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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第2巻  作者: 妄子《もうす》
21.ワタトラ急襲

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その1

 大変な目にあっているのは、エリオだけではなかった。


 サラサの方も、いけ好かないヤツを叩きのめすチャンスを諦め、帰還せざるを得ない状況になっていた。


 お互い、目の前の事で推移している事より、足下に火が付いた火を消すのが最優先事項になっていた。


 言うまでもないが、この2人の性格は似ても似つかない。


 だが、戦いにおいて最初から主導権を握れない戦いばかりを押しつけられるという点では、境遇が似ている。


 更に言えば、エリオとサラサでなければ、激戦を繰り広げている中、ああも簡単に戦いを止める事はなかっただろう。


 それは、互いにとって幸運だったと、その時点では言えた。


 そんな中、サラサは艦隊を、本拠地ワタトラに直行させるのではなく、途中の港町キンレディガンに入港させていた。


 本来ならば、直行させたいのだが、クライセン艦隊との激突を繰り広げた後だ。


 補給と修繕が必要だった。


(お嬢様は、どこまでも冷静だな……)

 バンデリックは、誰にでも言われるまでもなく、真っ直ぐキンレディガンに入港させたのに感心していた。


 今回の海戦は、セッフィールド島沖海戦とは違っていた。


 セッフィールド島沖海戦はどちらかと言うと、勝利に向かって一歩一歩確実に戦っていた。


 それに対し、今回の海戦は形振り構わず、攻勢を仕掛けなくはならなかった。


 その副次的な効果で、士気が異常に高まった海戦だった。


 でないと、数的不利を補えなかっただろう。


 そして、その士気の高さというか、海戦の余韻は艦隊全体に未だに続いていた。


 その余勢を駆って、そのままワタトラへ突っ込むという手もあった。


 だが、冷静に考えてみると、結構無理な戦いをした後である。


 補給と修繕は必須だけではなく、水兵達を落ち付かせる為にも一息させる事が必要だった。


「何?」

 バンデリックの視線に気が付いたサラサが、聞いてきた。


「いえ、何時になく、冷静ですね」

 バンデリックは、当然の質問に、素直にそう答えた。


「それは、あたしがいつも冷静ではないというような言い方ね」

 サラサの口が、への字に曲がった。


「そんな事を言ってはいませんよ」

 バンデリックは、僻みぽく言ったサラサに苦笑いを返した。


(それにしても、お嬢様はクライセン公と対峙する時、いつも恐ろしく冷静になる。

 まるで、クライセン公に能力を引き出されてるように……)

 バンデリックは、苦笑いしつつも一抹の不安を感じてしまった。


 スワン島沖海戦、リーラン王国沖の神経戦、そして、サキュス沖海戦……。


 どれも、いつも以上の適切な判断をしているように感じられた。


「……」

 苦笑いしたバンデリックに、サラサは無反応だった。


 いつもなら、突っかかってくる所だろう。


 それに、海戦が中途半端に終わったのに、特に不完全燃焼で荒れているという訳でもなかった。


 と言うより、その性格に似合わない程、冷静に反省をしているようだった。


「閣下……」

 バンデリックは、ちょっと心配になって声を掛けようとした。


 まあ、この辺が苦労性なのだろう。


 良い状態を心配してしまうのだから。


「今回はこれで、助かったのかも知れない……」

 サラサは、ボソッと言った。


 珍しく弱気だった。


「!!!」

 バンデリックは、驚いていた。


 それは、いつもとは違う驚きであった。


 と同時に、本音が出たと感じていた。


「相手にはまだ余裕があったけど、こちらは一杯一杯だったから」

 サラサは、弱気の根拠をそう説明した。


 バンデリックは、成る程と感じると同時に、ちょっと違うような気もした。


「そうかも知れませんが、数的不利でよく戦ったと思います」

 バンデリックは、率直に自分の感じた事を話した。


 傍から見ると、サラサの意見の方が正しいと思われる。


 ただ、相手側のエリオにとっては、バンデリックの感想に近い心情だった。


 エリオは確かに数的有利を活かした戦い方を選択した。


 それに対して、サラサは数的不利を補う為に、攻勢を続けた。


 この戦い方に、エリオは余裕を持って対応していた訳ではなかった。


 兵力配置を間違えれば、全体的に数的有利でも、局面では一気に数的不利になる事をよく知っていた。


 それは、エリオがこれまでの戦いで示してきた事である。


 そして、攻勢を仕掛けられる事で、意外にも反応が遅れ、局面で不利になる事も、エリオはよく知っていた。


 しかも、今回は、指揮している艦隊は、エリオだけの艦隊だけではない。


 アスウェル艦隊は優秀であるが、エリオの期待した常に反応に付いてこれる保証は全くなかった。


 実際、最初の接触で、反応が遅れた。


 後に、それを修正しながら、エリオは指揮を執っていたが、再び想定外の事が起きないとは言い切れなかった。


 第3次アラリオン海戦のように、ホルディム艦隊が暴走するような事はないが、常に想定外の事を頭に置いておかなくてはならなかった。


 これは、エリオにとって、結構ストレスが貯まる問題だった。


 数的有利を更に強めるならば、新造艦隊も海戦に投入するべきだった。


 それをしなかったのは、艦隊の作戦遂行能力に差がありすぎて、敵を利する可能性があったからだ。


 エリオには、そんな事情のある海戦だったので、決して余裕があった訳ではなかった。


 寧ろ、いつ、ひっくり返されるか、ヒヤヒヤしながらの戦いだったと思う……。


「うーん……」

 サラサは、バンデリックの言葉を素直には受け入れなかったが、否定もしなかった。


 今回の結果を上手く飲み込めていない訳ではなかった。


 だが、色々と考えさせられる戦いだった。


「閣下……」

 何時にないサラサの様子を見て、バンデリックは、更に不安になった。


「まあ、そんな事より、今は、対シーサク王国ね。

 父上が、今、苦労している筈だしね」

 サラサは、いつものサラサに戻っていた。


「了解しました」

 バンデリックは、完全に同意した。


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