その3
今回の投入した兵力は、戦闘艦95隻。
エリオ艦隊5,アスウェル艦隊32,ティセル艦隊24,アトニント艦隊24,新造艦隊10。
偽装・訓練が済んだばかりの艦隊をも投入して、現在持てうる全戦力を率いていた。
そして、第2軍。
全軍ではないが、3千の兵力を同行させていた。
ロジオール公の提案を最終的に受け入れたのは自分である。
そう思って、諦められたらどんなにいいのかとエリオは思っていた。
その頭痛の種が、脳天気な顔をして、目の前にいた。
ただ、クルスは別に脳天気な表情をしていた訳では無かった。
エリオの僻み根性でそう見えただけだった。
要するに、陽と陰である。
「さて、いよいよ、我らの出番という事ですな、閣下」
クルスはやる気満々、気力充実といった感じだった。
そんなクルスを見て、エリオ艦隊の面々はこれの1/10でも、総司令官に覇気があったらと思わざるを得なかった。
「……」
覇気があるクルスと比べて、エリオはそれに当てられるかのように、黙ってしまった。
(戦うという事は、そんなにワクワクするものだろうか?)
稀代の策略家らしからぬ心情になっていたからだ。
エリオにとって、戦とは面倒事そのものだった。
まあ、今更指摘する事でもないが……。
そして、怠惰に過ごしたいエリオにとっては、当然ながら苦痛でしかなかった。
とは言え、負ける訳には行かない。
負けると、とんでもない目に遭うからだ。
でも、まあ、エリオ、一人がそうなるなら、彼はそれを受け入れてしまうかも知れない。
それ程、度し難い。
だが、敗北は、リ・リラを追い詰める事になる。
それは絶対に避けなければならない。
なので、エリオはどんなに苦痛であろうが、リ・リラに類が及ぶよりはマシだと思っている。
首尾一貫していて、立派なものだが、主体性がなさ過ぎるのが問題である。
だから、こんな態度になってしまうのだろう。
「閣下、何か、注意事項があるのなら、仰って下さい。
私は陸軍の所属でありますが、今は閣下の指揮の下に戦っている部下なのですから。
そして、私の初陣でもあるので」
クルスはそう神妙な言葉を述べているが、物怖じしない態度は立派である。
そんな態度を見て、あちらこちらから溜息が聞こえてきそうな雰囲気である。
が、決して、溜息が漏れる事はなかった。
「戦略目標を誤らないようにして下さい」
エリオは、重い重い口を開いた。
「了解であります」
クルスは、ハキハキした声で、即答した。
「……」
エリオは、その後に続けて言おうとした言葉を飲み込みざるを得なかった。
クルスは、エリオの態度に対して怪訝に思う事なく、ハキハキ、ニコニコしていた。
裏のない人間であり、きっと稀代の策略家には成り得まい。
「ふぅ……」
エリオは溜息を一旦ついた。
「……」
クルスは、そこで、初めてあれ?という表情になった。
流石に、気が付くか……。
エリオはそれに構わず、というより、諦めた表情で、クルスの後ろにいる人物に視線を移した。
「作戦が失敗した場合は?」
エリオは、その人物達に質問をした。
「私以下の一番高い階級のものが、残存部隊の指揮を執ります」
第2軍参謀長のファルスが、緊張した面持ちでそう言った。
「!!!」
クルスは、左後ろを振り返りながら驚きの表情を浮かべた。
「そして、私が、ミモクラ侯爵閣下を踏んじまってでも、クライセン公爵閣下の元へとお連れ致します」
副官のリミトは敬礼しながらそう言った。
クルスは、今度は逆側を振り向きながら、何とも複雑な表情になった。
「うむ、よろしい」
エリオは、何だが総司令官みたいな口調で頷いた。
「閣下、何だか、酷い言い草に感じるのですが……」
クルスは、エリオに抗議した。
まあ、戦う前から負けた時の算段をされているのだから、そうはなるだろう。
「いえ、司令官閣下。
総司令官閣下は、常に最悪の事を考えて作戦を指揮なさっております。
勝っている時は、問題がないのです。
しかし、最悪の事態を想定していれば、どんな状況でも慌てずに済みます。
総司令官閣下のお考えは、非常に理に適っております」
ファルスは、会議の中でも一番年上らしく、冷静だった。
「まあ、それは分かるが……」
クルスは、聡明な頭脳の持ち主だから、エリオの言いたい事は分かる。
だが、まあ、クルスの気持ちも分かる。
「貴公、戦略目標を誤らないようにと言った筈です」
エリオは、今までにない真面目な口調で静かにそう言った。
ピッキンーン!!
何故か、周りの空気が一転し、緊張感が増した。
何も、それまでが緊張感がなかった訳ではないが、雰囲気が一転した。
エリオがこうなる時は、何故か味方に有無を言わせない雰囲気になる。
反発心はある場合があるのだが、圧倒的正論の前には、ねぇ……。
「サキュスの海軍工廠を破壊できても、貴公を失ったら、リーラン王国の未来が危うくなるのです」
エリオは、そのままの口調でそう言った。
別に、エリオ自身は意識はしていないが、どんな命令よりも、厳守しなくてはならない空気になった。
「了解しました」
クルスは、思わず直立不動になって、答えてしまった。
「とは言え、寧ろ、懸念材料は我々の方にあるやも知れません」
エリオは、今度は少し柔らかい感じで、だが、苦笑するようにそう言った。
「それはどういう事でしょうか?」
クルスは、更に緊張しながら聞かざるを得なかった。
「世界で最も敵対したくない艦隊がこちらに近付いています」
エリオは、深刻そうにそう言った。
「……」
クルスは、作戦が順調にいっている総司令官とは思えないエリオを見て、これまで感じた事のない緊張感を持った。




