その17
リ・リラは、取りあえず中庭を抜ける事にした。
(こうして、1人になってみると、不思議なものね)
リ・リラは、小走りをしながらそう感じた。
常に、誰かが傍にいる身分である。
1人になる事は、記憶に無い程だった。
「やはり、ここに来ましたか、ふっふっ……」
リ・リラの前に、高笑いをした人物が現れた。
リ・リラは、行く手を遮られたので、立ち止まった。
(ええっと……)
リ・リラは、何やら必死に思い出そうとしていた。
誘導されている自覚はあったので、敵の出現には驚かなかった。
ベタベタな展開だし……。
だが、このように、別な事で困惑していた。
「我が術中にこれ程容易く嵌まるとは……、何とも、まぁ……」
その人物は、不快な笑みを浮かべて、マウントを取っていた。
それを取り巻くように、ニタニタと4人の男が存在していた。
(うーんと……)
リ・リラは、それでも何やら必死に思い出そうとしていた。
「事、ここに至っては、降伏なさい。
我が妻として、お迎えしてあげましょう」
その人物は、更に嫌らしい笑みを浮かべた。
「ひぃひぃ……」
取り巻きの男達も、同様、酷い笑みだった。
性格が態度に表れるというのは、この事だろう。
(……)
リ・リラは、頑張ってみたが、何も思い浮かばなくなってしまった。
「恐怖で、声も出ませんか。
まあ、それくらいが可愛げがあって、我が妻に相応しい。
ひぃひぃ……。
今後、存分に可愛がった上げますから、ご安心なさい」
その人物は、ひぃひぃしながら、リ・リラに近寄ろうと、一歩踏み出した。
「ああ、全くダメ!!」
リ・リラは、女王らしくない口調で、叫んでしまった。
それにより、その人物達は、ピタリと立ち止まってしまった。
……。
微妙な風が吹いた。
エリオと言い、リ・リラと言い、どうして、こう危機意識が低く、残念なんだろう……。
「そなたは誰?」
リ・リラは、仕方がないので、聞いてみる事にした。
「!!!」
その人物からは笑みが消え、引きつっていくのが見て取れた。
「もう一度聞く!
そなたは誰だ!」
リ・リラは、女王の口調で詰問した。
その圧力は、アホそうなこの人物にも分かる程だったので、一瞬怯んだ。
「何を仰ってるのですか、アリーフ子爵ですよ」
子爵は怯んでしまった為に、狼狽して答えた。
リ・リラは、その名を聞いて、ハッとした。
子爵は兄とは似ておらず、言われてみれば、父親似ではある。
が、見掛けたのは一回だけ。
確か、任命式の時。
だが、印象というか、感想みたいなものはなかった。
微かに、父親以上に嫌な感じがしたのを思い出した。
(あの時も、こんな感じだったかも……。
嫌な事は忘れる癖が付いているせいね……)
リ・リラは、何故思い出せなかったかが分かり、ホッとした。
リ・リラは女王なので、人の顔を覚えるのが得意な筈である。
と言う事は……。
まあ、そういう話は置いておいて、本筋に戻ろう。
「で、子爵、わたくしの前に現れたと言う事は、出頭してきたと思って間違いが無いのか?」
リ・リラの態度は女王然としていた。
色々と迷想していたのに、いい気なものだ。
「……」
子爵は、あまりにも話が噛み合わないので、絶句してしまった。
圧倒的な有利な立場なのに、マウントを取れない。
「再度問う!
出頭してきたのか?」
リ・リラは、再度冷たく言い放った。
まあ、当然、リ・リラ自身もそうではない事自体は分かっていた。
「先程から何を仰っているのやら……。
時間稼ぎは止めて貰いましょう」
子爵は、何とか自我を保つようにそう言った。
「成る程、出頭してきた訳ではないようですね」
リ・リラは、そう言うと剣に手を掛けた。
「この期に及んで、そのお覚悟、立派です」
子爵は、リ・リラが剣に手を掛けたのを見て、余裕を見せ付けるかのように言った。
だが、どうも思い通りには言っていないような空気を漂わせていた。
とは言え、こちらは5人、あちらは1人。
しかも、相手は女性。
やる前から、勝負が付いていた。
そう思うと、気を取り直したようだった。
「ならば、少し痛い目を見て頂きましょう」
子爵は、周りの男達に合図を送った。
すると、4人の取り巻きは、ニタニタヘラヘラと嫌らしい笑みを浮かべて、剣を抜いた。
「『是非に及ばず』と言った所ね」
リ・リラは、どっかの国の武将が言った言葉と同じ言葉を言うと、剣をゆっくりと抜いて、構えた。




