくしていないけど、たぶんお目当てのゲストはスタジオ近辺に居るはずだ。


 村営バスが分署前のバスターミナルに到着する。このバスは村内を循環する系統なので、乗客の多くは隣町の駅に向かうバスに乗り換える。

 もちろん降りた客のうちには、土曜開庁の窓口を目指し、分署の中に向かう人もいる。スタジオも同じ建物内だから、わたしもその後に付いていくことになるが、ちょっとその経路をそれて、分署前に広がる円形の広場の中へと歩みを進める。


 復活祭(イースター)が近いこともあって、村全体が華やかな雰囲気に包まれている。特にこの分署前の広場では、ぼちぼちイースターエッグの飾り付けも登場してきて、お祭り前のザワザワ感が増してきている。

 そして広場の一角には、ちょっとした人だかり。数名の女の子が一箇所に群がってワイワイやっている。が、この光景はイースターとは直接の関係は無い。少女たちには別のお目当てがいる。


 真耶さん、もう帰って来てるんだ。


——


 コノハナ最古、いや、近在近郷で最古とも伝わる天狼神社。この神社で御使として神に仕える嬬恋真耶さんは、わたしの中学校の先輩。今の住まいは東京だけど、しばしばコノハナに帰って来る。

 神に仕えるということはすなわち、神々しいという言葉がピッタリ来るようなたたずまいや、立ち居振る舞いが求められる。そして、だからこそ神使は尊崇の的になる。

 さらにまた、真耶さんが村に帰ってくるという噂が立てば、瞬く間に村じゅうへと広まる。そしてこの週末も真耶さんがコノハナ入りするとの知らせは、既にわたしの耳にも入っているし、ならばこの分署前円形広場に姿を現すだろうことも予想していた。


 いわゆる「真耶さま推し」の女子たちは真耶さんの帰村を待ちわびているし、真耶さんはその期待に応えようとする。

 その場所はむしろ天狼神社の方がふさわしいのだろうけど、交通の便を考えると広場の方が勝っているという考えはあるらしい。

 何にせよ村一番の人気者が広場にお出ましとあらば、その広場に面するスタジオのDJとしては是非とも御出演いただきたい。真耶さんは頼まれたら断れない人なので、いきなりの出演依頼にも快諾してくれるはずだし、現に断られた試しがない。

 案の定、わたしから声を掛けずとも、真耶さんのほうから出演オーケーのサインをくれた。


——


 「おはようございます。本日も始まりました、コノハナ・コーリング・オン・サタディ。本日のDJは板谷楓、そして、今週もゲストにお越しいただきました。自己紹介、どうぞっ!」

「おはようございます、天狼神社より参りました、マヤです」

 このスタジオは、外から丸見えというサテライトスタジオの典型的なスタイル。わたしたちのトークの模様は、分署の中と外の両方から見学可能。

 真耶さまの御出演とあって、先ほどまで群がっていた女子たちはもちろんのこと、次々と現れた真耶さんファンのお子たちがスタジオとその外を隔てるガラスに貼り付くようにして、わたしたちを囲んでいる。

 放送局の公開生放送の「絵」としては、とても良い景色だと思う。スタジオに観客が多く集まり、金魚鉢の中で話すゲストの一言一言にうなずく。


 真耶さんの人を惹きつける魅力は、ひとことで言えば、美しさ、というところに集約される。

 それは例えば、所作から滲み出る美しさでもあるし、彼女の一挙手一投足に現れる優しさや丁寧さからも由来する。顔のパーツがとか、肌が、髪が、という意味の美しさを持っているのも確かだが、それだけで嬬恋真耶という人間の美しさを説明し切ることはできない。


 だから、真耶さんの姿がかりにスタジオの外から見えないとしても、その声だけでも、いや、スタジオにカーテンでも掛けてシルエットだけになったとしても、ここを取り巻くファンの溜め息と羨望は止まないだろう。

 要するに、真耶さんがどんな姿かたちをもってここで喋ったとしても、その魅力が削られるはずは、無い。


 とは、言うものの。


 真耶さん、どうして、犬のぬいぐるみなんか着てラジオに出てるんですか?

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