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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第2巻  作者: 妄子《もうす》
19.サキュス沖海戦 エリオvsサラサ

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その3

 今回の投入した兵力は、戦闘艦95隻。


 エリオ艦隊5,アスウェル艦隊32,ティセル艦隊24,アトニント艦隊24,新造艦隊10。


 偽装・訓練が済んだばかりの艦隊をも投入して、現在持てうる全戦力を率いていた。


 そして、第2軍。


 全軍ではないが、3千の兵力を同行させていた。


 ロジオール公の提案を最終的に受け入れたのは自分である。


 そう思って、諦められたらどんなにいいのかとエリオは思っていた。


 その頭痛の種が、脳天気な顔をして、目の前にいた。


 ただ、クルスは別に脳天気な表情をしていた訳では無かった。


 エリオの僻み根性でそう見えただけだった。


 要するに、陽と陰である。


「さて、いよいよ、我らの出番という事ですな、閣下」

 クルスはやる気満々、気力充実といった感じだった。


 そんなクルスを見て、エリオ艦隊の面々はこれの1/10でも、総司令官に覇気があったらと思わざるを得なかった。


「……」

 覇気があるクルスと比べて、エリオはそれに当てられるかのように、黙ってしまった。


(戦うという事は、そんなにワクワクするものだろうか?)

 稀代の策略家らしからぬ心情になっていたからだ。


 エリオにとって、戦とは面倒事そのものだった。


 まあ、今更指摘する事でもないが……。


 そして、怠惰に過ごしたいエリオにとっては、当然ながら苦痛でしかなかった。


 とは言え、負ける訳には行かない。


 負けると、とんでもない目に遭うからだ。


 でも、まあ、エリオ、一人がそうなるなら、彼はそれを受け入れてしまうかも知れない。


 それ程、度し難い。


 だが、敗北は、リ・リラを追い詰める事になる。


 それは絶対に避けなければならない。


 なので、エリオはどんなに苦痛であろうが、リ・リラに類が及ぶよりはマシだと思っている。


 首尾一貫していて、立派なものだが、主体性がなさ過ぎるのが問題である。


 だから、こんな態度になってしまうのだろう。


「閣下、何か、注意事項があるのなら、仰って下さい。

 私は陸軍の所属でありますが、今は閣下の指揮の下に戦っている部下なのですから。

 そして、私の初陣でもあるので」

 クルスはそう神妙な言葉を述べているが、物怖じしない態度は立派である。


 そんな態度を見て、あちらこちらから溜息が聞こえてきそうな雰囲気である。


 が、決して、溜息が漏れる事はなかった。


「戦略目標を誤らないようにして下さい」

 エリオは、重い重い口を開いた。


「了解であります」

 クルスは、ハキハキした声で、即答した。


「……」

 エリオは、その後に続けて言おうとした言葉を飲み込みざるを得なかった。


 クルスは、エリオの態度に対して怪訝に思う事なく、ハキハキ、ニコニコしていた。


 裏のない人間であり、きっと稀代の策略家には成り得まい。


「ふぅ……」

 エリオは溜息を一旦ついた。


「……」

 クルスは、そこで、初めてあれ?という表情になった。


 流石に、気が付くか……。


 エリオはそれに構わず、というより、諦めた表情で、クルスの後ろにいる人物に視線を移した。


「作戦が失敗した場合は?」

 エリオは、その人物達に質問をした。


「私以下の一番高い階級のものが、残存部隊の指揮を執ります」

 第2軍参謀長のファルスが、緊張した面持ちでそう言った。


「!!!」

 クルスは、左後ろを振り返りながら驚きの表情を浮かべた。


「そして、私が、ミモクラ侯爵閣下を踏んじまってでも、クライセン公爵閣下の元へとお連れ致します」

 副官のリミトは敬礼しながらそう言った。


 クルスは、今度は逆側を振り向きながら、何とも複雑な表情になった。


「うむ、よろしい」

 エリオは、何だが総司令官みたいな口調で頷いた。


「閣下、何だか、酷い言い草に感じるのですが……」

 クルスは、エリオに抗議した。


 まあ、戦う前から負けた時の算段をされているのだから、そうはなるだろう。


「いえ、司令官閣下。

 総司令官閣下は、常に最悪の事を考えて作戦を指揮なさっております。

 勝っている時は、問題がないのです。

 しかし、最悪の事態を想定していれば、どんな状況でも慌てずに済みます。

 総司令官閣下のお考えは、非常に理に適っております」

 ファルスは、会議の中でも一番年上らしく、冷静だった。


「まあ、それは分かるが……」

 クルスは、聡明な頭脳の持ち主だから、エリオの言いたい事は分かる。


 だが、まあ、クルスの気持ちも分かる。


「貴公、戦略目標を誤らないようにと言った筈です」

 エリオは、今までにない真面目な口調で静かにそう言った。


 ピッキンーン!!


 何故か、周りの空気が一転し、緊張感が増した。


 何も、それまでが緊張感がなかった訳ではないが、雰囲気が一転した。


 エリオがこうなる時は、何故か味方に有無を言わせない雰囲気になる。


 反発心はある場合があるのだが、圧倒的正論の前には、ねぇ……。


「サキュスの海軍工廠を破壊できても、貴公を失ったら、リーラン王国の未来が危うくなるのです」

 エリオは、そのままの口調でそう言った。


 別に、エリオ自身は意識はしていないが、どんな命令よりも、厳守しなくてはならない空気になった。


「了解しました」

 クルスは、思わず直立不動になって、答えてしまった。


「とは言え、寧ろ、懸念材料は我々の方にあるやも知れません」

 エリオは、今度は少し柔らかい感じで、だが、苦笑するようにそう言った。


「それはどういう事でしょうか?」

 クルスは、更に緊張しながら聞かざるを得なかった。


「世界で最も敵対したくない艦隊がこちらに近付いています」

 エリオは、深刻そうにそう言った。


「……」

 クルスは、作戦が順調にいっている総司令官とは思えないエリオを見て、これまで感じた事のない緊張感を持った。


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